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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-08-04

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・もっと幼かったころ、もっとアホだったころ、
 まだ小学生だったころのことだ。
 「打点」という概念が好きになれなかった。

 野球に詳しくない人のために「打点」を説明するのは、
 それなりにむつかしいような気がする。
 「日本国語大辞典」で調べてみると、
 <野球で、打者が安打、犠打、四死球などで
 走者を得点させたときに、打者に与えられる点>
 ということになるのだけれど、わかるですか? 
 つまり、走者がいるからこそ打点がある、
 ということがわかるだろうか? 
 じぶんの打席の前に、走者がいるかいないかは、
 じぶんの打撃とは関係ないわけで、ある意味それは運だ。
 そんな運まで含んだ「打点」を競い合うというのは、
 ちょっとちがうんじゃないですか、
 というようなことを、小学生のぼくは言いたかった。
 なぜ、そんなことを考えたかというと、
 「ぼくの好きな長嶋茂雄」が、打率や本塁打でなく、
 打点の部門で他の選手より下にいる、
 ということが、おもしろくなかったのである。

 当時のぼくは、本塁打のことでも、
 ゆっくりと大きな放物線を描くようなホームランより、
 ライナーで直線的にスタンドに届くホームランのほうが、
 ほんとうのホームランだとも考えていた。 
 たぶん、これについても長嶋茂雄のホームランを
 「真のホームラン」であると思いたかったからだろう。

 いま、長く生きてきたぼくは「打点」が大好きである。
 じぶんの打席のとき、塁上に走者がいるという運を、
 大いによろこんで得点につなげることができる選手は、
 もっとも頼りになるというわけだ。
 目の前のチャンスは、だれにでもあり得る。
 それをいい結果につなげることができる人と、
 そこで残念ながら結果に貢献できない人がいるとしたら、
 何度もチャンスを生かした「打点王」はすばらしい。
 ぼくが、いまいちばん欲しいタイトルは「打点王」だ。
 ついでに言うと、走者がなくても打点をあげる方法は、
 ひとつあるんだよね、ホームランを打つことさ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
こういうこと書いた日は、おそらく反響が少ないと思うの。


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