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糸井 |
いま、2010年の革カバーが一同にそろってますが、
みなさん、アンリさんのカバーをご覧になるのは
はじめてですね。いかがですか? |
北川 |
いやぁ、すばらしい。
この手の仕事をできる職人さん、
いまは、なかなかいなくなりました。 |
糸井 |
そうですか。 |
北川 |
ぼくはイタリアの革がなにより好きで、
使えば使うほど味が出るのはわかってるんですが、
これ、もうすでにその気品が漂ってますよ。
持てば持つほど、もう3年、4年と‥‥。
▲北川正さん
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籠浦 |
いやいや、これは3、4年どころじゃないですよ。 |
北川 |
いや、だから、だんだんよさが増していくっていうことだよ。 |
細井 |
ほんとにそうですよね。
本来の革小物っていうのは、こういう作りなんですよねぇ。 |
黒澤 |
そう思いますね。 |
糸井 |
これ、たぶん4人ぐらいの職人の手で作ってるんですけど、
その4人は、ほんとはもっともっと、
緻密な仕事ができる人たちなんです。
そこを、このラフさで作り上げられるように、
職人たちを鍛えてるんですよね。 |
細井 |
なるほどねえ。 |
糸井 |
なにせ、アンリさん本人がやったのが
一番ステッチの目が粗いんですから。
それ、ぼくらが見てる前でご本人が作ったものなんですが。
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籠浦 |
これ、2本の糸を通して縫っているんですか? |
糸井 |
そう。蝋引きの糸を、こう、引っ張って。
で、仕事場に機械の音がいっさいしないんですよ。
だから、停電になろうが工場が閉鎖されようが作れる。
機械を使わないから、自宅でご飯食べた後でも
1個作るか、っていうような作り方ができてしまう。 |
籠浦 |
はあー、そうですか。 |
黒澤 |
味わいがありますよねえ。 |
細井 |
抽選に当たった人はうれしいだろうなあ。 |
糸井 |
そう伝わるといいんですけどね。 |
細井 |
いや、伝わると思いますよ。
もしじぶんが当たったら‥‥どうするだろうなあ。 |
糸井 |
え?(笑) どうするの? |
細井 |
あ、ちょっとなにか、使いはじめるまで
準備期間が必要なような気がして。 |
籠浦 |
いやいや、使っていかないと
よさがわからないから、ぜひ使わないと。 |
北川 |
そうそう。
使えば使うほど、艶が出て、
革の醍醐味が味わえますよ、これは。 |
糸井 |
これ、アンリさんのお店のバッグで、
もう4年ぐらい、ひっきりなしに使ってるんですけど、
こんなふうになるわけですよね、このカバーもね。
この財布もそう。
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黒澤 |
ああ、すばらしいですね。 |
細井 |
いいですね。
バッグはこれ、革を伸ばしてないんだな。 |
北川 |
うん、いい革を、ありのままで使ってますよね。 |
糸井 |
財布なんかだと、使っているうちに、
こう、艶がでてきますよね。
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籠浦 |
「経年変化」ってよく言いますけど、
ぼくはこういうのが、
ほんとの経年変化だと思うんですよね。 |
細井 |
そう。そうですね。 |
籠浦 |
どうも、色のことばかりが
注目されてる気がするんですけど、
こうやって、使ってて自分の形になってくるとか、
艶が出るとか、そういうのが
「経年変化」なんだと思うんです。 |
糸井 |
うわ、核心に入ってきましたね(笑)。 |
籠浦 |
わざと日に当てるとかね、
育てるって、そういうことじゃないと思うんですよ。 |
細井 |
そう、乾燥させることじゃないですよね。 |
籠浦 |
そうです、そうです。 |
細井 |
やっぱり手の脂で艶がでるとか、
ポケットに入ってるものの形が
浮き出してくるみたいなことで、
その人のものになっていくんだと思うんですよね。 |
黒澤 |
そう。そうなんですよ。
▲黒澤康二さん
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細井 |
革というのは、本来、
使っているうちに、艶感が出てくるとか、
