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2018-01-23

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・久しぶりの雪で思い出したのだけれど、
 ぼくは小学生のころにはスキーをしていたのだった。
 生まれたところの冬はからっ風が吹くばかりで、
 ほとんど雪なんか降らなかったから、
 育った土地が雪国だったということではない。
 スポーツにまったく縁がなくて、
 本を読んでるか酒を飲んでいる男だった父が、
 どういうわけかスキーだけはするのだった。
 裁判所の職員の人たちとのバスに乗り込んだり、
 戦後の闇の買い出しみたいに混雑した汽車に乗って、
 草津やら万座、越後中里やら湯沢、水上、天神平、苗場、
 なんて名前を、いまでもよく憶えている。
 つまり、ずいぶん何度も行っていたということでもある。

 父のスキーには、まるで冗談のようだけれど、
 「ウイスキー」が付き物だった。
 スキー場では飲んでなかったような気がするけれど、
 行きや帰りや、夕食の後には、だいたい酒を飲んでいた。
 いっしょにいる小学生にとって、これが、
 どれほど迷惑なことだったかということについては、
 いくらでも長くなってしまうので、書かないことにする。

 小学生にスキーを教えるのが、得意だったわけもなく。
 父は、無理なことをさせてはぼくにスキーを憶えさせた。
 ひとりでは乗れないリフトに、ぼくをなんとか乗せて、
 転びながらリフトを降りた小学生を置いて、
 じぶんは先に滑り降りて見えるところで待っている。
 ボーゲンをやっと覚えた程度の小学生は、
 滑っては転び滑っては転びしながら、
 父のいるあたりまでようやくたどり着く。
 また、父はそのまま斜面を降りていく。
 ぼくは転んだり立ち上がったりしながら、少し泣く。
 悲しいのか口惜しいのかわからないが、涙が出た。
 なんでこんな目にあわなきゃいけないんだ、とか、
 もう駄目だとか本気で思ったりしながら滑り降りた。
 あのときの気持ちは、まだ憶えている。
 嫌なことも山ほどあった父とのスキー旅行だったけれど、
 不思議と、父を嫌いになることも、
 スキーを嫌いになることもなかった。
 あの頃の父は、たぶん四十歳そこそこだったと思う。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
スキーからも父親からも遠くなった老人が思い出している。


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