REPORT

100冊の古書[2]

今回、上田のVALUE BOOKSといっしょに
伊藤まさこさんが選んだ古書、およそ100冊。
伊藤さんみずから解説します。

19『有元葉子の台所術』有元葉子

「これ以上ないくらい簡単なものだけれど、
きちんと手間はかけている。」
本に紹介されるのは、
有元さんがふだん作る料理についての工夫や考え方。

冷蔵庫の中は見通しよく。
箸の先に神経を集中させて、
その料理がいちばんおいしく見えるように器に盛りつける。

いつもきりりとしていて美しい人は、
なぜそうなのかの理由がちゃんとあるのです。

20『THE OUTLINE』深澤直人/藤井保

深澤さんがデザインしたものを、
藤井さんが撮る。
ぱらぱらとめくっていると、
あっという間にふたりの世界に引き込まれてしまって、
そんな自分にびっくりするのでした。

写真は一枚の風景のよう。
落ち着くかというとそうではなく、
本から何かものすごい「引力」を感じます。

21『小さな森の家 軽井沢山荘物語』吉村順三/さとうつねお

幸運にも、吉村順三さんが建築した家を
いくつか訪れたことがあります。
いつもなぜだか親しい人の家を訪れたような、
そんな温かな錯覚に陥るのが不思議でたまりません。

「暖炉右手のベンチは、
この山荘を建てる時に切り倒したニレの木でつくった。
緑色のおりたたみ椅子も僕のデザインだよ。」
第1章の「山荘案内」では、
こんな風に語りかけてくるのですが、
それが私だけに話してくれているような気分になって、
なんだかうれしい。

22『普段に生かすにほんの台所道具』吉田揚子/佐野絵里子

竹ざる、すり鉢、おろし具、せいろ、
シュロのたわしに曲げわっぱの弁当箱‥‥。
昔から日本の人々に使われてきた道具には、
料理をおいしくする「何か」があるのです。

それぞれの道具に合った料理や、
あつかい方、手入れの方法なども載っていて、
読みごたえあり。

久しぶりに巻きすを出して、
海苔巻きでも作ろうかしら? なんて思いました。

23『海苔と卵と朝めし』向田邦子

「日本に帰って、
いちばん先に作ったのは海苔弁である。」
この一文にそうだそうだ、
それがいちばん食べたいものだと膝を打って以来、
私も旅から帰ってすぐのごはんは海苔弁一辺倒。

思えば、向田さんの本からは
たくさんの「おいしい」を教えてもらった気がします。
「海苔と卵と朝めし」
「幻のソース」
「海苔巻きの端っこ」‥‥。
目次に並ぶ文字を追うだけで、
お腹がグゥと鳴ってきます。

24『地平線の相談』細野晴臣/星野源

クーラーが壊れてどうしよう? とか、
ベッド・シーンどうしよう? とか、
かけ算おしえてほしーの! とか。
細野さんと星野さんは、
自由にたのしそうにこの本の中で会話をしているけれど、
読者をけしておいてけぼりにはしない。
喫茶店に偶然隣に居合わせた、
おもしろいおじさんとお兄さんの話をこっそり聞いて、
思わず忍び笑いしてしまうようなたのしさが
この本にはあるのです。

25『しない。』群ようこ

群さんのエッセイには、
共感する部分がたくさんあって、
いつも本を手にしながら、
そうそう、
うんうんとうなづく自分がいます。

化粧、後回し、必要のない付き合い、
それから最後は、
自分だけは大丈夫と思うこと。

いろいろ「しない」と決めたら、
目の前がすっきり、さっぱり、
気持ちいい。

「しない」をする、きっかけになります。

26『おいしい人間』高峰秀子

「性格およそぶっきら棒、人づきあいは大の苦手で
『お前さんは変人です』と夫に言われる私──。」
という高峰さん。
それでも、
「筆を持てばやはり『人間に関することしか書けない』と、
自分でもこっけいになる。」

気風がよくて歯に衣着せず。
高峰さんの文章を読んでいると、
こちらもなんだかスカッとしてくるのです。

中の「おいしい人間」というエッセイに出てくるのは、
私も知る中華の店。
つつましやかな、あの店を
「よい」と思う高峰さんの舌のセンスのよさに、
舌をまくのでした。

27『つるとはな 創刊号』岡戸絹枝/松家仁之(編集)

ページを開くと、
川上弘美さんのエッセイ。
次のページは海辺に建つ、小さな家のこと。
小澤征爾さんへのインタビュー、
アイルランドの老姉妹のおはなし、
姿勢の正し方、
須賀敦子の直筆の手紙、
それからそれから‥‥。

