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TANDEMのコート、こんなコーディネートで [2]カジュアルだけれど、カジュアルになりすぎず 伊藤まさこ
スプリングコート/TANDEM
ニット ¥14,300/Harriss(株式会社 金万)
パンツ ¥20,900/RaPPELER(株式会社 金万)
スニーカー スタイリスト私物
コーディネートコンテンツ[1]が
大人バージョン(エレガントバージョンともいう)
だとしたら、
こちらは、カジュアルバージョンです。
デニムにスニーカー、
きれいな色のニットに、
TANDEMのスプリングコート。
いつものコーディネートも、
このスプリングコートをさっと羽織れば、
とたんに洒落た雰囲気に。
袖をまくって、ニットの色を見せて。
髪はきりりとまとめます。
持っても軽く、かさばらない。
バッグにくしゃっと入れても、
その「くしゃっ」が味になる。
シワをもすてきって、なんだかすごいことだと思うんです。
スプリングコート/TANDEM
ニット ¥38,500/hannes roether(株式会社 金万)
パンツ ¥39,600/TRANSIT(STOCKMAN CO., LTD.)
シューズ ¥30,800/SPELTA(株式会社 フラッパーズ)
黒のパンツにロングニット。
ついこの前まで、
冬のアウターを合わせていたけれど、
コートを変えるだけで、気持ちが軽やかに。
ちょっとダークな色合いを春っぽく見せてくれるのは、
白いコートのおかげ。
ボタンを留めて、
パンツの黒を引き立てます。
白×白もすてきだけど、
白×黒もひきしまっていいなぁ。
スプリングコート/TANDEM
トップス ¥31,900/TANDEM(STOCKMAN CO., LTD.)
パンツ ¥25,300/RaPPELER(株式会社 金万)
シューズ ¥29,700/SPELTA(株式会社 フラッパーズ)
もう少し暖かくなったら、
白いブラウス、ボーダーパンツの
さわやかコーディネートを。
カジュアルだけれど、
カジュアルになりすぎないのは、
やっぱりコートの素材感のおかげ。
一枚持っていると、すごく重宝するんです。
ここで合わせたのは、コットンの白いブラウス。
ニットやコットン、シルク‥‥
あらゆる素材と合わせても、
ちょっとすてきな自分にしてくれる。
それってなんだかすごいことだと思うんです。
[お問い合わせ先]
株式会社 金万 TEL:03-5477-8031
STOCKMAN CO., LTD. https://stockman.co.jp/
株式会社 フラッパーズ TEL:03-5456-6866
TANDEMのコート、こんなコーディネートで [1]コートを主役に、エレガントに 伊藤まさこ
スプリングコート/TANDEM
トップス ¥28,600/TRANSIT(STOCKMAN CO., LTD.)
パンツ ¥50,600/TANDEM(STOCKMAN CO., LTD.)
サンダル ¥53,900/NEBULONI E.(H+HELIOTROPE)
白いパンツ、ベージュのニット、
サンダルも白でまとめて、
コートを主役にしたコーディネート。
コートのボタンはすべて開けて、
生成りから白にかけてのグラデーションや、
服の素材感をたのしみます。
後ろ姿はこんな風。
ベルトをたらしてみたり、
またはラフに蝶々むすびにしてみたり。
前でキュッと結ぶと、
また違うシルエットに。
ニットの色が隠れると、全身白のすっきりコーディネート。
ボタンを開け閉めするだけで、
印象はずいぶん変わるものです。
ボタンをすべて留める時は、
袖をまくって手首を見せて。
肌の見える分量は、
鏡を見ながら調整するといいみたい。
スカーフ ¥14,300/manipuri
第一ボタンを留めて、
襟を立ち上げ、
ニットと同色のレオパード柄のスカーフを巻きました。
袖をまくったり、襟を立てたり。
表情をつけやすいのは、
しなやかな素材のおかげです。
スプリングコート/TANDEM
ワンピース ¥71,500/TRANSIT( STOCKMAN CO., LTD. )
サンダル ¥53,900/NEBULONI E.(H+HELIOTROPE)
シルクのワンピースの上に、
コートをさっと羽織ります。
ワンピースのブルーグレーと、
コートの白、それから肌。
おたがいがおたがいの色を引き立てあって、
全体がやわらかい雰囲気に。
ボタンは留めずに、ベルトをさっと前で結びます。
袖をまくって中のワンピースの色をちらりと見せて。
思わず、スキップしたくなる、
春らしいコーディネートのできあがり。
[お問い合わせ先]
STOCKMAN CO., LTD. https://stockman.co.jp/
H+HELIOTROPE https://hplusheliotrope.jp/
manipuri https://manipuri.jp/
STOCKMAN 尾上久美子さんインタビュー
- 伊藤
- 尾上さん、今日はどうぞよろしくお願いします。
TANDEMの白いコートがとても素敵で、
「weeksdays」で
取り扱わせていただくことになりました。
はじめまして、のブランドになりますので、
成り立ちなど、お聞かせいただけたらと思っています。
- 尾上
- どうもありがとうございます、
よろしくお願いします。
TANDEMは、1997年に立ち上げたブランドになります。
もともとはイタリアのヴィチェンツァという、
ベニスに近い、イタリア北部の町に拠点を持つ
TAM & COMPANYっていう会社が所有している
ブランドのひとつなんです。
先にTRANSIT PAR SUCHというブランドがあって、
その妹ブランド的な形で
TANDEMがスタートしたんです。
イタリアの会社なんですけれども、
販売会社がドイツに拠点を置いていることから、
ヨーロッパの各地で取り扱いがあるんです。
- 伊藤
- STOSKMANが日本に紹介したのは、
いつ頃からだったんですか。
- 尾上
- TAM & COMPANYとは、
TRANSIT PAR SUCHが立ち上がった1986年の
翌年ぐらいからのお付き合いなので、
もう35年を超えました。
- 伊藤
- なんと! 長いお付き合いなんですね。
- 尾上
- TANDEMも25年を超えました。
長く続いているブランドなんです。
- 伊藤
- どういう感じのお客様に?
やっぱり大人のお客様ですよね。
- 尾上
- ブランドの対象年齢は
ノーエイジと言っているんですけれども、
実際、20代半ばぐらいの方から40代、50代と、
幅広いんですよ。
- 伊藤
- 日本には、直営店が?
- 尾上
- TANDEMという名前での
屋号のお店はないんですけれども、
TRANSIT PAR SUCHというお店があるので、
そこで一緒に展開しています。
- 伊藤
- 玉川高島屋で拝見したことがあります。
- 尾上
- はい、玉川高島屋でも扱っています。
そこはセレクトなので、一部の取り扱いになっていますが、
TRANSIT PAR SUCHの直営店ですと、
TRANSITが6割、TANDEMが4割ですね。
メンズのもあるので、そちらも展開しています。
ほかには、各地のセレクトショップでも
お取り扱いいただいています。
- 伊藤
- これだけ長い歴史のあるブランドですから、
日本のお客様も、長くファンでいる方が多いでしょうね。
- 尾上
- はい、長い方も多いですし、
新しくファンになっていただく方もいらっしゃいます。
素材重視ですので、一度、袖を通していただくと、
好きになっていただくことが多いですね。
それでリピーターになってくださるんです。
もうTANDEMしか買いません、
なんておっしゃってくださる方も。
- 伊藤
- わぁ!
- 尾上
- TANDEMの専門店があっても
いいのかなとは思うんですけれど、
なかなかそこまでは。
- 伊藤
- その2つのブランドの違いは、
どんなところにあるんですか。
- 尾上
- デザインから出荷まで全て一貫しておこなっているのは
TRANSITもTANDEMも一緒なんです。
原糸1本から選んで、製品をつくりますから、
素材感や工程は同じなんです。
工場も、ハイテクな機械から、
昔のいわゆる機織りみたいなものを使ったりして、
新旧いろいろな技術を駆使し、
他にはないみたいなものをつくりあげています。
ただ、ターゲットにしている方として、
TRANSITのほうは強い女性のイメージ。
TANDEMはロマンチックな
デザインを得意としていますから、
もう少しフェミニンな印象ですね。
- 伊藤
- なるほど。
展示会を拝見していると、
すごくアイテム数が多いですよね。
すごいことだなと思います。
- 尾上
- デザイナーが1人じゃなく、チームなので、
いろんなタイプのデザインをつくることができるんです。
そして工場はすぐ隣にありますので、
アイデアからデザイン、製作まで
一貫したものづくりができる。
これが工場の風景です。
原糸が山積みになっていて、
その隣には、反物の生地が
バアーっと並んでいます。
イタリアの、いわゆる職人さんの技で
つくられているっていうのは、
過言ではないと思います。




- 伊藤
- ナチュラルなカラーが多いと思うんですけど、
今回のコートは、白といっても、
ちょっとニュアンスがありますね。
- 尾上
- そうですね。これは「サンド」と表現しています。
こんなふうに独特な色合いなものが多いのも
TANDEMの特徴の一つです。
ほとんどの製品が、製品染めをおこなっているんですね。
だからやさしい風合いと、
こうした微妙な色が出せるんです。
- 伊藤
- 着てみると、とても軽くて、気持ちいいですよね。
- 尾上
- ありがとうございます。
気持ちいいですよね、ほんとに。
薄手の春物のコートですけれど、
重ね着をすると保温効果もありますから、
長くお使いいただくことができますよ。
- 伊藤
- そうですね。夏以外は大丈夫。
3月ぐらいから着られそうですよね。
- 尾上
- 全然、大丈夫です。
形もきれいですしね。
- 伊藤
- きれいですね、ほんとうに。
着るとわかりますよね。
- 尾上
- そうなんですよ。
ほんとうは着ていただくのが一番いいんですけど、
このコートに関しては、
どんな体形の方が着てもきれいになる形に
デザインされているので、
サイズさえ合えば、身長も関係なく。
- 伊藤
- ほとんどのアイテムがご自宅で洗濯できる、
というのも、嬉しいですよね。
- 尾上
- そうなんです。それも特徴の一つです。
おしゃれ着用の洗剤で、単体で、手洗いしていただければ。
愛着がわくんですよね、自分で手で洗うと。
それゆえに長く使っていただけるんだと思います。
- 伊藤
- そうですよね!
- 尾上
- 乾かす時は、ラグランスリーブの
肩が出ないように気をつけてくださいね。
- 伊藤
- はい。このラグランスリーブっていいですよね。
- 尾上
- そうなんですよ。
でもスポーティというよりはきれいにすっきり見える。
そこもちゃんと計算して、パターンを引いているんです。
- 伊藤
- この形は初めてだとか?
- 尾上
- 初めてです。
トレンチっぽいものはよく出すんですけれども、
毎回、形を変えていて、
このタイプはこれが初めてです。
- 伊藤
- 色は、TANDEMではおなじみの印象ですね。
- 尾上
- はい、ベーシックカラーなので、
こういった色はよく出てきます。
ただ染料も独自でつくっているので、
いつも全く同じ色っていうわけじゃないんですよ。
同じサンドでもシーズンによって変わってきます。
けれども、新旧の色に統一感がありますから、
合わせやすく、それゆえ買い足しができて、
長く使っていただけるブランドになっているんです。
- 伊藤
- 全部をTANDEMで揃えるのもいいでしょうね。
けれども他のブランドとかにも合いそうです。
ベーシックゆえに。
- 尾上
- そうなんですよ。
存在感はあるんですけど、
主張しすぎないというか、
優しい色合いということもあり、
たとえばハイブランドでも
じょうずに合わせらますよ。
- 伊藤
- この、ほどよいハリ感もいいんです。
旅行のお供にいいな、って。
- 尾上
- クシャクシャってバッグに入れておいても、
全然、シワが気になることはありません。
- 伊藤
- そうですね。
そのシワがきれい、というか、
シワがすてきなんですよね。
- 尾上
- はい、逆にちょっとシワがあるほうが、風合いがあって、
ちょっとかわいいなって思います。
でもきっちり伸ばしていただいてもいいですよ。
強い折りじわができたときや、
きれいめに着たいときなどは、
スチーマーをあててくださいね。
- 伊藤
- アイロンはかけないですよね?
