REPORT

100冊の古書[5]

今回、上田のVALUE BOOKSといっしょに
伊藤まさこさんが選んだ古書、およそ100冊。
伊藤さんみずから解説します。

71『光の粒子』かくたみほ

音の粒を感じる人がいるかと思うと、
光の粒を感じる人がいて、
そのどちらにも、そう敏感ではない私は
素直に「いいなぁ」と思うのでした。

どの風景にも、
いろんな光の表情があって、
それはいつも同じじゃない。
そんなところが光に魅かれる理由なのかもね。

72『日本民藝館へいこう』坂田和實/山口信博/尾久彰三

展示替えするたび、
駒場の民芸館を訪れます。
その前か後に、読むのがこの本。

骨董の世界で名を馳せる坂田和實さん、
グラフィックデザイナーの山口信博さん、
民藝館の学芸顧問である尾久彰三さんの3人が、
民藝館の魅力について語るのですが、
それがほんとうに「好きで好きで」という印象を受けます。
とかく固苦しく語られることの多い「民藝」を
とても身近なものにしてくれているのです。

73『日々の野菜帖』高橋良枝

幸運なことに、高橋さんの料理を食べたことのある私は、
ここに載っている料理が、どれだけしみじみおいしくて、
どれだけ愛がこもっているかを知っています。

73歳にしてインスタグラムをはじめ、
日々の料理を紹介したものに加筆し、
本にまとめた一冊。
料理撮影用に作られた料理ではない、
飾らない(でも美しい)料理がならびます。

74『京暮し』大村しげ

じゃがいものおひたしの作り方は?
しそのごはんの作り方は?
しげさんは、ぞうきんをどんな風に使っていたっけ?

時々、この本を開いてはたしかめて、
納得します。
ああ、そうそう。こんな風だったって。

「へえ? へえ? それどないして炊きますのん」
これは、すみれご飯を初めて知った時のしげさんの言葉。
いくつになっても、好奇心旺盛なしげさん。
そのすみれご飯を
「まるでマリー・ローランサンの絵のようなかんじ」
と少女のように言います。
こんなおばあちゃんになりたいな、
読むたびにそんなことを思うのです。

75『雪は天からの手紙 ― 中谷宇吉郎エッセイ集』中谷宇吉郎/池内了

天然雪の研究から、
やがては世界に先駆けて人工雪の実験に成功したという、
物理学者の中谷宇吉郎。
雪の結晶ってどうやってできるんだろう?
子どもの頃に不思議に思ったことを、
思いだけにとどめずに、
研究した人がいたんだ!
はじめてその存在を知った時は、
なんだか宝物を見つけたような気持ちになりました。

このエッセイ集を持って、
いつか加賀の雪の博物館を訪れてみてはどうでしょう。
そこには「雪博士」中谷宇吉郎の世界が待っていますよ。

76『山のパンセ』串田孫一

そこに山があるから登るのかもしれないけれど、
頂上を目指すだけじゃもったいない。
その道中にも、
すてきな何かがたくさん待ち受けてくれているもの。
そのことに気づかせてくれたのが、
串田孫一さんのエッセイです。

串田さんが編集に関わった『アルプ』や、
著書『山のABC』などは、宝物。
山登りをしない私の、
「空想山登り」のおともになっています。

77『旅は俗悪がいい』宮脇檀

建築家という仕事柄、
毎年、百数十日は海外に渡るという宮脇檀さん。

好奇心旺盛で、
観察眼がするどいけれど、
どこか洗練された雰囲気が本全体に漂うのは、
きっとお人柄。

旅に出る時、荷物にぽい、と紛れ込ませたい一冊です。

78『暮らしのかご』片柳草生

かごは好きですか?
私も御多分に洩れず、好きです。
もう「大好き」と言っていいくらい。

キッチンで、
テーブルの上で、
出かける時も。
ああ、この本を書いた人は、
本当にかごを愛しているんだなということが、
本を通してひしひし伝わってきます。

巻末には、かごを売る店や工芸館の紹介も。
ぜひとも訪れてみたいのは、
暮らしの中で生み出され、
使われてきた民具を展示する
武蔵野美術大学の民族資料館。
なんと竹細工は3000点にもおよぶそうですよ。

