６月に受けた宝石学の最終試験（総合テスト）の結果が、
数ヶ月たって自宅に郵送されてきた。

試験当日、会場は通い慣れたGem-Aのいつもの教室だった。
※Gem-Aについては、ある日の日記（13）をご覧ください。
けれども、受験生の顔ぶれは
クラスメイトと見知らぬひとの半々くらい。
2人ずつ向かい合わせの机配置で
私の前に座ったのは、初対面の
70代と思われる白髪のイギリス人女性だった。

こういう言い方は失礼ながら、
受験生の中でとびぬけて高齢だったそのひとは、
ふだん私が骨董市などでやりとりをしている
アンティーク・ディーラーたちに似た雰囲気だったので、
もしかしたら広い意味で同業者かもしれない、と思ったが
何はともあれ、お互い挨拶をして席につき、
私は試験開始前の、教科書の最後の見直しに入った。

試験監督が、全員に教科書をしまうよう指示をした。
私は、緊張で手が冷たくなっている自分に気がついて
配られた問題用紙を受け取ったあと、
肩でひとつ大きく息を吐き、姿勢を正した。
自然と向かいの女性と目があった。
「Should be alright.（きっと大丈夫よ）」
彼女は笑顔をつくり、小さな声でこそっと私にそう言ってくれた。

試験は午前と午後、大きく分けて
実技（宝石の識別）と論述の２部構成で行われた。
一部だけでも回答を選択方式にしてくれたら
どんなにか楽だっただろうに、
今どき全て鉛筆で記述、さらに消しゴムを使っては
いけないという規定が設けられており
前半戦の数時間ですでに私は右腕の疲労を
感じはじめていた。

昼食休憩から戻ると、すぐに後半戦がはじまった。
論述問題の数が予想していたよりも多く
２時間くらい文章を書き続けたあたりで
右手がいよいよ痛くなってきた。
私はまだ空欄が残っている残りの問題何ページ分かを見て、
何だかもう、その場から逃げ出したい気持ちになった。

教室を見渡すと、みな必死に鉛筆を走らせている。
この約半年間、ここにいる誰しもきっと
息継ぎをする暇もない内容の濃い授業と小テストの繰り返しで
心休まるときなどなかったのではないか。
私も、子どもが寝静まってから、仕事を終えてから、
空いている時間はできるだけ授業の復習と暗記に割いたが
気を抜くとどんどん時が流れていくのが怖かった。
いくら勉強しても足りない気がしたが、夫は
「受験生は皆そう感じるもの」と励まし、毎週土日は
息子と外へ出かけ、私にひとりの時間を作ってくれた。

それを思い出し、とにかく書ききった。
息子の同級生のハンガリー人のお母さんで、
２人の子どもを出産後、一念発起してロースクールに通い、
３年で司法試験に合格したひとがいる。
彼女と比べたら、私の努力など小さなものだ。
そんなことも考えた。

出来ばえはどうだったかというと
合格点がとれたのかどうか確信はもてなかった。
だから、合格通知を受け取って心底ほっとしたのだ。

そして、向かいに座っていたあの白髪の女性のことを思った。
試験が終わって、別れ際に私は、もらったエールのお礼に
「Good luck with your result.（良い結果がでますように）」
と声をかけるので精一杯だった。
彼女もきっと合格したはずだ。根拠はないが、そんな予感がした。