遥かな時を刻んだトンボ玉。
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さきほど工房のなかを案内していただいたとき、
ちょっと見せていただきましたが、
しおりについているアンティークのトンボ玉について
教えていただけますか。
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アンリ |
これは、ヴェネツィアで作られたものですね。
とても古い練りガラスのトンボ玉。
たぶん、5、600年くらい前のものです。
かわいいでしょう?
ひとつひとつ、みんな違うんです。 |
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ええ、とても!
それにしても、5、600年前というのは
驚きました。
アンティークとはうかがってましたが、
そんなに歴史があるとは想像もしていなくて。
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アンリ |
そう、ヴェネツィアに生まれて、
交易船に載せられて、アフリカに渡って。
ここまで、ずいぶんと、
長い旅をしてきたんだと思います。 |
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ヴェネツィアから、アフリカへ‥‥。
どんな物語があるんでしょうか。
想像するだけでわくわくします。 |
刺繍のモチーフに込めた思い。
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今回のカバーには、表と裏それぞれに、
小さな刺繍が入っています。
犬や花、自転車など、
5つのモチーフがありますが、
このモチーフはどうやって
選ばれたものですか? |
アンリ |
革職人になってこの40年間、
数えきれないほどたくさんのものを
つくってきましたけれど、
そのなかでもとくに、
どこか自分に似ているもの、
自分を思い出せるようなものに
愛着をもっています。
このなかでは、自転車がそうですね。
もっと若い頃には、どこに行くにも、
いつも自転車に乗っていました。
子どもを学校に迎えに行ったり、
買い物に行ったり‥‥。
たぶんその頃、ミラノ市内で
自転車に乗っている人も
あんまりいなかったんですけど。
自転車はとても便利で、からだにもいいし(笑)、
それから、ちょっとロマンティックなところもあって。
過去、歴史、郷愁、自分の思い出もふくめて、
自転車は、大事なモチーフのひとつになってますね。 |
ーー |
なるほど。 |
アンリ |
それから、花は「自然」のシンボルですね。
自然が大好きなんです。
自然なものが大好きで、人間はもっと、
自然を尊敬しなければならないと思うんです。
いまの時代にこそね。
犬も、そういう自然のシンボルのひとつですね。
たとえば、犬から学べることもたくさんあります。
犬は、基本的に悪いことしませんし、
常に自分の飼い主を尊敬して、忠実です。
信頼とか、純粋であることとか、
とても大事なことを思い出させてくれます。
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ーー |
犬の刺繍は、5つのカバーすべての裏側に、
共通して入っていますね。 |
アンリ |
そうですね。
こんなふうに、ふたつのシンボルを
組み合わせることも、よくあります。
そうすることで、
さらに大きな意味をもってくるんです。
ぼくは、自分のなかにある子どもの部分を
大事にしたいと思ってるんですね。
子どもの気持ちを思い出させてくれるものに、
こういう自然に関するシンボルがあって、
それをふたつでも、3つでも
こうして組み合わせることが、とても好きです。 |
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「馬に乗っている人」は、
ネイティブ・アメリカンですね。
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アンリ |
そう。ネイティブ・アメリカンも
自然をあらわす大事なシンボルです。
彼らは、とてもすばらしい。
自然のなかで、自然を守りながら
とてもシンプルに暮らしています。
自然をリスペクトして、
自然と共存しながら生きること、
彼らから学べることも、たくさんあります。
ネイティブ・アメリカンのイメージには、
花とか動物、犬とか、すべてが含まれています。 |
ーー |
なるほど。
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アンリ |
人間というのは、とても頭がいい生きもので、
どんどん新しい、
性能のいい機械を作ることができますよね。
それを使えば、いろいろ便利なものを
作れるのかもしれません。
けれども、いまのほとんどの機械は、残念ながら、
自然をリスペクトしていません。
人間も、もともと自然の一部だということを忘れて、
それを置き去りにしたまま生きていくとしたら、
明るい未来は想像できないと、ぼくは思います。
みんながもっと、考える必要がありますね。
こういう、犬だとか、ネイティブ・アメリカンは、
そのシンボル。それから自転車も。
そう、車ではなく、自転車なんです。 |
ーー |
ああ、よくわかりました。
5つめのモチーフは「アンリさんの顔」ですね。
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アンリ |
あはは、そう見えますか?
