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ほぼ日刊イトイ新聞

2020-07-05

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・水泳の池江璃花子さんが、プールに復帰していた。
 20歳の誕生日を迎えたというニュースだった。
 こころに描いているのは、2024年のパリ五輪だという。

 いま、どうしても、ぼくらの目は近くを見やすい。
 1日にコロナウイルスの感染者が何人という数字を、
 グラフで見ては、なにかを考えているつもりでいる。
 数字を凝視しても、できることは限られているのだけど。
 気にしているのは近く、1日、2日、数日の単位なのだ。
 ニュースのなかの池江さんの目が、
 4年先のパリ五輪に向けられているということが、
 ぼくにはとても新鮮で、いいなぁと思えた。
 今日明日、1年後も、ぼくらの未来ではあるのだけれど、
 多くの人は、もっと先、4年後の未来にも生きている。

 いま研究開発されているワクチンでも、
 4年後と言わず、それより前に実現しているだろう。
 たとえば2024年に、じぶんはどうしていたいのか。
 そのことと、毎日毎日のグラフを見つめる目と、
 両方がなくては、この騒動がうまく終わったところで、
 「さて、なにをするんだっけ?」になりそうだ。

・先のことなんかわからない。
 それはそれで、ほんとうにそうだと思う。

 なんについても目標を定めて、そこから逆算して、
 いまやるべきことを決めるというのが、
 いまの時代の一般的なやり方なのだけれど、
 そんなに思うように行くもんかと言いたくもなる。
 過去のあの目標も、あの予測も、外れてばかりだったぞ。
 頭のいい人たちが、ミサイルの弾道のように計算しても、
 実際のものごとの着地点は、思い通りにはいかない。
 でも、それでも、いちおうでも、
 「じぶんが生きているかどうか」は予想ではない。
 たとえば4年後、たいていの人は生きてるつもりだろう。
 絶対ではないし、死んでるかもしれないのだけれど、
 数年くらいの単位では、人は生きてるつもりでいる。
 この「つもり」が、ほとんどの人のお守りになっている。
 目標や目的じゃなくていい、「つもり」こそが希望だ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
九州の大雨の被害受けられた方に、お見舞い申しあげます。


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