糸井重里
・なにか、「これこそがいちばん大事なことだ!」と、
あなたが考えるようになったとします。
その「なにか」は、人それぞれだと思いますし、
そう信じる気持ちは、とても真剣だと思われます。
ただ、「これこそが、なによりいちばん大事なこと」を、
みんなが、だれもが、そう思うわけじゃないです。
いかにも、たくさんの人がそう言ってたとしても、
「なによりいちばん大事なこと」は、
人により、時により、場合により、ちがうのです。
ある時代には、「お国」やら「天皇」だったかもしれない。
新聞でも、学校でもそういうふうに教えてたでしょう。
町内会やら、親や親戚やらも、そう言ってたかもしれない。
そういう状況は、朝ドラなんかでもよく描かれてますよね。
それでも、ある人にとっては「おかあさん」やら、
「恋人」やら「いのち」やらのほうが大事だと思えていた。
言っちゃいけないとしても、そう思っていたのでしょう。
ある仕事に一所懸命な人が、同じように言います。
「野球がすべてです」とか「すべて勝利に捧げます」とか、
そういう気持ちは、ある程度、人の心にも響きます。
でも、ある時、「それより大事なことがあった」と、
自然に思うことがあるはずだし、あってもいいでしょう?
「あなたこそが、いちばん大事な人」これもいいと思う。
でも、覚えておきたいのは、その「大事な人」は、
他の人にとっての「大事な人」ではないのです。
ややこしそうに言ってるけど、アタリマエのことですよね。
それぞれに、じぶんで思っていることはまちがいじゃない。
だけど、それを、みんなに「思え」ってわけにはいかない。
選挙が近くなると、「いちばん大事なこと」について、
譲り合えない争いがあちこちで生まれます。
真剣に言っているし、まじめにやってるのだと思います。
だけど、みんなに同じことを思えってのは、ありえない。
そになかで、みんなにとっての「まし」を探すしかない。
そんなハンパな考えは許せない、とかも言われそうだけど。
あんたの思う大事は、あたいの思う大事とはちがうんで。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
新聞の一面が大事、という考えも、ほんとはどうでしょうか?
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