これは、そう、ちょっと特別なシリーズで、
エスニックなテイストがあります。
自分に似たものと、自然が好きだとお話しましたが、
もうひとつ、とても好きなのが、
エスニックの文化です。
自然を大切に思うことともつながっていますが、
素朴なエスニックの、歴史を刻んだものには
とてもすばらしいものがあります。
昔のものはシンプルなものが多いけれど、
その質であったり色であったり、そういうのは、
なかなかいま、もう誰もつくれないんですね。
どんなに優れた機械を使ったとしても、
真似できるものではありません。
そういう、忘れてはいけないことを、
エスニックのテイストのモチーフが
いろいろ思い出させてくれると思っています。
どれもシンプルなものばかりですが、
こういうものから、使う人が何かを想像したり、
何か考えたり、思い出したりしてくれたら、
ハッピーだなと思うんです。 |
アンリさんの原点の色を。
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ーー |
それから、革についてお訊きします。
この手帳のカバーをつくるときに、
わたしたちは、
アンリさんの原点の色を選んでください、
とお願いしました。
そうして選ばれたのが、今回の5色ですね。
そのことについてうかがえますか。 |
アンリ |
この革は、ケミカルなものは一切使われていない
タンニンなめしの革で、
100%自然由来の染料で染めてあります。
色の選択の幅はあまり広くはなくて、
一番ナチュラルな状態では、
このキャラメルに近い色をしています。
薄い茶色から黒までと、あとボルドー、
この5つのバリエーションがすべてです。
でも、原点の色をというリクエストをいただいて、
この5色に決めるのに迷いはありませんでした。
ぼくにとっては、この5色だけで十分なんです。
どれも、この革のよさをもっとも活かせる色。
もちろん、お客さまにとってはもしかすると
ほかの色のリクエストもあるかもしれませんが、
この素材のよさを引き出せるのは、
まちがいなく、この5色なんです。 |
ーー |
この革の良さというのは、
どんなところにありますか? |
アンリ |
さきほど見ていただいたように、
オール・ハンドメイドで、
ひと針ひと針手縫いしていますから、
素材はとても重要です。
この革のように上質なものは、革に穴をあけるときや、
縫うときの、針の入り方がぜんぜん違う。
そうすると、仕上がりがよりきれいになります。
それから、この革は、いい歳のとり方をします。
歳をとっても、どんどんきれいになっていく。
色は若干変わったりもするけれど、
長く使うほど、この革の良さを味わえますよ。 |
ーー |
歳をとっても、どんどんきれいになっていく。
すてきですね。 |
アンリ |
そうですね。
とくに、いい革ほど、長持ちしますから。
長持ちするということは、とても重要です。
たとえば、このカバーの袖の部分は、
折りやすいように裏側に筋を入れていますが、
あまり質のよくない素材を使うと、
その筋が表側にも出てしまったりとか、
きれいに折ること自体も難かったりします。
あと、穴をあけたところから
壊れてくることもありますしね。
つまり、使えば使うほど、
壊れる可能性が増えてしまうということです。
だから、いい革を使うことは、大事です。 |
ーー |
いい素材を選ぶのも、重要なんですね。
革は、アンリさんおひとりで選ぶんですか? |
アンリ |
革の展示会などに素材を選びに行くときは、
妻と、それから工房で働くアレッシオが
いっしょですね。
妻は、いま素材を選ぶことが大好きで、
経験も積んでいます。
アレッシオは、ご両親ともに靴をつくる職人で、
彼は生まれてからずっと、
その両親のそばで革に触れて育ちました。
両親は自分たちの工房をもっていて、
アレッシオはほんの小さいころから、
学校が終わったら毎日工房で過ごしていたんです。
だから、彼は革をよく知っている。
革のことを、なんでもわかってます。 |
ーー |
革を選ぶときのポイントはありますか? |
アンリ |
いい革を見分けるには、
まず、革を触ってみることですね。
引っ張ったり、折り曲げてみたり。
あと、匂いですね。
そういうことが、とても大事です。 |
その名は「VOLUME」。
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最後に、今回のシリーズを、
「VOLUME(ボリューム)」と名づけた、
その由来を教えてください。 |
アンリ |
「VOLUME」というのは、
フランス語でもイタリア語でも、
書物に関する言葉で、
たとえば、なにかの全集があったとしたら、
それぞれは、volume 1、volume 2‥‥ |
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あぁ、第1巻、第2巻、
「巻」とか「冊」にあたる言葉ですね。 |
アンリ |
そうです。
イタリア語の発音で、ボルーメ。
基本的に大事な中身のあるものですから、
これからそのなかに入れていくものを
大切にするという意味で
この手帳カバーにつける名前として、
ふさわしいと思ったのです。
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