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ほぼ日刊イトイ新聞

2024-02-24

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・薬学者、脳研究者の池谷裕二さんに初めてお会いしたのは、
 たしか彼が30歳くらいのころだったと思う。
 そのころ長い対談をした内容は『海馬』という本になった。
 池谷さんがなにげなく語ることばのなかから、
 ぼくは、その後のじぶんの生き方に大きく関わるような
 いくつかの「カギ」をもらった気がしている。

 そのうちのひとつが、この場でも何度も書いている
 「脳のニューロンが触手をのばすようにして、
 たがいにつながろうとする様子」の映像を見たことだ。
 これはもう人間が生きようとすることそのもののようで、
 ぼくのなにかするときの「原像」のようにもなっている。

 もうひとつが、池谷さんがなにかと話す機会の多い
 「可塑性」ということばについてだ。
 脳には可塑性がある、ということで語られる。
 例えば、わたしがいままで知らなかったことを知る。
 そこでは、「なかった」が「ある」になったのだから、
 わたしの脳には、変化があったのである。
 その変化が、そのままそこに留まって(記憶され)
 わたしは「知っている」という人になるわけだ。
 ねんどを指でぎゅっと圧して、へこみができ、
 そのまま「へこみのあるかたち」になるのと似ている。
 さらには、「ある」になった状態の脳が、
 また別の知らなかったことを知ると、 
 また別のへこみができて新しいわたしになる。
 これが無数に繰り返されていくと、
 当然、変化にミスが混じってくるわけで。
 「思い違い」やら「忘れ」が生じるし、
 「ある(記憶)」を再現するときにも、
 別のちがうものを生み出してしまうケースも出てくる。
 機械のように正確に同じものが保管されたり
 取り出されたりすのではなく、人の脳の活動は、
 「あいまい性」が前提になっているのである
 (「だーからおもしろいんだ!」と、これはぼくの声)。
 創造性(クリエイティブ)について考えるときに、
 この脳の「可塑性」という前提は、すっごく大事なのだ。 
 最初に、生き方に関わるような「カギ」と言ったが、
 ぼくの考え方の原点に近いところにこのイメージはある。
 しょっちゅう、ぼくも「可塑性」とか思ってるんです。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
じぶんの考えの「原型になるイメージ」っての、ありますか?

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