- 尾上
- はい、基本はかけずにお願いします。
洗いをかけているので、
その風合いを楽しんでいただけたら。
- 伊藤
- よくわかりました!
尾上さん、お忙しいなか、ありがとうございます。
母体のSTOCKMANが輸入なさっているブランド、
毎シーズン、注目しています。
またぜひご一緒できたらと思います。
- 尾上
- 嬉しいです。ありがとうございました!
TANDEMのスプリングコート
春の白
ちらほらと雪が舞い散る、
今日の東京。
グレーがかった空と白い雪。
遠くの屋根や木は、
うっすら雪が積もって、
いつもと違う色合いになっている。
ああ、そうだ。
私の好きな冬は、
こんな景色もあったんだと気づくのです。
とはいえ、
寒い日が長く続くと、
やっぱり春が待ち遠しい。
これ、なんだか毎年思っている気がするな。
ちょっと気が早いけれど、
気持ちはもう春の服を欲しがっている。
軽やかで、着るだけでわくわく。
そしてやっぱり白い服。
今週のweeksdaysは、
イタリアのTANDEMのコート。
やわらかくて、
やさしげ。
着る人を美しく見せてくれる、
春の白をどうぞ。
あのひとに着てもらいました [3]今井麻記さん・咲良さん
今井麻記さんのプロフィール
いまい・まき
30歳ごろまでモデルとして活動。
夫は、洗濯ブラザーズでおなじみの今井良さん。
娘の咲良ちゃんと3人家族。
現在は、お菓子作りやコーヒーを学びながら
カフェでも働いている。
身長171cm
今井咲良さんのプロフィール
いまい・さら
小学3年生。
小学校に入る頃から、パンツスタイル好きに。
おしゃれなお父さんの影響も大きく、
最近は大人のアイテムにも興味をもってきているそう。
身長132cm
スラリと長身で、
どんなものでも着こなせそうな麻記さん。
普段はどんなファッションですか?
とお聞きすると‥‥。
「普段もパンツをよく履いていますよ。
トップスに、大きめサイズをあわせるので
細めのパンツが多いかな?」
今回のアイテムはいつもとは違って、
どちらもゆったりサイズ。
着心地、いかがでしょう。
「すごく動きやすいです。
Tシャツはやわらかくて着やすいし、
デニムも生地感がよく、軽くていいですね。
デニム地って、もっと硬い印象があるんですけれど、
これはとっても動きやすいのに驚きました。
サイズ感もちょうどいいです。
いつもは、たっぷりサイズのパンツを
あまり穿かないんですけれど、
このデニムは柔らかめで落ち感があるからか、
太すぎない印象のシルエットで、
違和感なく着ることができました」
このデニムは1サイズなので、
身長が高めの麻記さんだと
丈が短くなっちゃうのかな‥‥?
と思ったんですが、
全然そんなことはなく、
ほら、丈感も、ちょうど良さそう。
シンプルなコーディネートだけに、
靴下やスニーカーがポイントになりそうですね。
「スニーカーはWALSHのホワイトをあわせました」
WALSHはイギリスのブランド。
スニーカーってカジュアルに見えがちなアイテムですが、
こんなふうにヨーロッパブランドの
シンプルなデザインのものを合わせることで、
すごくキレイにまとまるのですね。
清潔感があって、大人のカジュアルという感じ。
素敵です!
合わせている靴下、とってもかわいいですね。
ひょっとして、娘の咲良ちゃんとお揃い?
「そうなんです。ドリップデザインが、
パンツの裾から見え隠れするのもかわいいかなと思って、
今回のアイテムにあわせてみました。
私は、ドリップ部分がベージュのもの。
娘はグリーンです。
せっかくなので、娘と色違いで
お揃いにしてみました」
靴下を母娘ふたりで色違いで揃えるなんて!
(憧れ‥‥!)
ちなみにこのスニーカーとソックスは
夫の今井良さんが手掛けている
「enrich everyday」のものだそうですよ。
さて、ばっちり大人のアイテムを着こなしている
娘の咲良ちゃんは、現在小学3年生。
前はスカートが好きだったけれど
小学生になった頃ぐらいから、
パンツスタイルが気に入ってきているとのこと。
デニムも、最近着ることが
増えてきたアイテムだそうです。
そして今回のトップスは、もちろん大人用、
132cmの咲良ちゃんには、ちょっと大きめです。
だけど、下にこんな風にボトムスをあわせたら
ちょうどいい感じになるんですね。
「大きめでもダボッとだらしない感じなりませんね。
私もちょうどいいサイズ感なのに、不思議!
首まわりがきれいなおかげですよね」
と、麻記さん。
たしかに。
前後で丈感が違うのもいい感じになって、
まだちっちゃなサラちゃんが着ると、
チュニックのようにも、
ワンピースのようにも見える着こなしです。
袖が七分丈なので、長すぎない感じもナイス。
普段もベレー帽をあわせるのが好きな咲良ちゃん、
今回は、大人っぽいグレーがすごく似合っています。
実はこの帽子も大人用なんですって。
「最近は、大人用のものをつけるのも好きみたいです」
わかる! そんな時期、きっと、みんな、
ありましたものね。
そして、足元は‥‥あら?
weeksdays ALL STAR 100 OXのグレー!
うれしいなあ。
2022年のたのしみ展で
ファミリーで買ってくださったものなんですって。
ありがとうございます!
ちょっと大きめをキュッと紐を絞って履いていて、
とってもかっこいいですよ。
「ちょっと大きめを履くというのは
お父さんの影響もあるみたいですよ」
二人のお揃いコーデ、とってもかわいかったです。
麻記さん、こうやって母娘で
お揃いを着ることって、ふだんもありますか?
「サイズ感が違うから、今はまだありませんが、
これからは、こんな風に着られるかもしれないです。
最近、白いものも汚さず着られるようになってきたし」
咲良ちゃん、少しずつお姉さんになっているんですね。
素敵でしたよ、どうもありがとうございました!
あのひとに着てもらいました [2]杉工場/杉良子さん・明乃さん
杉良子さん・明乃さんのプロフィール
すぎ・りょうこ
すぎ・あきの
福岡県うきは市にある「株式会社 杉工場」は、
1886年から続く家具の工房。
木の家具を開発、製造し、
販売まで手がけています。
その工場に併設したショップでは、
展示会や演奏会なども開催し、
いまや地元の文化を牽引する存在に。
良子さんと明乃さんは、
母と娘でタッグを組んで、
一緒に杉工場の企画・営業を担当する「同僚」。
2022年11月に、東京・神楽坂へ新店舗をオープン。
うきはと神楽坂を往き来する多忙な日々を送っています。
●杉工場のwebsite
●杉工場のInstagram
●weeksdaysでの杉工場のコンテンツ
weeksdays定番の小引き出しやミラーを
作っていただいている杉工場。
作業がていねいで的確。
それに加え、毎回驚くのは、製品の美しさ。
「杉工場の杉さんたちにおまかせすれば安心」
前回、出ていただいた有賀さん同様、
weeksdaysにはなくてはならない存在なのです。
今回、おじゃましたのは
2022年11月にオープンしたばかりの
東京支店(神楽坂店)。
福岡・うきはの工場やギャラリーもすてきでしたが、
ここ神楽坂のお店もまたよい雰囲気。


オープンをきっかけに、
お嬢さんの明乃さんは東京へ。
お母さまの良子さんは、
うきはと東京を行ったり来たり。
忙しいながらも、楽しそう。
いつも仲良しのおふたりです。
今日は、お揃いでTシャツとデニムを
着ていただいたのですが、
こうして並ぶとスタッフユニフォームみたい。


デニム、穿いてみていかがでしたか? と尋ねると、
「こういう形は初めてです」と良子さん。
今までボタンで留めるタイプの
「いかにもデニム」というデニムを
穿くことが多かったそう。
「でもだんだんとそういう形からも遠ざかっていて。
たまに穿くとしても無理して、という感じでしたが
これなら大丈夫。
ゆとりもたっぷりで、デニムというより
パンツという感覚ですね!」
穿いてまず驚いたのは軽さだったとか。
「軽いし、生地感がきれい」
と良子さんが言えば、


「デニムだとしゃがんだり座る時に
ごわつく感じがあるけれど、
これなら大丈夫」と明乃さん。
「季節を問わず年中着れるところもいいですね。
ポケットの裏地が薄いので、ごろごろしません」
なんと、裏地の素材に気がついてくださるとは。
数センチ、数ミリの違いで
見た目も、また使い勝手も変わってくる
家具の仕事をされているだけあって、
観察眼がすごい。
家具を移動したり、
梱包したり。
杉工場の若ものチームは、時に力仕事もするそう。
立ったり、しゃがんだりの作業も、
このTシャツとパンツがあれば。



「デザインも大切ですが、
素材がよく、着心地がよくないとだめになってきました」
という良子さん。
「Tシャツ、気持ちいいですね、
襟ぐりのデザインもすっきりしていて」
とうれしい感想をいただきました。
ゴールデンウィークに向けて、
また新たな商品を開発している私たち。
どうぞおたのしみに。
あのひとに着てもらいました [1]有賀傑さん・金子睦さん
有賀傑さんのプロフィール
ありが・すぐる
フォトグラファー。静岡県出身。
スタジオ勤務の後、2001年に独立。
静物、人物、料理、空間などの
衣食住に関わる写真を主に撮影。
雑誌、書籍、Web、広告などの媒体で活動中。
●website
金子睦さんのプロフィール
かねこ・むつみ
フォトグラファー。
スタジオ勤務の後、2003年に独立。
小学生の娘がひとり。
ひとりでふらっと出かけるのが好き。
絵本が好き。(売るほどあります。)
weeksdaysが始まって今年で5年。
2017年当初より、ほぼすべてのビジュアル写真を
撮ってくれているのが、写真家の有賀傑さん。
すっきりとむだがなく、
それでいて温かさも伝わって‥‥。
有賀さんの撮る写真は、
私が伝えたいweeksdaysのイメージにぴったり。
彼がいなかったら毎日更新するのは、
きっと不可能‥‥というくらいお世話になっています。
月に1度か2度、撮影でお会いしますが、
長袖か七分袖のTシャツか、
シャツ(第一ボタンをきっちりしめて)、
少しゆとりのあるパンツに歩きやすそうな靴、
というのが有賀さんのスタイル。
すっかり板についていますが、
ご自分の好きなスタイルが
「これ」と定まってきたのは、
ここ数年のことなのだそう。
「最近、ゆったりしたデザインを
よく見かけるようになってきて、
好みのものが買いやすくなったんです」
と有賀さん。
遠くから見ても、一目で彼と分かるシルエット。
そういえば、最近、一見、有賀さん?
と見まごう人、増えてきた気がします。
「袖もきっちりしたセットインではなく、
少し肩が落ちているのが好きです」
weeksdaysの服は、レディースがほとんどですが、
時々、すこしだぼっとした服があると、
「ちょっと着てみてもいいですか?」と言って、
試着してくれる。
袖丈が短かったり、
着てみるとサイズが合わないものも時にはありますが、
トライする服はたいていOK。
そして好みと似合うものを熟知しているから、
本当によく似合うんです。
撮影したこの日も、
私服か商品か分からない!?
