お気に入り記事の保存はアプリが便利!

ほぼ日刊イトイ新聞

2022-08-18

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

矢沢永吉の50周年ライブのツアーが近づいている。
 8月27日28日の国立競技場ではじまり、
 9月に福岡PayPayドームと大阪京セラドーム。
 永ちゃんは、ぼくよりひとつ年下なのだけれど、
 もうじき同い年の73歳になる。
 あの激しいステージを、国立競技場でやるというのは、
 ほんとうにとんでもないことだとも思う。
 ただ、本人ができると思っているからやるのだし、
 そのための日々を送っているはずだ。
 「若くなりたいと思わない。
 矢沢永吉という人生を生き抜いてみたい」。
 と、じぶんの腹からでてきたことばで言える男。
 気持ちいいなぁ、ほんとにこの人は本気で生きてる。
 なにもかも振り絞ってステージに立っている姿は、
 涼しいのが好みの人には熱苦しいと思われるかもしれない。
 声がでかい、唾が飛ぶ、走る、蹴飛ばす、にらみつける、
 じぶんにうっとりする、汗が流れる、タオル…。
 まるごとの矢沢永吉を、そのままぶつけてくるから、
 観客のほうでもなにかを感じざるを得ない。
 それほどファンでもなかったという女性が、
 「あんなに一所懸命にされたら好きになるよ」と言った。
 みんな、その「あんなに!」ができないのだ。
 矢沢永吉は、ずっと「あんなに!」をやっているのだ。

 この人については「おれは子分でいよう」と決めたぼくは、
 それなりにやるだけのことはやってきたつもりだが、
 「あんなに!」を、まだやってこなかったような気がする。
 照れくさいとかかっこわるいとか言わずに、
 前に出たり後ろに引いたりしながら、
 まるごとのじぶんをぶつけてやるということを、
 やった人生と、やらなかった人生があるのだとすれば、
 73歳でやってみようと思ってもいいのではないだろうか。
 と、なんだかスイッチが入っている。

 会社の「ほぼ日」のこと「ほぼ日の學校」のことは、
 もちろんやってるが、「前橋BOOK FES」も全力だ。
 関係者にはいい迷惑なこともあるかもしれないけれど、
 ごめん、ブラックにはしないからよろしくお願いします。
 去年も今年も、世界のあちこちが実に辛くて痛い年だ。
 めげないでいることも、ぼくらの仕事だと思ってやるぞ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「できること」を思いつくのが、まず「できること」です。


ここ1週間のほぼ日を見る コンテンツ一覧を見る
ほぼ日の學校
吉本隆明の183講演
ドコノコ
ほぼ日アプリ
生活のたのしみ展
TOBICHI東京
TOBICHI京都