REPORT

100冊の古書[4]

今回、上田のVALUE BOOKSといっしょに
伊藤まさこさんが選んだ古書、およそ100冊。
伊藤さんみずから解説します。

55『アンソロジー カレーライス!! 大盛り』杉田淳子

カレーが食べたいと一度思うと、
いてもたってもいられなくなる。
なにか代わりのもので、
そう思ってもそれは土台無理な話し。
もう心も口の中もカレー一筋になっているのです。
どうしてカレーはこんなにも
人の心を惹きつけるのでしょうか?

「カレーライスとよぶよりは、ライスカレーとよびたい。」
そう書いたのは池波正太郎。
「『まずうぃカレーが食べたい』と思うことがある。」
と書いたのは、中島らも。
赤瀬川原平、ねじめ正一、伊丹十三‥‥、
様々な人のカレーの思い出を収めたアンソロジー。

56『ほどほど快適生活百科』群ようこ

こんな時どうすればいいんだっけ?
時々ふと、疑問に思うことがあるものです。

健康のこと、貯金のこと、
人間関係のこと。
もう大人なのだから、
自分で考えなければいけないとは思いつつも、
みんなはどうしているんだろ? と
疑問が頭をもたげる。
そんな時、この本を開くと
そうか、こういう考えもあるのだなと、
ちょっと目の前が拓けた気分になるのです。

「ほどほど」っていう、
ゆるっとしたタイトルが肩肘張っていない
本の中身を語っています。

57『どうして書くの? ─ 穂村弘対談集』穂村弘

「書くものに性差を感じる瞬間。」
「書くのは対象を客観視しているということ。」
「普通の人間のまま書く。」

書くって、
書くって???

穂村さんが、「書く」を職業にする作家と
「書く」について話す対談集。

いろいろな人がさまざまなツールで文を書く今、
「書く」を仕事にしている人たちの
貴重な言葉が載っています。

58『ごはんのことばかり100話とちょっと』よしもとばなな

「本は読みません」という人はいたとしても、
「私、食べません」という人はいない。
だって死んじゃうものね。

本をたくさん読み、
かつ食いしん坊な人が書く文章は
ただそれだけでおいしそう。

ちっとも気取っていなくて、
気取った店も出てこなくて。

家で食べるごはんってやっぱりいいなぁ、
家族や気のおけない友だちと食べるごはんっていいなぁ。

59『彼女のこんだて帖』角田光代

「彼女」とは、恋人と別れたばかりで羊を食べる協子。
「彼女」とは、漬物名人の母を持つ智香子。
「彼女」とは‥‥。

14回のごはんと最後のごはん、
こんだてを中心にした小さな話がぜんぶで15。
「彼女」は一度の登場でおわりかと思いきや
そうではなくて‥‥。

いろんな「彼女」のこんだて。
メニューではなく、
こんだてというところに身近さを感じます。

60『音の晩餐』林望

「ここに、私の発明にかかる
決定的かつ安全なる眠気覚しの妙法を伝授しよう。」

なになに? と読み進めると、
なんとそれは
「車の眠気覚しにはせんべいを食うのである」
と大真面目。
その時の音が「ばりっ」なのです。

鳥皮の煮こごりは、ぐつぐつ、
焼きりんごは、ほくほく、
イカの輪切りフライは、ほっほっ。

おいしい音は無限にあるものだなぁ。

61『食味歳時記』獅子文六

春には春の、夏には夏の、
秋には秋の、冬には冬の。
その季節にしか味わえない味があるものです。
春夏秋冬に限らず、その間あいだにも、
美味はひそんでいるものだから、
うかうかとしてはいられない。

5月のパリ、
自分の部屋で茹でたアスペルジュ(アスパラガス)。
夜寒の始まる頃の純白のフロフキ大根
(と、それにかかるとろりとした黒い味噌)、
秋の恵みというより「一年中の口福」という、
レモンを絞った初牡蠣。

この本に何度となく出てくる「ウマい」。
うかうかしていると、それを逃すことになるから、
一年中、気が抜けやしない。

62『二十億光年の孤独』谷川俊太郎

知っていましたか?
谷川さんが少年の頃、模型飛行機を作ったり、
ラジオを組み立てるのと同じやり方で
詩を作っていたということを。

知っていましたか?
「自分の前にある世界の一部を見て、
ことばという部品をつなげていくと、
世界のひな形みたいなものが
できることがおもしろかった。」
と思っていたことを。