この馴染み方にはチーム一同、びっくり。


STAMP AND DIARYのTシャツとデニムも、
ほらこの通りです。
今回、奥さんの金子睦さんにも
ご登場いただきました。
「子どもが生まれる前は、
ワンピースを着たりもしていましたが、
今はすっかりパンツ派」
有賀さん同様、
金子さんも写真を撮るお仕事。
やっぱり、動きやすい服が多いんですって。
「撮影中はしゃがんだり、膝をつくこともあるので、
やわらかい素材だとすぐ膝が出ちゃう」
なるほど。
このデニム、きっとお仕事の時も
役立ってくれると思います。


STAMP AND DIARYのTシャツに合わせて、
ボトムスを白に。
weeksdaysのリネンのバッグは、
有賀さんと共有しているそう。


Tシャツの上に軽めのコートを羽織るとこんな風。
厚すぎず、薄すぎず。
このTシャツの素材感、
コートはもちろん、シャツやニットの下でもいけます。
最後は上下お揃いで2ショット。
同じ服だけれど、
お揃い感があんまりしない。
それぞれとってもよくお似合いです。
「トップスが白でボトムスがネイビーとか、
上下グレーとか。
服の好みが似ているから、家族揃って出かける時に、
同じような色合いなることもしょっちゅう」
そんな時は、
有賀さんの方が着替えて(恥ずかしがって)、
トーンを変えるそう。
上下お揃いでのお出かけはないかもしれないから、
これは貴重なショット?
ありがとうございました!
STAMP AND DIARYのTシャツとデニム
自分を少し変えたい時
年が明けてから、
なんだかバタバタとしていて、
いろんなことがあとまわし。
あわただしく淹れるものだから、
いつものお茶も急いだ味になっている。
習慣にしていた散歩もその後のストレッチも、
明日にしようっと。
明日がくると、また明日‥‥。
寒さも手伝って、
はっと気がつくと、
肩や背中がガチガチに。
自分のことをおざなりにすると、
やがては自分に返ってくる。
もっと大切にしてあげないと、
いつか私が私に仕返しする日がやってくるぞ。
気を引き締めないといけません。
自分を少し変えたい時、
私は服の力を借りることにしています。
最近の気に入りは、
まっ白Tシャツと、ゆったりデニム。
忙しい時ほど、
ストレスのない服に助けられる。
着ると背筋がスッと伸びるんです。
さあ、春ももうすぐ。
外に出て、大股で歩こう。
ほら、やっぱり服が私を元気にしてくれた。
夜のくらやみ、白夜のひかり
うちには1歳の赤ちゃんがいる。
よく考えてみれば、
つわりや骨盤痛にも悩まされた妊婦期間を含めると、
ここ2年は質のよい睡眠をたっぷり取れてる、
とは言えない日々を送っているのだと思う。
スウェーデン語には、よく寝ることの表現に
「子どものようにぐっすり寝る」
「切り株のようにぐっすり寝る」という言い方がある。
スウェーデンの子どものいる家庭では、
寝る前のひとときは
godnattsaga(おやすみの物語)の時間。
出来るだけリラックス出来るよう
部屋の照明を少し落として、
絵本を一緒に読む。
最後は人肌にあたためたオートミールでできた
赤ちゃん用ののみものでおなかを満たす。
飲んでいる途中から、視線がなんだかぽわーとして
一点を見つめはじめ、だんだん瞼が重たくなり、
飲み終わったらすっとそのまま寝ついてしまう。
下の子を寝かしつけている間、
なかなかか上の子をかまってあげられない。
彼は7歳でだんだん1人で寝られるようになってきたけど、
まだママやパパと一緒にいたいお年頃。
そんなときは、携帯のアプリで楽しめる
オーディオブックが親代わり(息子くん、ごめんね)。
2匹の眠れないねずみが
お花畑に遊びに行くことを空想して、
いつしか眠りにつくお話がお気に入りで、
親がすこし心配になる程コテッと瞬息で寝てしまう。
朝まで(私が)ぐっすり寝られるのはいつなんだろう、
と思っていた矢先、久しぶりに12日間のロケがあった。
そこで気づいたのは、出張先のホテルで迎える1人の夜は、
何とも贅沢な時間だということ。
取材が終わってチームと解散になり、
いそいそと自分の部屋に戻ってきたら、
まず部屋のランプを最低限つける。
シーリングタイプのランプはつけず、
フロアランプなどの間接照明のみ。
カモミールティーを淹れながらバスタブにお湯をため、
お風呂で体をあたためたら、
ジンジャーリリーのとっても良い香りのする
ハンドクリームを塗り、ベッドの中で文庫本を読む。
スウェーデン人の睡眠の専門家による
ポッドキャストを聞いていたら、
ぐっすり眠るための秘訣を話していた。
- 就寝2時間前から心と体を落ち着かせる
- ベッドサイドにメモ帳を用意し携帯は見ない
(浮かんだアイデアや気になることをそこに書き留める) - 眠りに入る時のルーティーンをつくる
- 日中(特に午前中)太陽の光を浴びる
- 日中適度に体を動かす
私にとって一番効果的だったのは、寝るムードを作ること。
お部屋全体を暗めにして、
調光を気にかけるのはとっても大切と気づいた。
そして、ふと北極圏の白夜の夜を思い出した。
スウェーデンで最初に住んだ場所は
スウェーデン最北にある北極圏の街で、
北緯67度に位置するこの場所では、
冬のあいだ太陽が地平線から姿を見せない
「極夜」と呼ばれる時期がある。
「冬、太陽が出ないのでしょう?
よくそんな場所に住んでいられたね!」
と今まで何人かのスウェーデン人に驚かれたこともあるが、
私は夏の白夜、沈まない太陽の方が体にこたえた。
どのくらい明るいかというと、
真夜中でも普通に新聞が読める明るさ。
夜中の12時に友人から「釣りに行こう」と誘われたり、
夜中の2時に裏山の頂上まで登って
ミッドナイトサンを眺めたりした。
自然と活動量も増えるので、体も疲れる。
24時間明るく新緑の勢いも異常なほどに思え、
なんだか自分も同じように
加速度的に年をとっているような不思議な感覚になる。
何より「いつも明るい」ということに
頭と体がついていかない。
自分の力でどうすることも出来ない自然現象に、
暗闇があと2ヶ月ずっと戻らないんだ‥‥と考えると、
なんだか軽くパニックになるようなドキドキさも感じる。
「冬に出来ないぶん、
夏は思いきり太陽の光を浴びて、
エネルギーをたくわえる。
そして冬は冬で内向的な自分を楽しむんだ。
冬眠する熊のようにたくさん寝て、
自分の住処にこもり、
内なる自分と向き合うんだよ」
とは友人の言葉。
冬のくらやみが必要なように、
薄暗くて、安心できて、
清潔なあたたかい場所で眠りにつけるということは、
太陽がめぐる日々の中どこかでバランスをとり、
機嫌よく健やかでいられるために必要なことなんだと思う。
フィンランド取材中に出会った素敵なナイトランプ、
やっぱり手に入れよう。

ベッド・タイムストーリーズ
誰でも経験のあることかもしれないが、
子供の頃、寝る前に、
枕元で絵本や童話を読んでもらうと
いつのまにか眠りに落ちた。
時々、物語の続きのような夢を見たことも
あったような気がする。
小学生に上がったくらいだったろうか、
ひらがなと簡単な漢字をいくらか読めるようになった頃、
「疲れたから、読むの交代して」と
母が、僕に本を手渡してきたことがあった。
いつも何も言わず、僕が眠たくなるまで、
ずっと本を読んでくれる母でも、
疲れてしまうことがあるのかと、
少しびっくりしてしまったが、
はじめての大切な仕事を仰せつかったような気がして、
少し誇らしかった。
母が、いつもしてくれるのを真似て、
間違わないようにゆっくりと、一文字一文字、
声に出して読むと、母は黙って聞いていて、
静かに本のページをめくってくれた。
最後まで読み終えると、母が「ありがとうね」と言って、
本を閉じ、僕にやわらかい毛布を掛けてくれた。
「おやすみ、また今度読んでね」と明かりを消す間際の、
母の横顔を見て、不思議な満足感を覚えながら、
いつのまにか眠りに落ちた。
その日から、いつも眠る前の時間に、
母と一緒に本を読むようになった。
字の多い本を、声に出して最後まで読むのは
なかなか大変なものだと分かってから、
読み間違ったり、読めない漢字があった所で、
読み手を交代するというルールで、
代わる代わる読むことになった。
『ちいさいモモちゃん』や『ドリトル先生』、
『ズッコケ探偵団』や、ポプラ社の子どもの伝記全集など
思い返すと、当時の推薦図書的なシリーズが多かったが、
学校の図書室から、自分の読みたい本というよりも、
母が、興味を持ってくれそうなタイトルを選ぶのも、
同級生には内緒の密かな楽しみだった。
声に出して本を読むのが、
すっかり楽しくなっていた僕は、
なるべく長く読みたいと、
注意深く、少し先の文字を意識して、
読むようになっていた。
滑らかに調子よく読めている時、
2、3行先に、見覚えのない漢字が見えると大ピンチで、
知っている言葉から意味の通りそうなものをひねり出して、
一か八か当て嵌めて、読むことがあった。
結局チャレンジは失敗で、
読み手交代となってしまうことが多かったが、
運良く正解で、まだ読み続けられるとなった時は、
難所をうまく切り抜けた、
物語の主人公のように心が躍った。
そうして、いろいろな本を読んでいるうちに、
読めない漢字は、ほとんど無くなり、
僕が読む時間のほうが、長くなっていった頃の、ある日、
本を読みながら、横目に母を見ると、
うつむいてうとうとしていた。
「聞いてないの?」と、母の肩を揺すると、
「あんまり読むのが上手だから、気持ちよく
眠ってしまったよ」と瞼をこすりながら言った。
そして「もうお母さんが先に寝てしまうくらい、
読むのが、上手くなったから、これからは、
自分で好きな本を読みなさい」と、
このささやかな楽しみは、あっけなくお終いになった。
もう高学年向けの本を読めるようになっていたから、
ちょうど良い頃合いだったのだろう。
今でも、なんとなく寝付けない夜には、
ベッドで横になって、小さな声で本を読むと、
安心してぐっすりと眠ることができる。
再入荷のおしらせ
完売しておりましたアイテムの、再入荷のおしらせです。
2月16日(木)午前11時より、以下の商品について、
「weeksdays」にて追加販売をおこないます。
pageaérée ray unisex pajamas
ここ数年、
シルクのシーツやピローケース、
ナイトパンツなど、
眠る時の体への負担をできる限り無くそうとしている私。
心地よい眠りのためには、
肌、そして自分にやさしい素材に包まれたい。
わがままでもいいから、
好きなものに囲まれて眠りたいんだ!