79『白洲正子と歩く京都』白洲正子/牧山桂子

大和や近江をはじめ、
生涯数多くの土地を旅したという、
白洲正子。
それでもやはり
「京都は特別な場所。生まれ故郷のようだ。」
と吐露しているのだとか。

白洲正子の京都は、
私の知らない景色も多い。
同じものを見ても、
感じ方の違いで、
まったく別の景色になる。

さてこの本を手に取ったあなたには、
京都という場所がどんな風に見えるでしょうか。

80『こんにちは』谷川俊太郎/川島小鳥

前半の、
ちょっとリラックスしていたり、
仕事机に向かっていたり、
街中に佇んでいたりする
ポートレートを見て、
ああ谷川さんって美しいな、
そう思いました。
撮ったのは川島小鳥さん。
近からず、遠からずの関係が(きっと)
見ていてなんだかいいのです。

写真あり、対談あり、いろいろな人への質問あり、
もちろん詩もあり。
どういう本かと質問されれば、
なかなか「こういう本です」とは答えにくい。
つかみどころがないところが、
逆にちょっと気になるんです。

81『わたしの献立日記』沢村貞子

「おいしいもので、お腹がふくれれば、
結構、しあわせな気分になり、
まわりの誰彼にやさしい言葉のひとつも
かけたくなるから──しおらしい。」

折に触れて、読み返す本がありますが、
これもそんな一冊。

「献立に大切なのは、とり合わせではないかしら?
今日は魚が食べたい、とか肉にしよう──などと
主役は決まっても、
それを生かすのは、まわりの脇役である。」

舞台、テレビで名脇役として活躍した、
女優、沢村貞子の献立日記。

82『ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』クレア・キップス/梨木香歩(訳)

拾い子のイエスズメと暮らした、
キップス夫人の記録です。

小さなスズメが、
夫人にとってかけがえのない大きな存在になっていく。
彼(キップス夫人はスズメをそう呼ぶ)は、
早朝に素晴らしい歌を歌い、
タイムズ紙の一面のページで、
想像上の砂浴をする。
言葉は通じないけれど、
言葉で交わすより、もっと深く通じ合う「ふたり」。

キップス夫人のまなざしがやさしい。

83『ノーザンライツ』星野道夫

「生まれ変わったら、男になりたい? それとも女?」
時おり、こんな質問をされることがあって、
うーむと考え、
「次も女かなぁ‥‥」などと
曖昧な返事をする(だってよく分からないから)。

「男に生まれたい!」
そう猛烈に思うのは、
星野さんの写真を見たり文を読んだりする時。
自然と、そこで暮らす人々の声に耳を傾けて
旅ができたらどんなにいいだろう。
星野さんのように。

84『心の中に持っている問題 詩人の父から子どもたちへの45篇の詩』長田弘

この本は、
20年ほどの間に、
「詩人の父から子ども達へ送った45編の詩」
が載っています。

装丁は平野甲賀さん。
ああいい佇まいだな、そう思って手に取ると
平野さんの、ということが多いのですが、
これもまた。
ブルーのこの本、うちにも一冊欲しいなぁ。

85『日曜日の住居学』宮脇檀

「要は生活なのであって、
住居などというものはその生活の容器として
存在しているにすぎない。」
‥‥ではじまる、
建築家、宮脇檀さんの「日曜日の住居学」。

「住まいの形ではなく、住まい方が第一、
生活をどう営むかが第一で、
住居はそれをフォローする役目しか持たない」

住まい方は生き方。

もしも家を建てる予定があるならば、
まずはこの本を読んでみるといいかもしれません。
「容器」を作る専門家の言葉は、
たくさんのなるほどが潜んでいるから。
宮脇さんは「住まう」の専門家でもあるのです。

(伊藤まさこ)

2019-07-15-MON