丸みが帯びてくるみたいなところとか、
ほかでは味わえない
革のよさというのが、間違いなくあるんです。 |
糸井 |
おそらく、革がいつのまにか
大量生産品のイメージで
見られるようになっていたんですね。 |
北川 |
そうですね、たしかにそうです。 |
糸井 |
間違いがない、丈夫な、っていう
「機能」で選ばれるものに、知らないうちになっていた。
だけど、一番最初の革のこころっていうのは、
きっとなにか違うところにあったはずだ、ってところから
さあ、今日の本題に入りましょうか。 |
革のベーシックな考え方を。
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糸井 |
いま、情報がかんたんに手に入りますから、
革に関しても、先ほどおっしゃていたような、
日に当てる的な、こうすると、こういう味になるぞ、
というような話を、いっぱい耳にするんですね。
ぼくは、ジーパンが好きなもんですから、
革の、とくに「経年変化」について、
あれこれ言われているのを見ていると、
ジーパンの「経年変化」が一般化していったときと、
そうとう似てるな、と思うんです。
「生のジーパン」という言い方をあえてしますけど、
洗いざらしてないジーパンを買うほうが今じゃ少数派で、
履き古したような感じを最初から作ってしまうのが、
今、ジーパンという商品の当たり前の形になってますよね。
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細井 |
そうですね。 |
糸井 |
そういう時代に、
革にもいろんな考え方があると思うんですが、
「これがベーシックな考え方だよ」っていうのをまず知って、
そこからいろんなバリエーションを考えていくほうが、
やっぱり正しいんじゃないかと思うんです。
それは、ぼくらもよくわかっているわけではないので、
革にくわしいみなさんに、
「ああ、それは、もともとこうでね」というようなことを
うかがっていきたいなと思っています。
いま、まさしく「経年変化」の話が出ましたけれど、
その「経年変化」という言葉と、もうひとつ、「ヌメ革」。
このふたつの言葉が、
本当はどういうことなの? っていうのがないまま、
いま、ひとり歩きをしている気がするんですね。
じゃあまず、「ヌメ革」ってなんですか?
というところから、はじめましょうか。 |
ヌメ革って、なんですか?
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細井 |
ヌメ革を、最初に世の中に有名にしたのは、
ルイ・ヴィトンだと思うんですよね。 |
糸井 |
なるほど。 |
細井 |
「フランスヌメ」と呼ばれる、
白っぽいベージュの革なんですけど、
あれがおそらく、日本のヌメ革の
スタンダードな解釈になったんじゃないかと思うんです。
▲細井潤治さん
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籠浦 |
たしかにそうかもしれませんね。
そのあと、ヌメ革をメインに扱うブランドも出てきて。 |
糸井 |
ヌメ革っていうのは、
染めてないベージュ色の革のことだというふうに、
いま、一般的に思われていますよね。 |
細井 |
でも、本来のヌメ革っていうのは、
あの「色」をさすものではないわけでしょう? |
籠浦 |
ええ、「タンニンなめしの革」であるのが大前提ですね。 |
細井 |
ケミカルじゃないほうですね。 |
籠浦 |
そうです。
タンニンでなめして、もともとは、染色もしていない、
素材の自然のままの色の革を、「ヌメ革」と言ってたんです。
そこから、最近では意味が広がってですね、
「タンニンなめし」をした革で、
後で色をつけているものも「ヌメ革」と呼ぶ、
ということになっていますね。
▲籠浦兵衛さん
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糸井 |
それは、定義みたいなものが変わったんですか。 |
籠浦 |
定義がかわったというか、小売業の都合なんですけどね。 |
細井 |
そうそう、そうですね。 |
糸井 |
ええ(笑)? |
細井 |
そのほうが売りやすいからですよね。 |
糸井 |
ああー。 |
籠浦 |
「ヌメ」という、耳障りのよさを、
みんなが便利に使ったんだと思うんです。 |
糸井 |
「無添加」、みたいなことですか、いわば。 |
北川 |
そうですね。
で、先ほど細井さんがおっしゃったように、
