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ほぼ日刊イトイ新聞

2022-10-02

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・状況が苦しくなったとき、打開策が見えなくなったとき、
 人は、大きな声を出したり、自信たっぷりなことを言う。
 どうにも、この「自信たっぷり」が苦手です。
 ほんとうに自信がある、というか、
 そうなるに決まってると読めるときには、
 自信なんか見せようと見せまいと、そうなるんだから、
 うまくいったら多少よろこべばいいだけじゃないのか。

 正直な気持ちを語れる人のことは、
 もう、それだけで、尊敬します。
 過剰に弱いふりをすることもないけれど、
 強いことを見せつける必要もないはずです。
 どんなにうまく行っても、
 すべてがよかったなんてことは、絶対にないです。
 だからかな、なにをするにも怖れはあります。
 困る人も怒る人もない勝利だとかはありませんし、
 どこかでバランスを壊すのが変化というものですから。
 そういうことを腹に呑みこんだうえで、
 リーダーは行こうとか引こうとか考えてるはずです。
 戦さの物語が人のこころに響くのは、
 どんなに大差で勝つにしても、
 接戦の結果として惜しくも負けるにしても、
 欠けや傷が影として見えるからじゃないかなぁ。

 ただ、正直な気持ちを語れる人は、あんまり、
 熱狂をつくることもできないかもしれない。
 そして、熱狂をつくるほうが力は振るえるものなぁ。
 国内の、世界のニュースに出てくる人たちは、
 多くが自信たっぷりで、熱狂をつくろうとしています。
 きっと、それはある種の感情に訴えかけてくるだろうな。
 「自信たっぷり」は苦手だとか言ってるぼくなんかも、
 熱狂を濾過するフィルターが甘くなるかもしれない。
 そういう怖れまでも含めて「自信たっぷり」は苦手です。

 「自信たっぷり」じゃないと熱狂はつくれないとしても、
 正直な気持ちを語ることの先、
 「信頼」は少しずつだけれど集められるかもしれない。
 ぼく自身も、人とは「信頼」でつながりたいのでしょうね。
 熱狂をつくるより、ずっと難しそうな「信頼」ってやつは、
 それをつくる「特別な方法」なんかなさそうなのがいいな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
何十万人が国から脱出って、熱狂はあっても信頼はないよな。


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