そんな時に出会ったのが、
pageaérée(パージュアエレ)のパジャマでした。
素材のよさはもちろんですが、
肌に当たらないようにと、
縫い代の始末がていねいにされていたり、
ポケットがついていたり(意外にないんです)、
リラックスできるのに、
だらしなく見えないように考えられた
シルエットだったりと、
このパジャマの中に、さまざまな工夫がされている。
一見、とてもスタンダードに見えますが、
袖を通すと、よさが分かる。
洗っては着て‥‥を繰り返しているので、
weeksdaysの発売を機会に、もう一枚欲しいなぁ
なんて思っています。
(伊藤まさこさん)
pageaérée vic one-piece stand
デザイナーの篠さんは、パリ在住。
前立て部分にさりげなく施された刺繍のヒントは、
フランスのヴィンテージのパジャマからと聞いて、
なるほどと納得しました。
私も、リネンのパジャマやシーツに施された
イニシャル刺繍がとても好き。
シンプルなこのワンピースのポイントになっていて、
なんだかうれしいんです。
weeksdaysでは
上下セットのパジャマ型にくわえて、
ワンピース型もご紹介。
パジャマかワンピースか、と眠る時にえらぶものは、
それぞれ好みですが、
いずれも寝心地のよさ、そして気持ちのよさは抜群なので、
「今日はワンピース」「明日はパジャマ」なんて、
気分によって使い分けても。
ワンピース型は、寝巻き感があまりないので、
ワンマイルウェアとしてもよさそうです。
(伊藤まさこさん)
DRESS HERSELF シルクのシーツ
肌にも髪にもやさしいシルクで、
シーツを作りました。
ベッドに入った瞬間、しっとりしなやかな質感が
自分を包んでくれて、それはもう幸せな気持ちに‥‥。
ちょっと贅沢かもしれないけれど、
ぜひともこの気持ちよさを味わって欲しい。
きっとシルクの虜になるはずです。
シーツは、敷いて使うのはもちろんですが、
私は羽毛布団と自分の間に、
毛布のようにしてかけることも。
そうするとより、シルクの質感を
身近に感じることができるのです。
また、洗濯も思いのほか簡単です。
半乾きの時に干せば、アイロンいらず。
シワさえも愛せる、美しい一枚です。
(伊藤まさこ)
DRESS HERSELF
シルクのピローケース
肌にも髪にもやさしいシルクで、
ピローケースを作りました。
使い始めてから、
半年ほど経ちますが、
朝起きた時に、枕についている抜け毛が
少なくなったことを実感しています。
(年齢を重ねて、
髪のボリュームが気になり始めた方に、おすすめです!)
しかも、髪も肌もしっとり。
やさしい温かさを感じる度、
作ってよかった‥‥としみじみしています。
シーツと合わせて使うと最高の寝心地ですが、
「まず最初のシルク」として、
おすすめしたいのがピローケース。
自分へ、または大切な方へ。
プレゼントにもどうぞ。
(伊藤まさこ)
上質なねむりとキレイなお肌
不規則な生活が続くと肌荒れがおきます。
医療従事者に多いのですが、
夜勤が続いた看護師さんはニキビで困ってますし、
ぼくは当直後に吹き出物ができやすい。
皮膚科医なのに、口の周りにでっかいニキビを作って
患者さんを診察するのは、説得力がありませんね。
いまはマスクで隠せますが。
ねむりって肌の調子にとても影響します。
反対に、肌の調子が悪いとねむりに影響します。
かゆくてあまり寝れなかったというのは、
アトピー患者さんからよく聞かれる声です。
肌にとっても大事なのが”ねむり”なんです。
じゃあ、皮膚科医が考える上質なねむりってなんだろう、
というのが今日の主題です。
でも、全く医学的じゃないのであしからず。
私たちがねむりと表現する時、
寝付きと、途中に起きちゃうかどうかの
中途覚醒を指します。
患者さんから、「よく眠れません」と言われたら、
「寝付きが悪いですか?」か
「夜中に起きちゃいますか?」を聞いて、
それに合わせたお薬を出します。
でも、ねむりにはこの2つ以外に
もう一つステップがあります。
それが寝起きです。
寝起きが良いだけでその日は良い一日と思えたり、
寝起きが悪いと活動のエンジンがかかるまで
時間を要します。
とても大事な寝起きなのに、
寝起きをコントロールする薬はまだないのです。
なので、
「寝起きを良くするお薬をください」と言われても、
「そんなものはありません」と答えるしかありません。
そこで本題に戻るわけですが、上質なねむりとはなにか?
ぼくは“幸せな寝起き”にあると考えます。
いまだ医学では扱うことが出来ない
“幸せな寝起き”ができたら、
それは上質なねむりではないかと。
では、どんな寝起きは幸せな寝起きなんでしょう?
怖い夢を見なかったとか、
目覚まし時計をかけずにゆっくり寝れたとか、
いろいろと思い浮かぶと思いますが、
ぼくが経験した中で一番だった幸せな寝起きは、
車の中です。まだ幼稚園くらいの頃、
家族でお出かけした帰り道、
車のなかで寝てしまうことがしばしばありました。
家についてもまだ眠いぼくは、
親に起こされても寝たふりを続けます。
そうすると親は諦めて、
家に布団を敷いてから、ぼくを空輸します。
ふわっと体が浮いて、外気に触れて、
父親のぬくもりを感じながらお布団に着地する。
もう一度お布団で寝ることもありましたが、
大抵は目が覚めてましたから
ごそごそっと起き上がるわけです。
これが幸せな寝起きだったなぁと思います。
さすがに大人になってからは
抱っこで目覚めることはなくなります。
でも、目が覚めたら好きな人が隣で寝てる、
なんて場面は幸せですよね。
恋人でも家族でも。
一人で寝てたって、
目覚めたときに大好きな人が思い浮かべば
幸せな気分になります。
巷でよく耳にする
「綺麗になったね。好きな人でもできた?」
なんていう言葉は、幸せな寝起きが続いて、
肌もすっかり綺麗になった影響もあるかもしれませんね。
うん、ありそうだ。
今年はこれを研究してイグノーベル賞を目指しますか。
おらのコラーゲン
20年くらい前のことです。
めかじきの背骨の間には
半透明のゼリー状のものが入っています。
これを近所のお寿司屋さんが
ポン酢をかけて前菜に出してくれました。
冷やして、小葱ともみじおろしがのっていて
「コラーゲンのかたまりだからね 特別に女性だけどうぞ」
「わぁー嬉しい」
っていうようなやりとりでいただきました。
無味無臭でつるっとしていて
ポン酢の味が爽やかでとても美味しかったのです。
当時わが家は、廻船問屋業もありましたので、
たくさんの水揚げになる魚を扱っていました。
めかじきの水揚げが大漁にあった日、
とても良いことを思いついたのです。
自分で骨の間から例の半透明のゼリーを取り出して
匂いを嗅ぎましたが、やはり無臭だと確認、
ラップにつつんで冷蔵庫に入れて
夜になりました。
ワクワクしながら風呂上りにそのゼリーを
気になりかけていた目の下に貼って
その上から紙のパックをして
一晩たったら相当効果があるんじゃないか?
100%天然素材だ!
うわーこれ良いんじゃない?
効果あったらどうすっぺ!
めかじきの軟骨の中のコラーゲンはいっぱいある!
売れるんじゃないの?
わくわくして、楽しくてたまりません。
それが‥‥。
あんなに無臭だと確認したはずなのに、
風呂上りの石鹸の臭いの中では、
もうめかじきの臭いそのものでした。
それでも「美」のためと我慢して寝ました。
楽しみにしながら寝ました。
そうしたら‥‥。
めかじきが大漁に水揚げされ運んでも、
運んでも水揚が終わらない、
つらい夢で目が覚めました。
目の下に貼りつけたはずのおらのコラーゲンは
枕のどのあたりかに、やや乾燥して
干からびぎみでおちていました。
匂いはどこで嗅ぐかによります。
市場で水揚げされる魚の匂いに慣れきった私の鼻は、
魚の匂いは気がつきにくい。
何よりめかじきのコラーゲンを皮膚に貼っても
まったく吸収しないそうです!
あのレコードを聞きながら
初めて音楽を聴いて泣いた日のことを憶えている。
小学4年生の3月、
卒業式の前に行われたお別れ会の時だった。
式が終わって退場する6年生を見送る間、
体育館に響く拍手のうしろで流れる歌声に、
今まで感じたことのない気持ちが胸に溢れ涙が出てきた。
その日、家に帰って父に尋ねてみた。
「お父さん、レリピーレリピーって歌知ってる?」
すでに一杯機嫌だった父は
「会社に音楽好きな川原くんて若いのがいるから、
明日聞いてみるよ」と返し
「れりぴい、れりぴい‥‥ と」
とつぶやきながらメモした。
そう、探していた曲はビートルズの『Let it be』だった。
後日、川原くんは
「よかったら息子さんにどうぞ、
これからはCDの時代なんで」
といらなくなったビートルズのレコードを
全部譲ってくれた。
毎日寝る前、電気を消して聴くうちに、
4人それぞれの歌声がわかるようになり、
ひとり悦に入って眠りについた。
そんなことすっかり忘れていたのだけれど、
我が家のふたりの子どもたちが育つにつれ、
同じ環境で音楽に触れさせたいと思うようになり、
実家から30×30cmのビートルズたちを持ち帰った。
まだ幼かった子どもたちは父の言うことに従って、
(なるべく)針をそっと置いたり、
(なるべく)盤面に触らぬよう裏に返したり、
遊びの延長で楽しんで接してくれた。
ある朝、マンションの粗大ゴミ置場に
大きな立方体の木の箱が二つ捨てられていた。
前を歩いていた息子が見つけるなり寄っていき、
ぺしぺしと叩きだす。
2歳の彼と同じくらいの大きさだ。
両手で掴んでみたら意外に軽い。
こちらに向けると一組の古いスピーカーだった。
2つともユニットが剥き出しになっている。
高音、中音、低音、左右対称になった
8つの目玉が愛らしい。
まだ使えるのかしら。
この古そうなスピーカーで、
同じく古いレコードを響かせてみたいと思い、
ごみ処理シールに書かれた部屋番号を訪ねて
譲ってもらえないか聞いてみた。
出てきたおじいさんは
「まだ使えるよ。使ってくれるなら嬉しいよ」
と快諾してくれた。
「もう50年も前になるかな、
若い頃は音楽に凝ってて、大枚叩いて買ったんだ。
ジャズからクラシックまでなんでも聴いたんだけどね。
でも齢をとって耳が遠くなっちゃって。
この耳で音楽なんか楽しんだら、
ご近所迷惑になっちゃうだろう。
だから今はもう全然」
と耳たぶを引っ張るおじいさん。
部屋に運び、さっそく配線して、
まずはやはりビートルズをかけてみた。
それまでは自作の小さなスピーカーで
聴いていたこともあり、音の迫力にびっくりした。
息子は慌てて両手で耳を塞いでいる。
体全体に響いて、
まるで目の前で演奏してくれているみたいだ。
どの家具よりも存在感のあるスピーカーのおかげで、
暮らしの中心に音楽が立ち現れた。
その日からも随分と月日が経ってしまった。
子どもたちが面白がって
レコードを変えてくれることはなくなったけれど、
今だに寝入り端には、
今日はどのレコードを子守唄にするかと選ぶ時間が楽しい。
しかしぼくも齢をとったのか、
妻にはそっと音量を下げられている。
よい眠りにつくために
毎日を機嫌よく過ごすには、
どうすればいいのか。
‥‥これって私が、常々思っていること。
おいしいものを食べたり、
気の合う友人とおしゃべりしたり、
部屋を整えたり。
仕事をし過ぎない、とか
食べ過ぎない、とか。
「過ぎない」ことも大切です。
いい感じにほどほどに。
それから、よい睡眠をとること。
これって、
起きている時の機嫌に差が出ます。
ちゃんと眠れていないと、
ぼーっとしてしまって、
家事も仕事も効率が悪い。
何より、目覚めがすっきりしない。
1日のはじまりは、
気持ちよく起きたいものです。
気持ちよく眠るために、
私がしているのは、
ベッドルームに何も置かない、ってこと。
目に入るのは白いカーテンと白い壁、白い天井。
それから、シーツやピローケース、パジャマは、
心地いいものをえらぶこと。
「眠り」について、
試行錯誤した結果、
いきついたのがこんな感じ。
今週のweeksdaysは、
よい眠りにつくためのパジャマや
シルクのシーツを紹介します。
あなたの毎日が、ご機嫌なものになりますように。
Pleated Frill Blouseができるまで
- 伊藤
- プリーツについては、また、何かご縁が?
