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September 20142014
十月のテーマは ハンティング

この約10年の間にロンドン市内で2回引っ越しをしたが、
今の住まいの前に住んでいたのは
1830年に建てられたレンガ造りの家だった。

日本ならば江戸時代に作られた建物ということになるけれど
イギリスは、温泉がないのと引き換えに地震もない国なので
こういったことは珍しくないらしい。
100年、200年前の建造物が内装だけ新しく整えられ
今でも至るところで住居として使われているのだ。

そんな我が家に、ある週末の昼下がり、
タイ人の友人シリワットが
ガールフレンドと一緒に遊びにやってきたことがあった。
暖かく天気の良い日だったので
皆で庭先でお茶をしていると、彼は私にこう聞いてきた。
「アヤコは、アンティークの買い付けの仕事をしているでしょう。 
 古いものを扱っていて、怖くはないの?」

シリワットは、タイの首都バンコクで生まれ育ち
大学からイギリスで教育を受け、卒業後は
ロンドンの建築事務所で働いていた。
モダン建築や日本のポップカルチャーが好きな
20代後半の男の子だった。

彼が言うには、タイでは、現在も日常的に
占い師や迷信的なものが生活の中に幅をきかせており、
アンティーク、とくに家具やジュエリーには
もとの持ち主の霊的な何かが宿っていると信じているひとが
多いのだそう。

イギリスのアンティーク・ジュエリーにも、
たしかに、背筋がぞっと寒くなるようなものはある。
例えば、愛する家族の遺髪を細かく編んで
金の金具でつないだブレスレットやブローチなど。
ヴィクトリア時代に流行した品々だ。

ただ、そういったジュエリーは、情報として興味はあっても
私は欲しいとは思わない。いくら髪とはいえ
誰とも知らない人間の体の一部でできたジュエリーを
身につけるという行為がどうにも受け容れがたいからだ。
誰かの死を悼む、同じ「モーニング・ジュエリー」でも、
以前この連載でご紹介した、たんに黒を基調とした、
シンプルで愛らしいデザインのものまでが
自分の中のボーダーラインだと感じている。

「アンティークといっても、
 基本的にはハッピーな謂れの品、ユーモラスな品のほうが
 身につけるひとも楽しいだろうから、あまりにも悲しく
 ネガティブな念がこもっていそうなものは、買い付けないよ」」
シリワットの問いに対して私はそう答えたが、
彼が言いたいのは、どうやらそんな次元のことではないようだった。

私が古い家の一室に、たくさん引き出しのついた古い家具を置き、
それに古いジュエリーをストックして生活していること
そのものが、彼にはちょっとした恐怖だったらしい。

イギリス人は、昔は誰かの所有物だったものを「再利用」
することに対する抵抗は、ほとんど持っていないように見える。
多くのひとが、アンティークの家具もジュエリーも大好きだ。
けれど、イギリスは「世界でもっとも幽霊話が多い国」
と言われているのをご存知だろうか。
つまり、ホラーな迷信を信じていない、というわけでもなさそうだ。
非常に、複雑な文化である。

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今月ご紹介するのは、ハンティングがテーマの4つのブローチ。

20世紀の始めごろ、とくに上流階級の人々が
その日のハンティングの成功を祈って、
また、気分を盛り上げるため、
ツイードのジャケットの胸元などに着けていた品々だ。
つまり、お洒落小物でありながら、ときに
「グッドラック」を意味するお守りでもあった。

私のいう「ポジティブな念」のこもった古いジュエリーとは
こういった品々のことを指すのだが
シリワットは、いつか分かってくれるだろうか。

 

 
2014-10-27-MON

 
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