ほぼ日WEB新書シリーズ
糸井重里がブータンに行く直前、
解剖学者の養老孟司さんに
お会いすることになりました。
ブータンに何度か行かれ、
とても詳しい養老さんに
いろいろ教えていただこう、
という趣旨だったのですが、
脱線していった話のおもしろいこと!
昆虫、国語、左脳と右脳、そこに生まれる穴、
系統樹、分類学、コンピュータ、人間関係‥‥。
そして、出てきたキーワードは「アミノミズム」。
第5回
系統樹から網の目へ。
糸井 社会学者の人たちが、
人類の生物としての集団の数は、
その発生の歴史から、
最初、だいたい120、130人だった。
だから考え方の構造として
集団というのは120人以上は無理だよ、
って説明をしてくれたことで、
ぼく、だいぶ楽になったんです。
にもかかわらず、逆に
文明の形としては、
どんどん、どんどん、
何十何億の単位での幸と不幸について、
一人の個が考えるようになってますよね。
もう、そこでパンクですよね。
養老 パンクですね。
サイズは非常に問題ですよね。
糸井 そのサイズ感の問題と、
養老さんの右脳、左脳の話を一緒に考えると、
どうしたらいいかわからなくなりますよね。
養老 だからさ、「どうしたらいいか」、論理的に、
リーズナブル(理性的、分別があるふう)に
生きようとするのが、左脳なんですよ。
糸井 そうですねぇ‥‥。
そうですよね。
養老 そうそうそう。
糸井 ぼく、若いときに考えた、
「“と”の理屈」っていうのがあるんです。
例えば「青春と殺人者」って言うと、
なんの関係もないのに、セットになる。
だから「芸術と科学」っていうのも
なんの関係もなくても
「と」でつなげられるんですよ。
セットで認識できるようになる。
これは全部いけちゃうなっていうのを、
ずるいけど、やって、
けっこう、ぼく、しのいでるんですよね。
養老 でも、それは正しいと思うね。
糸井 つまり、抱えちゃうってことですよね、そのまま。
養老 別な見方をすると、
世界は網の目でできているということですよ。
糸井 ああ‥‥!
養老 左脳が、非常に扱いにくいのが
網の目なんですよ。
よく、従来、生物進化を
木の枝のように描くでしょう。
「系統樹」です。
どんどん枝分かれするというのは、
たぶん嘘で、
生物進化というのは
網の目じゃないかと思うんですよ。
糸井 ほんとは網の目。
養老 系統樹で考えると、
「こっちの枝とこっちの枝は、
 つながってません」って、
がんばんなきゃいけないんです。
で、がんばるのはめんどうくさいから
つながってないことにしちゃうんですよ。
そうすると、つながってる部分が全部
意識から落ちてしまうんですよ。
糸井 そっか。
そうだ。
「と」ですね、それは。
養老 細胞のレベルでだって、
全部一緒になっていますからね。
つまり、ミトコンドリアと中心体と葉緑体は
全部、細胞に住みついた他の生物なんですから。
糸井 (笑)
養老 そもそもの起源からして、混合なんだから。
糸井 うんうん。
養老 完全に混ざっちゃったかと言えば、
いまだにちゃんとがんばって
それぞれが細胞内で独立しているんです。
自前の遺伝子まで持っていますよ。
たとえばミトコンドリアは
自分じゃない、「他人」です。
他人様が住んでるわけなんです。
糸井 他人であり、他人でないものですよね。
養老 そうです。
たとえば、精子は鞭毛(べんもう)でしょう。
鞭毛の根元に中心体があって、
その中心体に一番近い生き物っていうのは、
遺伝子で見ると、
発疹チフスの病原体の「リケッチア」
という細菌の一種なんですよ
糸井 ほう?
養老 だから、人間の遺伝子は
リケッチアが運んでるんですよ、
発疹チフスから。
糸井 (笑)
養老 ね、いいじゃないですか、別に。
糸井 いや、いいですよ。
養老 クロネコヤマトに頼んだようなもんですから。
糸井 認めます。
養老 だから、網の目に決まってるでしょ。
糸井 網の目、網の目。
アミノミズムですね、ぼくら。
養老 (笑)
糸井 これからは、
アニミズムの先に、アミノミズム。
養老 いま、箱根から来たんですけど、
途中新緑がすごくきれいでね。
糸井 新緑いいですねぇ。
養老 あの新緑だって、
根元で絶対関係してるんです、お互いに。
この木はこの木、あの木はあの木、
人間はそういうふうに見て、
一本一本別だって言うんだけど、
根っこをみたら絶対引っ絡まっているんですから。
糸井 はいはい。
養老 直接絡んでいないにしても、
あれだけ木があって、
あの勢いで根が伸びたら、
その先っぽがどうなるかを考えたことあります?
絶対お互いぶつかるでしょう、どこかで。
糸井 ぶつかるでしょうね。
養老 そうするとお互いに話し合ったりする。
「ここまでは俺ね」とか。
しかも、彼らは独立していなくて、いま言ったように、
その周りにもう松茸のような茸やら雑草やら、
松の根の伸びるところに生えていくんですよ。
糸井 外界も含めて自己ですよね。
養老 そうそう。
糸井 どう考えてもね。
養老 それ、ぼくよく言うんですよ。
自分というのを作った瞬間から、
「環境」ができちゃったんですよ。
糸井 そうなんですよねぇ。
ぼくは、タコがスミ吐くことについて、
昔っから大好きなんです。
相手が見えなくなるってことを
タコはわかってて吐くんだ、
っていうことを、ずーっと好きで、
そのままにしてるんですけど、
これはアミノミズムですよね。
まさしく。
養老 ぼくも、フグが
膨らむっていうのが好きですねぇ。
糸井 それもそうですねぇ。
養老 あれも不思議でしょ。
あれね、膨らまないと
確かに困るなぁと思った。
フグ食べようと思った魚が、
フグが膨らむとね、
「あ、これ毒だ」
ってわかるじゃないですか。
糸井 うんうん。
だから、相手の心を
予想しているとしか思えない。
養老 アジとかイワシが
フグと同じように
毒を持っていたらどうします?
どの魚を食べていいかわからなくなるでしょうね。
糸井 ちょっと困りますね。
養老 だから、フグはやっぱり膨らむんですよ。
あれ、世のため人のためなんですよ。
糸井 昆虫の葉っぱに似てるやつとかも、
自分が見えないはずなのに、
葉っぱそっくりになるっていうのは、
あれはアミノミズムですよね。
養老 そう。
糸井 俺、もう今日からアミノミストとして、
もうね、心を入れ替えたよ。
もともと俺はアミノミストだもん。
「と」でつなげてきたんだもん。
なんとかごまかして。
養老 21世紀の生物学はね、
絶対それになりますよ。
糸井 商売もたぶん網の目だなって、
うすうす思うんです。
消費と生産が一体だってよく言うけど、
経済学者、そのことを信じて言ってないんですよ。
養老 うん。
(つづきます)
2014-08-20-WED
(対談収録日/2011年6月)


第1回
他の人になれないから。
第2回
英語と日本語、どうだっていい。
第3回
「それは管轄外です」
第4回
人間が悩むということは。
第5回
系統樹から網の目へ。
第6回
アメリカ文化を壊すもの。
第7回
弱点が関係をつくる。