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ほぼ日刊イトイ新聞

2021-11-28

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

『みてね』というアプリがあるおかげで、
 娘の娘の日常の写真や動画を見ることができる。
 家族だけの写真館みたいなものだから、
 だれに文句を言われることもなく、
 まぬけな写真と身内びいきな鑑賞がくりかえされる。
 そういう「劇場」で、つい発見することもあったりする。

 最近のヒットは「壁にテープで絵を貼る」というものだ。
 うまく絵が描けたということで、その絵を飾ることに。
 粘着テープをちょっともらって、絵の上に半分貼りつけて。
 壁にテープの部分を押し付けて…貼った。
 と思ったら、画用紙の重みでストンと落ちてしまう。
 がっかりするかと思ったら、娘の娘は大笑いする。
 もう一度、テープを壁に押し付けて上からギュッとして、
 さぁ、もう大丈夫…と思ったけれど、また、ストンっ。
 あははははは、落ちた、あははは。
 次は、テープをギュッとしたら、急いでその場を立ち去る。
 そこから逃げたら絵は落ちない? 走る!ドタドタドタドタ
 …見てないところでも絵は落ちた、あはははは。
 何度も繰り返していればテープののりは弱くなるから、
 貼る落ちるあははは貼る落ちるあはははとなる。
 なんてたのしそうなのだと、ぼくは思う。

 絵をテープで貼って飾るという「目的」からしたら、
 いちいちぜんぶ失敗しているのに、たのしそうなのだ。
 そして、そうか、これが「遊び」なのかと、気がつく。
 絵を飾るという「目的」なんかは、
 「遊び」のたのしさの前では引っ込んでしまうのだ。
 「目的」が達成できないなんてことは、考えてもいない。
 絵を飾るだとか、テープを貼るだとかは、
 この「遊び」のためのゲームルールなのであって、
 貼っては落ちてを繰り返すことがたのしいのだから、
 それでいいということなんだよなぁ。
 キャッチボールだって、サッカーだって、かけっこだって、
 それをしていること自体が「遊び」なんだから、
 いつのまにか「目的」を忘れてるなんて当然なんだね。
 娘の娘の「あはははははは」のなかにあったのは、
 それだったんだと、彼女の母の父は思ったわけさ。
 遊べ、遊べ、たくさん遊ぶことがたくさん成長することさ。
 壁に絵を飾るくらいは、大人がやってあげますから。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「目的」が見えてからの「遊び」も、さらにあるんだけどね。


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