ブランドから入ってきたイメージも強くて、
わかりやすく定着してしまったんでしょうね。 |
糸井 |
なるほど。 |
北川 |
革の歴史をさかのぼれば、
そもそもヌメしかなかったわけですよ。
革って、最初は何に使ったのかというと、
ヨーロッパでいえば、馬具ですとかね、
そこからスタートするわけですが。 |
糸井 |
なるほど、はい。 |
北川 |
動物の皮は、そのままだと腐りますから、
どうしたら腐らなくなるのか、
皮を腐らなくする方法として、
自然にある植物の渋を使って
「なめす」という方法が発見された。
原点はそこだと、ぼくは思うんです。
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糸井 |
ははぁ。 |
北川 |
さらにさかのぼると、
毛のついた状態でそのまま敷物にしたりとか。 |
糸井 |
いわゆる毛皮ですね。 |
北川 |
ええ、そうですね。
で、そのときには、腐らなくする方法も、
乾燥するしかなかったはずなんです。 |
糸井 |
固かったでしょうね、もっと。 |
北川 |
腐ることもあったし、臭かったと思いますね。 |
糸井 |
そういえば、革製品って、
昔はもっと臭かった覚えがありますね。 |
北川 |
「皮」から「革」って、よく言うんですが、
なめす前を「皮」、なめしたものを「革」と、
漢字を使いわけてるんですね。
腐らなくするためになめす工程を経ることで、
皮革の「革」になるんです。 |
糸井 |
なるほど。
「ヌメ革」という言葉の定義ということになると、
じゃあ、元来のものからは、
違うものにさしかわっちゃってるということですか。 |
籠浦 |
いまは「タンニンなめし」イコール「ヌメ」、
色がついているかいなかにかかわらず、です。
そこに定着していますね。 |
北川 |
たぶん、色を染めることと加工することを
分けて考えないといけないと思うんですよね。 |
糸井 |
というと? |
北川 |
革をどのような仕上げにするのか、
柔らかくするのか、
自然のままにするのかというようなことと、
革を染めるっていうのは、
別問題だとぼくは思うんですよね。
それがいっしょになって語られることで、
わかりにくくなっているというのが、
今の現状だと思うんです。 |
籠浦 |
たまに、なめし方を関係なくして、
ベージュの色の革というだけで
「ヌメ」と書いてしまっているものもありますね。 |
細井 |
そのとき、クロムだったりコンビネーションだったり、
ケミカルな加工を施しているとすれば、
ベージュ色をしていても、
「ヌメ革」というのは言葉として正しくないですよね。
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北川 |
そうですね。 |
細井 |
だから、色が変わらない「ヌメ革」というのはないわけで。 |
籠浦 |
そうですね。
ただ、色が変わるかどうかでいうと、
コンビなめしの革もタンニンが含まれているので、
もちろん変化するんです。
なめしの段階で革に含まれたタンニンと
紫外線が結びついて色が変わるので、
タンニンの量が多ければ、変わる度合いも大きいし、
変化のスピードが早かったりするんですけど。 |
細井 |
うん、そうですよね。 |
籠浦 |
それと、今年のタンニンなめしのカバーの場合だと、
フルタンニンで、いわゆる「ヌメ革」なわけですけど、
じゃあ、これが色が濃くなっていくかっていうと、
そういうことではないんです。
濃色がついているので、色が濃くなるというよりは、
よぶんについてる顔料が落ちていって、
透明感が出てくるんですよね。 |
糸井 |
ああ、それも愉快ですね。 |
籠浦 |
ぼくがいま使っている手帳カバーは、
はじめて担当した2007年版で、
これは、タンニンとクロムを併用した
いわゆる「コンビなめし」のものなので
まったくいっしょではないんですが、
こんな具合に、透明感が出てくるはずです。 |
糸井 |
ちょっと見せてもらってもいいですか? |
籠浦 |
どうぞ。
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糸井 |
(手にとりながら)
これは、いい感じですねぇ。 |
細井 |
ほんと、いい感じですね。
丸くなって、こう、角がなくなって。 |
籠浦 |
自分の厚さになって、
丸くなって、透明感が出て、っていう。
ぼくは「経年変化」って、
こういうことをいうんだと思ってるんです。 |