- 前沢
- はい。日本に帰国してから、
プリーツ屋さんとのお仕事があったんですね。
もともと私はプリーツが好きで、
すごくよくしてくれたそのプリーツ屋さんの社長に、
「実は、私、ブランドを立ち上げます」とお話ししました。
「マニッシュなパンツに合せる
エレガントなブラウスをつくりたい。
それはギャザーじゃなく、硬さがない、
透明感のある、色気のある
プリーツがやりたいんです」って相談をしました。
最初、シルクシフォンの
ボウタイブラウスもいいと思ったんですが、
おうちで洗えます、というもののほうが
便利でいいんじゃないかなと。
ならばシルキーなタッチのポリエステルを使った
プリーツのブラウスだって思いました。
- 伊藤
- シワになりにくいですし。
- 前沢
- すぐ乾きますし、旅行にも持って行けるし、
気軽に着てもらえるから、
それを目指したいっていう話をして。
イメージとなるヴィンテージブラウスが
数枚手元にあったので
「このプリーツで、こんな感じにあげたいんだ」と。
次は生地屋さんに話をして、
プリーツをかけられる素材を探し、
これじゃない、あれじゃない、
これがいいかもしれない、これで試そうって、
何種類か作って、ようやく出来上がりました。
当時、プリーツ工場の社長にご協力いただけなかったら、
このブラウスはできていなかったと思います。
- 伊藤
- いまでも変わらず同じ工場で?
- 前沢
- その会社は、
日本とフィリピンに工場があるのですが、
当時はフィリピンじゃなきゃ
できない仕上げだったんですね。
日本だとちょっと技術的に難しいものだった。
現地に日本人スタッフもいて、
有名なブランドが加工を託している工場で、
美しい仕事をしてくれます。
2000年までフィリピン生産を依頼していていましたが、
フィリピンもロックダウンになって、
いつ解除になるかわからなくなった。
その時に、日本に振り替えたほうがいいとなり、
日本に技術をもちこんで、生産を再開しました。
今はフィリピン工場と日本の工場との
2本立てになっています。
- 伊藤
- そういうことだったんですね。
このブラウスは、ずっと柄を変えて作ってきたので、
何枚も持っている方がいらっしゃるとか?
- 前沢
- そうです。5枚も6枚も!
うれしいですよね。
ちょっとピンクベージュっぽいものを
つくったこともあるんですが、
基本的には黒だけだったんですよ。
それがある時、セレクトショップのバイヤーの方が、
「別注色、できますか?」と、
赤とか黄色、水色など、
いろんな色の別注をしてくださった。
自分もつくりながら、いろんな発見があって、
プレスの友人やスタイリストの方々も、
「黒は黒で作り続けながら、毎シーズン、
色を増やしてもいいんじゃない?」と。
このデザインをたくさんの方が好きって
言ってくださるんだったら、
そうやってご提案していくのもいいのかもしれない、
役に立ちたいな、って(笑)。
- 伊藤
- ワンサイズですよね。
でも開きがちょっと深いところが、
いろんな体形の人に合うんですよね。
胸がふくよかな人は、
ここの開きがあるからこそ、
自由さがあるみたいな。
- 前沢
- そうなのです。
肩と体に厚みがある方、
バストのふくよかな方と
華奢な方はスリットの開き、見え方が違ってきます。
さまざまな体型の方の方がきれいに見えるように
いろいろ試して、ここに落ち着きました。
- 伊藤
- わたしは、チラっと見えてもいい
黒のキャミソールを合わせたりしますよ。
- 前沢
- そうですね、インナーも楽しめる。
今はこの深さでつくらせていただいています。
- 伊藤
- ちょっと抜いて着たり、
リボンをキュッとしても、
印象がずいぶん変わります。
- 前沢
- 着方がいろいろアレンジできますよね。
そして、カフスの寸法ですが、
若干大きくしています。
- 伊藤
- あ、だから、たくしあげたとき、
腕の途中で止まるんですね。
- 前沢
- クッと上げられます。
それをゴムで見せたくはないと、
長めのカフスになりました。
このブランドは丸7年経ったんですけども、
当時からいろんな方から意見をいただいて、
改善しては、また元に戻したり、
外側では見えないところの改良を続けています。
台衿の中って、縫い代がいっぱいたまるんですけど、
そこを、いかにきれいに処理するかとか。
あと、淡い色だと透けちゃったり。
いろんなことが、毎回、見つかりますね。
- 伊藤
- 台衿の内側には芯を貼ったりするんですか?
- 前沢
- 芯は貼っています。
わかりますか、この縫い代を長くとっているんですよ。
ツキアワセがちょっとでも離れると‥‥。
- 伊藤
- 段差ができちゃう。
- 前沢
- めっちゃマニアックな話で、ごめんなさい。
生産は効率をよくする事が前提なのですが、
洋服づくりのゴールって、
お客様が安心して、いかに美しく着用していただけるか?
ということが一番ですから。
- 伊藤
- そうですよね。
そういうことを工場の方と共有して?
- 前沢
- はい、そのゴールをお伝えして、
話し合いながら縫製仕様、生産工程を決めていきます。
全部手作業は量産では難しいので
工場さんと一緒にやり方を考えています。
今回の製品にも、そのようなことが反映されています。
- 伊藤
- これ、デニムとも合うんですよ。
わたしは最初、チャコさんが着ているのを見て、
「チャコさん、それ、どこのですか」と、
教えていただいたのが最初でした。
チャコさんも似合いますよね。
- 前沢
- チャコちゃん、似合いますよね。
LERET.H(ルレアッシュ)のランジェリーを合わせ、
あえて透けさせるみたいな粋な着方をしてくださって。
- 伊藤
- パリジェンヌですもの。
わたし、チャコさんが黒のジャケットを着てるのを見て、
いいな、きれいだなと思って、
白を買わせていただいたんですよ。
ちゃんとカチッとしているのに、
柔らかい印象になるんです。
‥‥テーラーで学んだことって、
レディースの服づくりにも
落とし込めるものなんですか。
- 前沢
- メンズのテーラリングで学んだことの全部を、
レディースのプレタポルテに
落とし込むことはとても難しいですね。
- 伊藤
- そりゃ、そうですよね。
全然、違うもの。
- 前沢
- でも、技術の高い工場と組むと、
すっごくきれいに仕上げることができます。
内側です、テーラーは。
たとえばL’UNEのジャケットは、
肩パットが入っているんですが、
薄くしようとか、ちょっと厚くしようとか、
硬くしようとか、すべてオリジナルです。
テーラリングのコースで教わりました。
‥‥マニアックでしょう(笑)?
- 伊藤
- (笑)大丈夫ですよ。
お客様が着ている様子をご覧になっての
気づきもあるんですか?
- 前沢
- あります、あります、すっごくあります。
- 伊藤
- 同じサイズでも、人の体って違いますもんね。
- 前沢
- サイズ的には、すごく大きいはずなのに、
それを感じさせないコーディネートを見ると、
「あ、なるほど」って。
インスタのL’UNEのタグ付けを見ると、
このブラウスの登場率が高いんですよ。
「入卒園で、着用しました」とか、
「母とお揃いで、色違いで購入しました」
っていうお写真があったり。
- 伊藤
- うちの娘も「かわいい! 今度貸して」って言います。
いろんな世代に受け入れられていますよね。
- 前沢
- それは作り手にとって、冥利に尽きる話です。
リュンヌのコンセプトは
ジェンダーレス、タイムレス、エイジレス。
エイジレスで着用頂けるのは、
すっごくうれしいです。
- 伊藤
- それこそ、ジャケットの下に着ても華やかになるし。
- 前沢
- 白いオーバーオールに合わせてもかわいいんですよ。
リボンをポロって垂らして。
そういう着こなしの方をインスタグラムで見て
「えっ、いい!」っと思ったりします。
- 伊藤
- わぁ、楽しいですね。
「weeksdays」でお求めになったかたも、
Instagramにアップするときは
ぜひ「#lunetokyo」をつけてください~。
わたしが見たい!(笑)
- 前沢
- 私もです(笑)。
- 伊藤
- 前沢さん、今日はありがとうございました。
このブラウスが、
いろんなかたのところに届きますように。
- 前沢
- こちらこそ、ありがとうございました。
メンズのテーラリングを学びたい
- 伊藤
- 一回、ひとりになると考えた時、
どこかに旅行に行くとか、
そういう休み時間はありましたか。
- 前沢
- そうですね。
ヨーロッパには行ったり来たりしていましたが、
旅そのものよりも、
もう一回勉強をしたいと思ったんですよ。
実はテーラリングの勉強をずっとしたかった。
それは今しかないんじゃないかなと思って。
出張で訪問する海外ブランドのオフィスのすぐ近くに
サビルロウ(Savilerow=オーダーメイドの
名門高級紳士服店が集中しているロンドンの通り)
がありました。
私は、ずっとテーラリングに憧れがあり、
すごくリスペクトしている。
- 伊藤
- メンズのテーラーの技術を生かした
レディースをつくりたいと思ったのではなく、
本当にメンズのスーツをつくろうと?
- 前沢
- そんな気持ちも、あったと思います。
でもジャケットと、パンツ、つまりスーツ、
この本当の基礎に、私は触れていませんでした。
パリにいたときに、サンディカ・パリ・クチュール校
(Ecole de la chambre syndicale
de la couture parisienne)という、
パリのオートクチュール組合の学校で、
レディースの美しいドレープとか、
フォルム作りの立体裁断を、
短い間ですけれども、勉強しました。
でも、本当のテーラーの内側の世界を知らなかった。
- 伊藤
- 全然、違いますよね。
同じ服とはいえ、理系と文系ぐらい違う。
- 前沢
- そうなんです。その世界を一度覗いてみたいと。
覗くにはどうしたらいいんだろうと思って、
ミーティングが終わったあとやお昼休みに、
サビルロウを歩きながら考えていました。
すると、見えるんですよ、アトリエが。
半地下の職人さんが。
- 伊藤
- カッコ良さそう!
- 前沢
- すっごく、すてきです。
でも、私は英語が全然ダメだし、
もうその年齢からでは、弟子入りも厳しいと思って、
日本で探したところ、銀座の老舗テーラーで
1年間のテーラリングのコースがあることを知りました。
- 伊藤
- それぞれの人の型紙がある、
みたいな感じですよね。
- 前沢
- それも全部ハンドメイドの。
あ、もちろん、ミシンは使いますよ。
でも、八刺し(はざし)とか、
肩パットとか、いろんなところが手仕事なんです。
ボタンホールも手なんですよね。
もともと職人さんにすっごく憧れていたので、
1年間通おうと。
なにしろひとりになったから時間はあるんです。
今だ!って。
- 伊藤
- すごい!
- 前沢
- 東日本大震災以降の十数年間で、
生きるって、ということを考えましたね。
私には何が大事なんだろう、みたいな。
それがきっかけで
周りもどんどん変わっていきましたし、
このコロナ禍もそうですよ。
- 伊藤
- 例えばどんなことが?
