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ほぼ日刊イトイ新聞

2024-04-21

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・「こりゃぁ、すごいぞ」と言えるようになること。
 じぶんにはとても無理なのだけれど、
 すぐれた野球選手がホームランというものを打つ。
 ぼくらは、「こりゃぁ、すごいぞ」と思える。
 つまりこれは、多少なりとも野球のことを学んだおかげだ。
 アイドルという職業の人が、テレビ番組の企画で、
 「ホームランが打ちたい」というテーマで挑戦していた。
 結局、たしか、打てなかったのだけれど、
 彼は、野球選手の打つホームランのすごさを知ったろう。
 テレビで見ていたぼくらも、それを知ることになった。

 将棋の世界で起こっていることを、ぼくは、
 「こりゃぁ、すごいぞ」と言えないままでいる。
 それを言える人たちが「すごい」と言っているのを、
 又聞きのように聞いて「すごいらしい」と思っている。
 棋譜を見て「すごいなぁ」とかは言えるはずもない。
 これはアインシュタインの相対性理論のことを、
 「すごいなぁ」と言えないでいることと似ている。
 でも、「すごいんだろうなぁ」と敬意を感じている。

 自然のなかで花の名前を言えたり、
 夜空をながめて星の名前を言えたりする人のことを、
 「いいなぁ」と思うこともある。
 そのことを学んで、うれしい気持ちで
 その名を呼んでいる人のことを、尊敬もする。

 家を建てている職人さんだとか、
 大きな重機を動かして土木の工事をしている人だとか、
 じぶんにできないことを当たり前のようにしている人を、
 これもやっぱり「すごいことだなぁ」と感心する。
 公園で遊んでいるとき、止まっているのに、
 からだを弾ませるようにしている子どものことも、
 「あんなふうにいたいなぁ」と憧れて見てしまう。

 すべて、「学ぶ」ということにつながっている。
 なにを知っているわけでもないじぶんが、
 少しずつ学ぶことで、感心や尊敬や好感や憧れが生まれる。
 学ぶこと、思うことを繰り返すごとに、
 じぶんの知っていることの少なさと、
 知ってうれしいことの多さを知って、たのしくなる。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
学びたいものをいつも見つけていれば、ずうっとおもしろい。


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