ぜんぜん「雑」じゃない、
ていねいに編まれた「雑誌」が『つるとはな』なのです。
これは記念すべき創刊号。

28『夢で会いましょう』村上春樹/糸井重里

糸井さんと村上さんの対談集ではありません。
「短編集でもなく、エッセイ集でもないし、
かといって雑多な原稿の寄せ集めでもない」
そして、
「とにかくフシギな本だ」と村上さんは言うのです。

「ア」は、アスパラガス、アンチテーゼ、
「エ」はエリート、エチケット‥‥。と、
文字にちなんだエッセイが綴られます。
そして最後の「ワ」は、ワン(犬の鳴き声)でおしまい。
途中の「シ」のシティ・ボーイの糸井さんの文が、
洒落ていていいんですよ。

29『バウムクーヘン』谷川俊太郎/ディック・ブルーナ

白い小さな本は、
角の部分がまあるくしあげられていて、
読む人にやさしい。

見開きごとに、
書かれた詩は、
すべてひらがなと時々カタカナで
綴られていて、
これもまた読む人にやさしい。

バウムクーヘンってタイトルだって、
なんだかあまい匂いがただよってきそうで、
うれしい。

色とか手触りとか、
いろいろなものがやさしい。

30『パリのすてきなおじさん』金井真紀/広岡裕児

おじさんが67人いれば、
67通りの生き方があります。
もちろん、おじさんになるまでに、
いろいろなことがあったにちがいないのだけれど、
「それが人生さ」とばかりに、
自分の人生を軽やかにたのしんでいて、
なんだかいいのです。

「ほとんどの問題は、
他者を尊重しないことから起こる。」
「2分考えれば済むことを、
みんな大げさに考えすぎだよ。」

なるほど、なるほど。

31『アホになる修行 横尾忠則言葉集』横尾忠則

「まかせよう、運命に!」

「他人を信じる前に
自分を信じることができないと、
他人さえ信じることが
できないのではないか」

どこを開いても、
素晴らしい言葉が飛び出してくる。
まったく押しつけがましくない、
横尾さんによる人生の教科書。

32『開口閉口』開高健

「とれたての山菜にあるホロ苦さは
まことに気品高いもので、
だらけたり、ほころびたりした舌を
一滴の清流のようにひきしめて洗ってくれる。」

長い冬が明け、
やっと芽吹いた山菜を味わう時の気持ちを
どうあらわすのが
一番ふさわしいだろうと思っていたけれど、
この本のこの一文がそれを解決してくれました。

33『にょっ記』穂村弘

穂村さんの本を読んでいるといつも、
なぜこの人は、こんなにおもしろいことに
遭遇するのだろう? と思うのですが、
それは穂村さんが、おもしろいことに目を向け、
耳を傾けているから。
時間はだれにでも平等に与えられているのだから、
こんな風にキョロキョロして、
おもしろいことを見つけた方が、
ぜったいにたのしいにちがいない。

34『江戸切絵図散歩』池波正太郎

地域別に作られ、携帯に便利な「切り絵図」。
中で池波正太郎は、
「私のような江戸期を舞台にした
時代小説を書いている者にとっては、
欠かせないものだ。」
と語っています。

上野、築地、日本橋、渋谷、青山‥‥。
渋谷は新開地で、発展途上の街。
駒場の辺りは田園風景。
そこには私の知らない東京があるのでした。

35『恋愛について、話しました。』岡本敏子/よしもとばなな

よしもとばななさんと、岡本敏子さんの対談集。

「とにかく、変な枝ぶりの植木は
それなりにおもしろいのよ。」
これは、男性を植木に例えた岡本さんの名言。

名言は本のそこかしこに飛び出しますが、
それをばななさんが、うまい具合に受け止めて、
そのふたりのやりとりが、すごくいいのです。

36『へたも絵のうち』熊谷守一

「地面に頬杖をつきながら、
蟻の歩き方を幾年も見ていてわかったんですが、
蟻は左の二つの足から歩き出すんです。」

30年もの間、
家からほとんど出ず、
庭の植物や虫を観察し、
奥さんと碁を打ち、
絵を描いた熊谷守一さん。

この本では、その前、
子どもの頃や美術学校時代のことにも
触れられているのですが、
全編にわたって聞き書きだったというから驚き。
魅力的な「話し手」と、
それを引き出す「聞き手」によって、
こんな本ができあがるんだ!
と感嘆せずにはいられません。
だってまるで、すぐそばで熊谷さんが
話しているかのような、
自然な文体なのだから。

(伊藤まさこ)

2019-07-12-FRI