- 前沢
- コロナに関しては、
このL’UNEというブランドを守っていくために
そこには売り上げのことなどがあって、
どうやって継続していくかっていう現実がある。
大変厳しい状況でした。
その時に、オンライン販売を始めたんです。
緊急事態宣言が4月でしたよね、
販売の準備を始めたのが2020年の5月でした。
元モデルの友達から、
「祐子ちゃん、新しいことをやったほうがいい。
今しかない」って。背中を押してくれました。
そして立ち上げのお手伝いをしてくれました。
‥‥もう、感謝ですよね。
それが2020年のことでした。
- 伊藤
- なるほど。それではちょっと遡って、
L’UNEを立ち上げた経緯をぜひ‥‥。
- 前沢
- はい。震災がきっかけでひとりになって、
テーラリングの勉強を1年間したあと、
その1年後ぐらいかな、
それを形にしようと、
自分でブランドを立ち上げようと考えました。
でも、縫製工場とか、何も知らないんですよ。
ずっと契約のデザイナーだったから、
工場の方と話をすることもなかった。
- 伊藤
- へぇぇ。
- 前沢
- ブランドのチーフデザイナーとして契約したから、
ちょっと「外部の先生」的な感じになっちゃうんです。
- 伊藤
- じゃあ、周りの人が動いてくれて?
- 前沢
- はい。ブランドのアトリエには
パタンナーさんもいるし、生産の人もいる。
セッティングは全部してくれるんです。
そして縫製にかんしては、
パタンナーさんと生産の方が担当します。
私は、上がったサンプルにコメントをしていきますが、
ジャケットについては
「なにか違うんだけど、どこが違うのか
指示が十分にできない」みたいなジレンマもありました。
- 伊藤
- じゃあ、テーラリングを勉強して、
「あ、ここがこうだったんだ!」と発見を?
- 前沢
- 発見、ありましたよ。
あれは素晴らしいです。
テーラーメイドの内側の世界は宇宙です(笑)。
- 伊藤
- 宇宙と出会っちゃったんだ。
- 前沢
- 余談ですが
もうちょっとお話してもいいですか?
- 伊藤
- もちろん(笑)!
- 前沢
- 憧れていたサビルロウには、70年代、
トミー・ナッター(Tommy Nutter)という、
当時のロンドンを盛り上げていた
テーラーハウスがありました。
当時のローリング・ストーンズ、ビートルズ、
デビット・ボウイとかって、
みんなカッコいいスーツを着てたんですが、
それをつくっていたテーラーなんですよ。
すっごくおっきな襟のジャケットとか、
ミック・ジャガーとビアンカ・ジャガーの
真っ白なウェディングとか‥‥。私はその世界にめっちゃ憧れていたけれども、
長い間、ドアをたたくことはできませんでした。テーラリングコースが終わったあと、
ロンドンへ遊びに行った時、
トミーとカッターとして組んでいた
エドワード・セクストン(Edward Sexton)が
立ち上げたテーラリングハウスを訪問しました。ステラ・マッカートニー(Stella McCartney)が
学生時代、こちらでインターンシップをされていた、と
記事で読んだことがありました。「あそこに行ってみよう。」と、アポイントをとり、
高すぎてジャケットは無理だと思ったので、
シャツをオーダーしたんです。
その時イギリス在住の姉が一緒にきてくれて、
お店の方に私の経歴を話しました。
「彼女はこういう勉強をして」って。
そうしたら奥からエドワードが出てきて、
今つくっている最中のジャケットを、
「君のサイズに合うと思うよ、見てごらん」って、
見せてくれました。
もう、その仕立ての凄さが理解できるんですよ。
私は技術がないけれど、それが何かはわかった。
- 伊藤
- すごい方との出会いですね。
そして、転機でもあった?
- 前沢
- そうだったのかもしれませんね。
- 伊藤
- それで、L’UNEを立ち上げられたんですね。
- 前沢
- はい。パンツから始まりました。
ほんとはスーツをやりたかったんですが、
工場を知らなかった。
ジャケットについては
中途半端なことは絶対やりたくないですし、
すでにイメージの生地もあったので、
工場が見つかったら、にしようと。
じゃあどうしてパンツだったかというと、
秋田の素晴らしいパンツ工場さんを紹介していただいて。
- 伊藤
- パリのチャコさんが、
「L’UNEのパンツ、素晴らしい」って言ってました。
- 前沢
- ありがとうございます。そしてその時
PR(広報)の友達に相談したら、
「祐子ちゃん、パンツだけだと、
やっぱり世界観が伝わらないから
トップスもつくらない?」
って言われて、白のシャツと
黒のプリーツのブラウスを作ることにしたんです。
それがこの「Pleated Frill Blouse」です。
デビューから今に至るまで、ずっとつくってます。
- 伊藤
- すごい。
再入荷のおしらせ
完売しておりましたアイテムの、再入荷のおしらせです。
2月9日(木)午前11時より、以下の商品について、
「weeksdays」にて追加販売をおこないます。
saqui テーパードリボンパンツ
ウエストがゴムなので、
はいていて楽なのですが、
きちんとして見える計算されたパターン。
とにかくシルエットがきれいなのです。
コーディネートによって、
カジュアルにも、ちょっとおめかし風にもなるので、
1枚持っているととても重宝。
シワになりにくい素材は、旅のおともにも。
「飛行機や新幹線の移動はかならずこのパンツ」という人は
私をふくめてまわりにたくさん。
(デザイナーの岸山さんもそうらしいですよ。)
旅における「シワ問題」が解決されて、
旅がより楽しくなりました。
(伊藤まさこさん)
CI-VA 2189 NUVOLA
(BLACK、GREY)
※YALE BLUEの再入荷はありません。
フラットな作りの、
これ以上ないくらいシンプルなバッグです。
ヒモが長いので、
斜めがけしたり、またはヒモを結んで肩にかけたりと、
持ち方によって印象が変わるところも魅力のひとつ。
使ううちに革がだんだんとやわらかくなり、
体にそうように。
育っていくたのしみがあるのが、
「CI-VA」のバッグのよいところなのです。
(伊藤まさこさん)
君は何しにパリに来たの?
- 伊藤
- こんにちは、前沢さん。
weeksdaysでは、初登場となるL’UNEですが、
まずは、これを読んでいる方々へ、
ブランドの成り立ちを教えていただけますか。
そもそも、なぜ服をつくる道へ?
- 前沢
- 私は東京モード学園という専門学校を出て、
日本のアパレル企業に就職をしたので、
学生の時から服をつくることが日常でした。
その後20代半ばにパリに行きました。
その当時、日本はバブルの最盛期だったんですけれど、
若気の至りで「えいやっ」って。
そして、行ってから、フランス語の勉強をしつつ、
作品みたいな形で、洋服をつくっていました。
ジャン=ポール・ゴルチエにとても憧れていて、
そこで何かスタージュ‥‥見習いができたら、
と思っていたんです。
けれども、現実はそんな甘いものじゃなく、
どうしよう? ‥‥と思いながら、
日本の雑誌のスナップ写真の
コーディネーターのお仕事や、
アシスタントのお仕事をして
生計を立てていました。
- 伊藤
- ファッション雑誌でよく見かける
「パリのおしゃれスナップ」みたいな?
- 前沢
- まさしくそうです。
ほかにもセレクトショップのコーディネーターを
やらせてもらったり‥‥。
そんなある時、先輩デザイナーが
パリに来て、私の現状を見て、
「君は何しにパリに来たの?」
って言ったんですよ。
というか、すっごく怒られました。
「生活をしていくためのお仕事がいただける、
それはもちろん素晴らしいことだけれども、
君は、じゃあ、そのままでいいのか?」って。
- 伊藤
- 「洋服をつくりたかったんじゃないのか?」
みたいなことですよね。
- 前沢
- はい。たぶん私が悩んでいたのを
察してくださったんだと思うんです。
そして、コーディネーターのお仕事も
すごくプロフェッショナルですから、
中途半端な気持ちであれこれやるのは、
どうなんだ? ということでもありますよね。
それで叱られて、言われたんです。
「とにかくブラウスを10枚つくりなさい」
- 伊藤
- その先輩って、何者? すごいですね。
- 前沢
- デザイナーの方です。
もう引退されているんですけれど。
- 伊藤
- 男性ですか?
- 前沢
- 男性です。
- 伊藤
- 大先輩なんですね。
きっと心配なさったんでしょう。
その方から、10枚のブラウスを作りなさいと‥‥。
それをどうしようと?
- 前沢
- 「とにかく、つくれば、俺が日本でなんとかする」と。
いきなりだったので「え?」と言ったら、
「ブラウスだったら自分で縫えるよね?」
「生地はどうすればいいんですか?」
「生地は問屋で買ってくればいいじゃないか」。
もう作るしかなくなって、
マルシェ・サンピエール(Marche St-Pierre)という、
パリの生地屋街で生地を買って、自分で縫いました。
- 伊藤
- すごいことですよ。
- 前沢
- でも、わからないんですよ、
「なんとかするって、どういう意味?」
って(笑)。
- 伊藤
- それもそうですよね(笑)。
- 前沢
- それが1994年の秋冬のことでした。
出来上がったブラウスを
日本の先輩のところに送ったら、
セレクトショップ向けのインポーターの展示会に
出してくださったんです。
- 伊藤
- へぇぇ。
- 前沢
- それで、ほんの少しですけれど、
オーダーをいただくことができました。
- 伊藤
- すごい。その先輩のおかげで、
パリに暮らしながら、
日本でデビューしたんですね。
- 前沢
- でも、大慌てですよ。
どうしよう、オーダーがついちゃった、
つくらなきゃ! って。
そんなことの繰り返しが、
5年間ほど、ありました。
- 伊藤
- その5年の間は、順風満帆だったんですか?
- 前沢
- いえいえ、もう、大変なことばかりです。
- 伊藤
- ‥‥ですよね。
ブラウスだけ?
それを日本で販売していたんですか。
- 前沢
- いえ、ブラウスだけじゃなくて、
パンツ、ワンピース、
コート、ジャケットなどのサンプルをつくり、
そのサンプルを担いで、もう今はない、
パリのレアール(Les Halles)の
すてきなセレクトショップに持っていったり、
ロンドンに持っていったりしていました。
そこでオーダーを受けたら、量産です。
その先輩からパリ近郊の工場を紹介していただいて、
そこに依頼するんです。
- 伊藤
- 前沢さんのパリ時代、すごいですね。
忙しい!
- 前沢
- でも、すごく楽しかったんですよ。
いろいろな経験と出会い、そして
友人たちもいろんな目標をもっていて、
毎日励まし合っていました。
ただ、あまりのたいへんさに、
「もうこれは続かないな」と思うに至りました。
自分でつくるには資金が底をつき、
2000年、日本に帰国することに。
- 伊藤
- そうだったんですね。
そこからは、どんなふうに?
- 前沢
- 誰かの役に立ちたい、と、
デザインオフィスを立ち上げ、
数社の企業からの契約をいただいて、
デザイン活動を始めました。
約15年間、その契約のお仕事を
やらせていただいていました。
- 伊藤
- 一つのブランドに絞って専属になるのではなく、
いろんなところからお声がかかったんですか。
- 前沢
- そうですね。
日本に戻ってきた時、30代半ばでした。
もう正社員としてはなかなか難しいと言われ、
自分でも専属デザイナーというイメージがつかめなくて、
「さあ、どうしよう」っていう時に、
その先輩が紹介してくれたインポーターが、
私がブランドを辞めて日本に来るんだったら、
オリジナルラインを業務委託で仕事をしてもらえないかと
オファーをくださったんです。
ありがたかったです。
その後、数社からお声掛けをいただきました。
その仕事がだんだん忙しくなり、
ひとりじゃできなくなって、
アシスタントやアルバイトを雇い、
4人でやっていた時もありました。
- 伊藤
- じゃあ、日本に帰ってきてからも、
経済的には安定したけれど、
あいかわらず大忙しみたいな?