私は知りませんでした。
この本を読むまで。

63『バーボン・ストリート』沢木耕太郎

呑み友だちとお酒を酌み交わしているうちに、
出てきた話の芽をもとにしたエッセイ、
しかもそこで呑まれているお酒はバーボンだったから、
タイトルはバーボン・ストリートと
つけられたのかというと、
そうではないらしい。

では、なぜ?
‥‥とあとがきを読み進めると、
タイトルの意味に、ああなるほどと納得。
まさか、ボリス・ヴィアンの『北京の秋』から
きていたなんて!
(『北京の秋』というタイトルがつけられた理由にも
驚きがひそんでいます)。

64『台所のおと』幸田文

今はあまり感じなくなったけれど、
私が子どもの頃は、
夕方、家に帰る途中、
近所の家の台所から、
プーンと晩ごはんの
いいにおいがただよってきたものです。

その匂いのもとに近寄ると、
必ず「音」がしました。

トントントン、野菜を切る小気味いい音。
パチパチと、魚を焼く音。
ごはんですよ、と子どもたちを呼ぶお母さんの声。

この本の背表紙を見るたび、
なぜだかその時の、
ちょっとほわん、となる感覚を思い出すのです。

65『新版 吉兆味ばなし』湯木貞一/花森安治

「この道、一筋などと誰でも心安くいいますが、
この湯木さんくらい、それがぴったりする人を知りません。
まるで金太郎あめのように、どこを切っても、
味のことしか、料理のことしか出てこないのです。」

そう言ったのは、
暮しの手帖の花森安治。

延べ300時間以上にわたって、
聞き書きし、
湯木さんによってあれこれと手を入れできた
「味の話」。

毎日のごはん作りのヒントが詰まった本です。

66『かわいい夫』山崎ナオコーラ/みつはしちかこ

タイトルだけで、愛に溢れてるとは思いませんか。

さらにページを開くと、
まず現れるのがこんな一文。

「顔がかわいいのではなく、存在がかわいい。
ざしきわらしのようだ。
だから本を書くことにした。」

いつも近くにいる人のことを、
こんな風に書いてもらって、
「夫」いいなぁ。
幸せだなぁ。

一生懸命、花で何かを編むチッチと、
クールな表情で蝶々を見つめるサリーが表紙。
見つめ合っているのではなく、
ただふたりがそこにいて、
幸せそうなのがいい。

67『パスタマシーンの幽霊』川上弘美

2006年から、雑誌「クウネル」に掲載されていた
川上弘美さんの小説。
1号ごとに読み終わる、
そのページが大好きでした。
だから、それが1冊にまとまった時は、
うれしい気持ちになったものでした。
雑誌で読むのと、本で読むのとでは、
またちがう味わい方ができるなぁって。

おだやかなんだけれど、
時おりくすっとしちゃう、
私の身近なところでおこりそうな、
22の小さな話。
川上ワールド、堪能できます。

68『みずうみ』いしいしんじ

日常のざわざわやあれこれを忘れて、

文字の世界に浸りたい時、
いしいしんじさんの本を開きます。

「麦ふみクーツェ」「ぶらんこ乗り」
「プラネタリウムのふたご」‥‥。

読んでいるうちに、
「たゆたう」という、いつも感じない感覚に
なるのが、なんだかここちいいのです。

69『「ん」まであるく』谷川俊太郎

谷川さんの本は、
今までに何冊も買ってはいるのだけれど、
友人が遊びにやって来て、
本棚からそれを手に取り、
ぱらぱらめくって、
興味深げにしているのを見ると、
なぜだかプレゼントしてしまいたくなるから、
何冊もずらり、と並ぶことがなかなかないのです。

でも、
これは唯一ずっと本棚に置いてあって、
時々、読んでる。

「『ん』という音が好きだ。
力がこもっているくせに軽みがある。
『ん』という字も好きだ。
大地に足を踏ん張っていて、しかも天へと流れている。」

谷川さんは、
「ん」という文字みたいな人なのかな、
とこの一文を読むたび思うのでした。

70『強く生きる言葉』岡本太郎

いろいろなことが曖昧で、
なにかと人の意見に左右されがちな今、
「俺はこうなんだ」と、
強く、はっきり言ってくれる人の存在は
心強いし、ありがたい。

「こんな服を着ておしゃれをしたから、
どんなふうに自分が変わったかなんて
外見的なことばかりで鏡を見ないで、
自分と対決するために鏡を見る。
これが、本当の鏡の見方だ。」

はい。

(伊藤まさこ)

2019-07-14-SUN