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ほぼ日刊イトイ新聞

2024-07-25

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・宮沢りえさんが、ちょうどこの対談のころに
 「セリフを憶えている最中です」と語っていた
 PARCO劇場『オーランド』の舞台に行ってきました。

 「ぜんぶは憶えきれないんじゃないか」と
 その対談のころに冗談めかして言ってたとおり、
 というかそれ以上のセリフの量で、とんでもなかった。
 約2時間の舞台で、基本的にほとんどの時間
 主人公のオーランド(宮沢りえ)が語っている。
 ナレーションにあたるようなことばも、
 主人公の会話のセリフも、詩のように表現されているから、
 長い長い詩をずっと読んでいるような構成なのだ。
 で、とてもかっこいいんだよ、詩が。
 パキンとシンプルに意志を感じさせる舞台美術と、
 舞台袖にひとりだけのバイオリニストという音楽。
 主人公は、舞台の上で400年の時間を生きる。
 ぼくら観客は、それを見ているだけという
 安楽な時間を過ごせばいいはずなのだけれど、
 宮沢りえの演じるオーランドの生きた400年に付き合って、
 しみじみ「長く生きたなぁ」という気持ちになっていた。
 主人公が400年も生きたという舞台だから、
 きっと命も使い果たしているよと感じて、
 「この舞台は、1日2回公演はできないだろうな」と、
 ぼくは勝手に考えていた。
 しかし、あとで本人に会ったときに、
 「今日は2回目の公演だったので」と言われて吃驚した。
 おいおい、それじゃ800年生きちゃったのかい。

 人それぞれに、さまざまな感想を持ちそうな舞台だったが、
 ぼくは、「詩が演劇のなかで、こんなふうに息をするのだ」
 ということに感心しながら見ていた。
 おそれしらずに言ってもいいなら、
 これを見ているうちに詩が書きたくなった。
 そういう言い方をすると反論されるかもしれないが、
 詩というものも、音楽と同じように「アイディア」なんだ。
 「アイディア」というと、なんか技術的な
 「発明や工夫」のように思われがちなんだけど
 (あ、「発明や工夫」だと思われてもいいや)。
 とにかく、詩も音楽も「アイディア」なのである。
 原作の小説『オーランドー』を、すぐ買ってみたくなった。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
女優というのも職業じゃなくて「生き方」だなぁと思った。


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