- 前沢
- はい、大忙しでした。
海外ブランドの日本用ライセンスラインのお仕事も
やらせていただいていました。
パリ、ロンドンに、年に3回位出張し、
MDとともに先方のApproval Meeting(承認会議)に
出席していました。
その仕事を紹介してくれた方は、
「前沢は、外国人慣れして、
度胸もあるし、行けるよな?」みたいに言うんですよ。
私も「まあ、それは大丈夫だけど」って(笑)。
- 伊藤
- すごい。たしかに度胸がありますよ。
それが、いつまで続いたんですか。
- 前沢
- 2013年まで、忙しい状態でした。
- 伊藤
- すごいことですね。
外国でビジネス的な会議にも
出られていたって。
- 前沢
- 現地では、ずいぶんしごかれましたけど(笑)。
「君は私達の文化のこと、わかっていない」って。
「いや、わからないですよ、私?」みたいな応酬。
- 伊藤
- それはそうですよね。
- 前沢
- 「だって、イギリス人じゃないもの!」
「じゃ、君はフランス向きだな!」
「いやいや、私、日本人です!」みたいな。
今では笑い話です。
- 伊藤
- すごい(笑)。
- 前沢
- そうこうしているうちに、
2011年、東日本大震災が起こり、
それを機に、私が大切にしていたアシスタントが
結婚をして東京を離れる事になりました。
もちろん喜んで送り出しつつも、ひとりになり、
「さあ、どうしよう」。
そこで、それまでの仕事を、
彼女に引き継いでもらい、
私は一回、ひとりになって、今後を考えようと。
その時40代後半でした。
そこからです、L’UNEの立ち上げに動いていくのは‥‥。
L’UNEのプリーツブラウス
「今」の自分と
年齢を重ねるごとに、
似合うものがなくなった!
なんて方は多いと思う。
昨日まで着ていた服なのに、
鏡に映った自分の姿にしっくりこない。
「50歳の壁」なーんて言いますが、
私ももちろんその「壁」にぶつかりました。
最初は愕然とし、
あたふたと慌てて、
それから、しょうがないよねなんて開き直り。
今は、うまくつきあっていくしかないものね‥‥と
気持ちが落ち着いたところ。
年は遡ることはできない。
抗いすぎるのもいやだけれど、
どうせならば「今」の自分に似合うものを、
少しずつでいいから探して、
身につけていきたい、そんな風に思っています。
私の周りには、
壁を乗り越えた大人のすてきな女性がたくさんいますが、
その方々が身につけているのが、
L’UNE(リュンヌ)の服。
大人っぽくてエレガント。
素材の使い方や、
ちらりと見える肌の分量などが絶妙。
なにより、私たちを
美しく見せてくれるところがありがたいんです。
今週のweeksdaysは、
ブランド当初から支持を受けているという、
L’UNEの顔のプリーツブラウス。
コンテンツでは、
デザイナーの前沢祐子さんにお話を伺いました。
着ている人をきれいに見せてくれる、
プリーツブラウスの秘密が明らかに!
どうぞおたのしみに。
人が住む最北の地の現在
人が暮らす世界最北の街、
スヴァルバール諸島に、
冬と夏の二回、訪れたことがある。
空港がある街はロングイヤービーエンという
比較的洗練された街なのだが、
ぼくがいつも思い出すのは、
バレンツブルグという炭鉱の街である。
バレンツブルグの周囲には道路がなく、
冬はヘリコプターかスノーモービル、
夏は船でしか行くことができない、
文字通り“陸の孤島”になっている。
この街は、入口に石炭工場があって、
ぼくが訪ねた冬も夏もどちらも、
工場の煙突から黒煙が高々と上がっており、
いつもその煙を遠くから見ながら
「ああ、こんなところに人が住んでいるんだな‥‥」
と思いながら、街に近づいていった。
こうした工場や炭鉱を運営しているのは
ロシアの国営企業で、
スヴァルバール諸島自体はノルウェーに属しているのに、
この島だけはミニ・ロシアのようになっていて、
住民もロシア語を話す。
2017年、この街に立ち寄った際、
公民館のような場所で故郷の服をまとった
6人の女性たちに踊りを見せてもらった。
おそらく異国から訪ねてきたぼくたちに
歓迎の意味合いで披露してくれたのだと思うのだが、
人影の少ない荒涼とした街の印象とはおよそ異なる、
赤いフレアラインのワンピースに、
作り笑顔を浮かべていかにも陽気に踊る女性たちは、
バレンツブルグ全体に漂う一抹の寂しさを
さらに強調しているようにも感じられた。
ショーの後、写真を撮らせてもらいながら
彼女たちに話を聞くと、
そのほとんどがウクライナからきた
炭鉱労働者の妻たちであることを知った。
このバレンツブルグは、
ロシアとウクライナの炭鉱労働者が
何十年も肩を並べて働いてきた街で、
鉱山はもちろん、小さな店やレストランに至るまで、
ロシアの国営企業の傘下にあったのだ。
1980年代のピーク時には
1500人ほどの人が暮らしていたらしいが、
ソビエト連邦の崩壊とともに人口は減少の一途をたどり、
現在の人口はわずか370人ほどで、
その3分の2がウクライナ人である、という。
ロシアによるウクライナ侵攻がはじまって
ぼくが真っ先に思い出したのは、
バレンツブルグに暮らすあのウクライナ人のことだった。
戦争がはじまって以来、
スヴァルバール諸島の公式観光サイトから、
バレンツブルグへの観光情報の一切が削除され、
ロングイヤービーエンの旅行会社のほとんどは、
バレンツブルグへの観光客誘致を中止してしまった。
さらに、西側諸国のロシア系の銀行への制裁によって、
スヴァルバールに暮らすロシア人や
ウクライナ人の炭鉱夫たちは
家族に送金することもできなくなり、
島を離れる人が相次いでいる、
というニュースもつい最近目にしたばかりだ。
北極点から1000キロほどの距離ある、
あの辺境の街にも戦争の影響が及んでいる。
いや、そういう遠く離れた小さな街にこそ、
強大な波が到達するのかもしれない。
寒空に舞う工場の煙と女性の笑顔を思い出しながら、
今も侵攻に晒されている人々のことを考える。
ぼくは、徹頭徹尾、戦争には反対だ。
白の気配
都会から離れて、
この冬初めて山の中の家で過ごしています。
名前も知らなかったこの土地に導かれ、
半年後に今の家との出会いがありました。
想像していたこととは少し違うし、
想像以上のことも起こる。
一筋縄ではいかないこの運命が
ようやく気に入ってきたところです。
しかし、標高850Mの暮らしに慣れるまでは
少々時間がかかりました。
ゴミを捨てるのに坂道を登るだけで息が切れ、
圧倒的な自然や生物に対しての
未熟さを感じられずにはいられない日々。
ハーブ畑もお世話のしやすい庭へと移し、
春を待ち侘びているところです。
まだまだ手がかりの少ない中で、
昨年の今頃はどんな景色だったか、
昨日より今日はあたたかいかそんなささいなことや、
目を閉じて太陽のぬくもりを感じとることが
私を支える日課のようなものになりました。
田舎町の片隅でいつも似たような格好をしているうちに、
おしゃれが下手になりましたが、
選択肢を減らすと良いこともあり、
ふと時間が余るのです。
以前から寒い季節になると、
パールのピアスや、白いタートルネック、
白いストールなどを身に纏うことが特別好きでした。
白いものを身につけ
お守りのようにしているのかもしれません。
環境が変わった今は、
身につけるときめきより先に、
そこかしこから白の気配を感じることが多くなりました。
朝陽がのぼる前の空の蒼い白
ハンモックのように冬眠する虫たちの隠れ家
霜が降りたシャリシャリの土の上
お向かいさんの薪ストーブの煙
満月の白
そう、今の家では満月の日になると
浴槽の窓から月の光が差し込みます。
冬の最も寒い日、
電気を消してその光だけでお風呂に浸かってみたら、
水面に映る月光が自分の呼吸に合わせてゆらゆらと
白いネオンのように静かなノイズをみせてくれました。
白の気配を全身で受けとる時間は、
ひそやかな瞑想のようでした。
余った時間に、
私はいくつの白を知ることができるだろう。
余白という言葉の美しさにも気がついた冬です。

写真:新保慶太
再入荷のおしらせ
完売しておりましたアイテムの、再入荷のおしらせです。
2月2日(木)午前11時より、以下の商品について、
「weeksdays」にて追加販売をおこないます。
なお、材料の高騰により、
今回販売分より価格が変更となります。
DELIVERY TOTE
SMALL ENAMEL(BLACK)
※DELIVERY TOTE MEDIUM ENAMEL(BLACK)の
再入荷はありません。
白いシャツにデニムもいいし、
コットンのワンピースもいい。
これからの季節は、
ちょっとざっくりしたニットと合わせても‥‥。
一年を通して持てる、こんなバッグが欲しかったんです。
weeksdaysオリジナルは、
持ち手の端を内側にし、よりシンプルに。
それから、
バッグ本体と持ち手を留める金具を
シックなゴールドにして、
大人っぽい仕様にしました。
(伊藤まさこさん)

BAGUETTE TOTE ENAMEL(BLACK)
持ち手はひとつ。
肩かけできるすっきりとしたフォルムが美しいバッグです。
ちょっと深めなこういう形ってなかなかない。
持っていると、
「どこの?」なんて聞かれることまちがいなしです。
エナメルの持つ、
上質で、軽やかな質感をたのしんでください。
(伊藤まさこさん)
雪がひらひらと降りてきて
鼻の奥にピリリと冷たい空気を感じる季節が来ると、
待ってました!
と言わんばかりにはりきって
身に付けるものたちを並べる。
季節の変わり目の時にそっとあたためておいた
白い靴、白いストール、白いバッグ!
幼い頃は山と川に囲まれた田舎に育ったせいか、
体力の限界まで野山をかけめぐっていた毎日で
洋服にはかなり無頓着だった。
ただとっておきの時はのぞいて‥‥。
子供の頃、父の仕事の関係で年に一度
大勢の大人が集まるクリスマスパーティー
というものがあった。
来ている人たちは今思うと年配のおじさまおじさま、
またおじさま。
そんなおじさまたちに混じってお洒落をしていくのが
とっても楽しみだった。
スタイルは黒いワンピースに
真っ白な小さなファーのケープ。
ボタンはなくて、内側にピンクの布で包まれた
ホックがついていた。
肩にちょこんと乗ったシンプルなケープが可愛く、
そして誇らしくて
コートもなしで出かけて行った。
雪がひらひらと降りてきて、
ファーの上に優しく落ちた結晶をずっと眺めては
夜空の中歩き回っていた。
翌年もまた翌年も
真っ白いケープがきゅうくつになるまで、
毎年それぞれのコーディネートを楽しんでいた。
幼い頃に形成された好みというのは
面白いことになかなか変わらないもので、
買い物に出掛けた時に
「これってどの色を合わせたら良いと思う?」
という質問に
「白じゃない?」
冬に白? 今冬だよ?
