08月17日の「今日のダーリン」

・ふと、コンビニで花火のセットというのを買った。
 娘が遊びに来ていて、ふと思いついたのだった。
 昔よく土肥の海で山ほど花火をやったことを思い出した。

 毎年、夏休みのころに吉本隆明さんの一家が、
 土肥温泉の民宿に長逗留していたのだった。
 知り合いの人たちが、何日かずつそこに合流して、
 泳いだり日焼けしたり、スイカ食ったり退屈したりして、
 なんとも名付けようのない時間を過ごしていた。
 そういうだらだらした日々のなかでは、
 花火は、ちょっと盛り上がりのあるイベントだった。
 なぜか、その花火の担当はぼくだった。
 段ボール箱にいっぱいの花火を買ってきて、
 次々に火をつけ、海に向けて発射し続けた。
 ふつうの、こどもが手に持つおもちゃの花火の他に、
 長岡の花火だの隅田川の花火だのというような、
 ほんとうの本格の花火に似せた、
 ちょっとおおげさなものも売っていて、
 ぼくらにしてみれば、それなりの「大花火大会」だった。
 長い時間かけて、大声をあげたりしてたのしんだものだ。
 帰りに必ず食べるソフトクリームもおいしかったなぁ。

 コンビニで売っていたのは、まったくのこども用だった。
 色とりどりの袋に小分けされて、
 思わせぶりな名前とキャッチフレーズがあるけれど、
 小さな火花の噴水がしゅーっと噴き出すものばかりだ。
 「五山の送り火」もすっかり消えて、
 見物客がそれぞれの家に帰ったころに、
 うちの狭い庭で、花火ははじまった。
 隣り近所の迷惑を考えて、音もしないし、飛びもしない、
 安全でおとなしい花火ばかり、で、すぐに飽きた。
 
 そういうなかで、線香花火だけは、やりがいがあった。
 これには、強弱と、変化と、珍しさの要素がぜんぶある。
 「線香花火といえば‥‥」家人がつぶやいた。
 「ここでふたりだけでやったの、嫌だったなぁ」と。
 え、そんなに嫌だったのか、おれはそうでもなかったぞ。
 「線香花火は、大人ふたりでやるのは、さみしすぎる」。
 そのときには、そうは言ってなかったじゃないか。
 たしかに、つまらなそうにはしてたけど。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
日照り続きの水不足も困るし雨降り続きも困るぜ、21世紀。