と毎回驚かれるが、冬の白もコーディネートを
考えるととてもハンサムになるので
ついつい力説してすすめてしまう。
白は白でも冬の光にあう白は、素材が大事。
夏のナチュラルコットンやリネンは夏の太陽におまかせして
冬はとびきりフワフワしっとりしたようなカシミア、
反射するようなエナメル、
青みがかかったくらいのいさぎよい白い革を選びたい。
ふと今日着ている服をみると、
冬のロングコートに白いストール、
ぐるりと白いラインの入ったショートブーツ
そして白いバッグ、
うん、間違いない。
TEMBEAの白いエナメルバッグ
冬の白
出かける前、チェストの一番上の引き出しを開けて、
リネンのハンカチを1枚取り出します。
ぴしりとアイロンがけされたものが10枚並んだ様子は、
清々しくて、
見ているだけで気持ちがいい。
そういえばと見渡すと、
タオルやキッチンクロス、シーツ、寝室の壁‥‥
いつも近くにいて欲しい色は、白。
「気持ちがいい」のももちろんなんだけれど、
「一から」とか「まず」なんて、
気持ちになるからかな。
白って他の色にはない魅力があるんです。
そうそう、今、書いているテーブルの傍らに置いている、
日めくりカレンダーも今日は雪景色の写真。
いいなぁ、やっぱり冬の白。
今週のweeksdaysは、
TEMBEAのバッグ。
好評だった黒に加えて、白が登場します。
もこもこニットに、
白い靴。
手にはエナメルの白いバッグ。
冬の白いおしゃれをどうぞ。
器にとっての色気とは
- まさこ
- 作風が変化した頃のこと、
環さんの奥様の香緒里さんにも訊いてみたいです。
いまいらっしゃいますよね、おとなりに。
- 香緒里
- いますよ~! まさこさん、こんにちは。
- まさこ
- 香緒里さん、こんにちは!
その頃の環さんのこと、
どう思って見ていらしたのか教えていただけますか。
「何を言ってるんだ、この人は」みたいな?
それとも「こういうのをつくる
気持ちになるのはわかる」みたいな、
自然な流れだったんでしょうか。
- 香緒里
- 自然‥‥、そこまでは、すごい薄づくりの、
冷たい感じって言うか、まあ都会的な感じの
ものだったんですけど、
それが馴染まないように思ったんでしょうね。
- まさこ
- それは、年齢も関係していたっていうことでしょうか。
- 香緒里
- 年齢と、住んだ所‥‥、
子どもが生まれたときにいた三崎って、
とってもオープンな所だったんです。
そこで子どもが生まれたことがちょうど合わさって、
‥‥そうですね、自然、でしたね。
私は、そんな、驚くとかは、なかったです。
- 環
- わかりやすく言うと、
(器の)口がポテッと分厚くなったんですよ。
今まで薄かったのに。
で、あまりに作風が変わったものだから、
急に売れなくなったんですよ(笑)。
- まさこ
- ええ? そうなんだ。
- 環
- そうなんです(笑)。
お客さまが僕をイメージしていたのと違うから、
「伊藤環はこうじゃない」みたいな(笑)。
- まさこ
- でも、売れるものをつくりたいわけじゃなくて、
つくりたいものがつくりたいっていうこと‥‥?
- 環
- んー、そのバランスは大事だとは思うんです。
- まさこ
- もちろん、そうでしょうね。
- 環
- 売れるために、
無理してつくる必要はないと思っています。
できるだけ気持ちに沿ったものをつくろうと思いつつ、
ちょっとは人の顔色も伺います(笑)。
- まさこ
- そうなんですね(笑)。
- 環
- それで、震災後に岡山に移ってきたんですが、
太平洋だった三崎から、
今度は瀬戸内海を感じながら過ごすんですよ。
海の質がそのまま風土に影響してるんですよね。
ちょうど僕、40になった頃で、
たぶんアドレナリンの量が少しずつ減少していき。
- まさこ
- ええーっ?
- 環
- 厄年を迎えて、闘うことに疲れ始め。
- まさこ
- ええっ、ハハハハハ(笑)。
おもしろーい。疲れ始めたんだ!
- 環
- 岡山でろくろをやってると、
目の前に細い川があって土手があるんですけど、
土手の上を乳母車を杖代わりに使うおばあちゃんが
ゆっくり歩く景色があるんですよ。
- まさこ
- 「土手の上を乳母車を杖代わりに使うおばあちゃんが
ゆっくり歩く」って、
ふるい映画のなかの風景みたいです。
それが、今もあるんですね。
- 環
- 本当にあります。
おばあちゃんが昼間、
日向ぼっこがてら乳母車を押してる。
- まさこ
- そもそも「乳母車」がなくなっていますもの。
- 環
- そうなんです。もうかなり年季の入った
乳母車を押してる。
で、そのおばあちゃんを見てたら、
闘う気力を失うというか、吸い取られていく。
バカバカしくなる。
- まさこ
- そうなんだ。
- 環
- マイペースで、ちゃんと生きていけばいいんだって、
いろいろ考えてね。
- まさこ
- 環さんの歴史を一回振り返っていいですか。
そのエッジをきかせた作品づくりをしてたとき、
そこの工房に中里隆さん(*)がいらして、
その中里さんの器を見て、
すごく影響を受けたって聞いた覚えがあるんですけど。(*)中里隆(なかさとたかし) 陶工。佐賀の唐津に工房「隆太窯」をひらく。
世界各地で窯を築き、作陶を続けている。中里太亀さん、中里花子さんの父。
- 環
- 20代の頃、福岡時代ですね。
その頃はオブジェ的なものをつくってたんだけど、
中里隆さんには、
僕が器をつくるきっかけをいただきました。
僕、1990年に大阪芸大に進学するんですけど、
当時、バブル崩壊後ながらまだ景気がよくて、
焼き物業界の主流っていうか、花形は
オブジェの世界だったんですよ。
そういうものに大学に入って初めて触れて、
もう焼き物はオブジェつくらないと作家じゃないとか、
僕、勘違いして始まるんです。
だから、大学を卒業しても、
オブジェをやらないと作家じゃないっていう使命感に
ずーっと縛られていました。
で、大学を卒業して、実家に帰りたくないんで、
修業だとか言ってブラブラしてるときに、
「陶芸の森」っていう、信楽にある焼き物の施設に
中里隆さんが招待作家としていらしてて、
僕もたまたまそこに居合わせたんですよ。
で、そのときの中里隆先生の、
──もう先生と呼んでましたけど──、
先生のろくろをする姿を初めて見て、
ろくろをする人がカッコいいっていうのを、
初めて思ったんです。
僕の父親も陶芸家ですけど、思わなかったのに(笑)、
中里先生を見て「惚れた」んですよ。
めちゃくちゃカッコよかったです。蹴(け)ろくろ。
- まさこ
- お父さまと何が違ったんでしょうね。
- 環
- 物心ついたときから、
蹴ろくろ、僕は見てたんだけど、
別の雰囲気があったんでしょうね。
具体的にわからないんですが。
- まさこ
- そうなんですね。
- 環
- で、ある日、先生が信楽で酒を飲んで帰ってきたんです。
なのにその日のうちに絶対にやらないといけない
仕事があったものだから、千鳥足でろくろに座って、
酔っ払って足もフラフラしてるから、
蹴ろくろがうまく動かないくらいなのに、
絶対に手元は狂わないんです。
そこに、なにか、色気というか、
やられちゃいました、
「あ、器って、カッコいいなあ」と。
そして出来上がったものはとても色気のある器で、
その色気にやられちゃったんですね。
色気というものを初めてハッキリと意識した。
で、それから自分のろくろの手さばきはやめて、
中里隆先生の模倣から入っていくんです。
それでオブジェを捨てることができた。
- まさこ
- それで、環さんは自分も色気のあるものがつくりたいと。
- 環
- 実際のところ、自分じゃわからないです、
つくったものに色気があるとかないとかは。
- まさこ
- ああ、そうかもしれませんね。
- 環
- それはわかんないけど、
もしつくれるならば、理想としては、
そういったものができるといいなあと思います。
で、その後、いろいろ諦めて、
実家に帰りました。そこからはもうろくろ三昧です。
- まさこ
- じゃあ、その後、結婚して三崎に行って、
今は岡山に移ったということですね。
家を出るときお父さまはどんなふうに?
- 環
- 僕が出て行くって言ったときは、
母親は「あんたは出てって
自分の好きなようにやった方がいい」って言ったんですが、
父親は便利な弟子がいなくなって
急に自分で全部やらないといけなくなるからと、
ものすごく怒ってました。
だから喧嘩して飛び出したような形ですよ。
- まさこ
- その後、お父さまとは?
- 環
- まさこさんが、食器棚の取材で、
雑誌で僕らの暮らしを
取り上げてくださったじゃないですか。
それを父親に送ったんですよ。
「出たよ」って言ってね。
直接の感想はなかったけれど、
僕の友達が実家に遊びに行ったとき、
父親が雑誌を取り出して
自慢してたって言ってました。
- まさこ
- よかった!
- 環
- こんなふうになっていることを、
ちょっとくらいは喜んでたんじゃないでしょうか(笑)。
一言も言わないまんま逝っちゃいましたけど。
- まさこ
- そうかあ。それは、だって、うれしいですよ、
息子が自分と同じ職業を選び、
人気作家となったって。
- 環
- 人気作家(笑)! そんな。
- まさこ
- 絶対、絶対うれしいと思う。
- 環
- どうやら「食えてるらしい」っていうことで
ホッとしたみたいです。
- まさこ
- お父さまも、それでやっと
自分の所を離れたっていう気に
なられたのかもしれませんね。
- 環
- そうかもしれませんね。
まあ、安心はしたかな。
- まさこ
- 環さんは「ほぼ日」に初登場になるので、
どんな人がつくってるかっていうのは、
とっても大事だと思い、
半生記をお聞きしました。
すごく面白かったです。
- 環
- どの辺りがおもしろかったです(笑)?
- まさこ
- わたしは、都会で人工物に囲まれて、っていうお話。
先日、別の仕事で昭和のおもちゃを集めたんです。
それを並べて撮影をしているとき気づいたんだけれど、
昭和のおもちゃって、丸みがあるんですよね。
ちょっとなんかホッとする手触りがある。
素材も紙や木が中心。
そのうちセルロイド、樹脂、プラスチックが
出てくるわけですが、
今のおもちゃってもっと、なんていうのかな、
自然に還らない感じがしますよね。
かつては自分だってそれで遊んでたんですよ。
そしていまふたたびホッとするものに
自分がちょっとだけ向かってる。
なぜなのか、わからないんですけれど。
- 環
- 年齢も大きいでしょうけど、
いろいろ疲れている、ということも
あるかもしれませんよ。
- まさこ
- でも、環さんが作風をがらりと変えたようなことは、
わたしにはないと思うんです。
スタイリングの作風はまったく変わっていないし、
これからも変わらなそうな気がします。
- 環
- まさこさんの形が出来上がったんでしょうね、きっとね。
ある程度出来上がってきたら
変える必要もないと思うので、
- まさこ
- 出来上がったのは30年くらい前からなのかな‥‥、
でも、仕事を始めて30年くらい経ってるって、
恐ろしいなあ!(笑)
- 環
- やっぱりまさこさん、好きなもの
はっきりされてるじゃないですか。
- まさこ
- そうですね。
- 環
- ブレない。
人の言うことは聞かないわけでしょう?
- まさこ
- そんなことないですよ!
聞きますよ、聞いてますって(笑)。
‥‥あ、でも、「えっ」って思った違和感に関しては、
「やっぱりそれちょっと」って。
- 環
- そう。僕のまさこさんの印象は、
はっきり意見を言われるということです。
- まさこ
- あ、そうなんだ。
- 環
- 決断が早いし、
人のいいと思った方向の流れを壊さない。
今回の箸置きなんかまさにそうでした。、
チームの皆さんの知らないところで
ふたりでどんどん決めちゃいましたが。
- まさこ
- ふふふ(笑)。環さん、ありがとうございました。
販売されたあと、どんな反応をいただくか、
わたしもたのしみです。
- 環
- ありがとうございました!
