- 阿川
- さきほどの「鍵閉めない部」の話ですが、
鍵を閉めたのに
閉めてないのと同じという話があって。
私の某友達の話、いいですか。 - 糸井
- はい。
- 阿川
- ある若い女の子が、とても親しい男の子に
二人でヨーロッパ旅行をしようと
誘われたそうなんです。 - 糸井
- ヨーロッパ旅行!
- 阿川
- ヨーロッパ旅行ですよ。
しかも、憎からず思っていた相手に誘われた。
男友達ではあるけれど、
もうちょっと進展してもいいかなと
女の子のほうは思っていたそうなんです。
旅行に誘われたんですから、
それはそういうサインだろうと。
それで、彼らは一緒に出かけました。
パリに泊まって、ローマに泊まって、
また別の街にも泊まって‥‥
しかもツイン、同じ部屋!
なのに、1週間以上、
夜中までおしゃべりをして、
なにもなかったそうなんです。
で、女の子は、
「‥‥あれは、なんだったんだろう?」と。
- 糸井
- 悩ましいですね。
- 阿川
- でも、相手はとてもたのしそうだったと。
- 糸井
- 自分もたのしくはなかったんでしょうか。
- 阿川
- 彼女もたのしいことは
たのしかったそうですが。 - 糸井
- 「明日かな?」と思いながら
過ごしていたんですね。 - 阿川
- そうそうそう。
「今夜かな、明日かな」っていうのを
ずっと思いながら、
気が付いたら旅が終わっていた、と。 - 糸井
- 「‥‥成田かな?」って。
- 阿川
- 成田で「♪ドアを閉~めて~」
とはならなかった(笑)。
草食男子というのが
どれくらいいるのかわかりませんが、
「バタン、鍵」でも
そういうことにならないことがある、
というのがびっくりで。 - 糸井
- いましないで先に延ばす行為、
なんて言うんでしたっけ。
そうだ「モラトリアム」。 - 阿川
- ああ、モラトリアム。
- 糸井
- 愛のモラトリアムで、
「バタン、鍵」をしないけど、
あとで取り返しはつくかもしれないと思うから
結局、成田まで帰ってきちゃうんじゃないでしょうか。
一応は「いけないこと」とされてるわけですから
やむにやまれぬものがない限りは、
できないことなんですよ。
でも本当に「いけないこと」であったら、
人類がいなくなります。
どこかで「いけないこと」から一歩を踏み出す
「ガチャン、鍵」が
ずっと続いてたんですよね。
- 阿川
- はい。「いけないこと」だからこそ、
したくなるんですからね。 - 糸井
- 「皆さん、どんどんしなさい」って
言われた覚えなんて、ないでしょう。
学校の先生に言われました? - 阿川
- いいえ、私、つくづく思うんですけど‥‥
私たちの時代って、
「結婚するまでいけないこと」だったんです。
「いけないこと」をした二人は必ず親に叱られ、
世間に非難される運命にあった。
ところが、そういう時代であっても、
いざ結婚したら
列車で新婚2人を送り出すときに、
「バンザーイ!」「がんばれ!」って。
結婚式を挙げた途端に、
「いけないこと」は
「誰もが推進するべきこと」になるんですよ。 - 糸井
- まぁ、あの「バンザーイ」は
人生全般に対して言っているんでしょうけど、
おっしゃっていることはわかりますよ。
つまり、戦時中の大人が
戦争が終わった途端、
民主主義教育とか言い出したのと
同じような疑問を青年は感じるわけです。 - 阿川
- その疑問に、どう答えてくださいますか。
- 糸井
- 僕は生真面目な人間だから、
若いときに
「これはワルになるしかないな」と思いました。 - 阿川
- ワルに?
- 糸井
- うん。そういうのはワルがやることだから。
- 阿川
- いけないことをするのがね。
- 糸井
- そうそう。
ほかのみんなも
1回ワルになってんだなと思ってました。
あえて悪役を引き受けて
「そんなつもりじゃなかったんだけど、つい」
というのがないと、ダメなんですよ。 - 阿川
- なんで?
- 糸井
- スイッチが入らないし、
鍵かかんないからです。
ワルだから鍵かけられるわけで。 - 阿川
- ああ。なるほど。
一度ワル宣言をしとかなきゃいけないと。 - 糸井
- そう。
「俺はワルだから、ヘヘヘ」と言うために
青年たちはどこかでワルのスイッチを
一回押してるんです、きっと。
「いけないとされてたかもしれないけど、
私、押します」という。
その練習代わりに、
タバコを吸ってみたり、
不良化をじわじわとやっているわけです。
- 阿川
- 次のステップに進むためにも。
- 糸井
- うんうん。
そうやって、
自分の中にはデモーニッシュなものが
「あるんだ」というのを自分に教えて‥‥。 - 阿川
- 確認していくと。
- 糸井
- そうそうそう。
いい子のままで、
女の子いじめちゃいけない、清く正しく!
ってやってる人のままだと、
「式を挙げるまでは知らない」
ということになりますよね。 - 阿川
- そうかあ。
- 糸井
- で、おそらく、社会がどんどん
「明るみ」ばっかりになって
デモーニッシュな暗闇がなくなったんで、
みんなはただ教育を
頭脳に入れ込んじゃってるから、
「え、だってスイッチ入れちゃいけないって
言ったじゃないですか」ってなる。 - 阿川
- それって、男の人のほうがきついですね。
- 糸井
- そうなんです。男はきついと思う。
女の子は‥‥。 - 阿川
- 女の子は、すみません、
私はそんな人間じゃありません、と
言っていたのが、
翌日、悪女になれるんです。
「なにがいけないの?」って。 - 糸井
- その引き金は、
「あなたは悪い人ね、
あんなことするんだもん」と言って、
男を「ツン」ってできるからでしょうね。
でもいまは、「悪い人」の役を
男性が引き受けないんです。 - 阿川
- ああ‥‥。
- 糸井
- 多分。で、引き受け過ぎると
今度は、お縄頂戴に‥‥。 - 阿川
- いまは中庸がなさすぎますよね。
ぜんぜん触らないか、あるいは、
ちょっと触ったらお縄、みたいに
極端になっている気がする。 - 糸井
- かと言って、触んなさいってわけにいかないけども、
そういうグレーゾーンの
不文律で成り立ってたスイッチは、
デジタル社会になって
壊れちゃったような気がします。
やるのか、やらないのか。 - 阿川
- ああ、そうか。
オンかオフなんですね。
性教育までが、アナログじゃなくなっちゃったんだ。
- 糸井
- そう。
「そのつもりがなかったのに
なぜここにいるんだろう」とか
「この人が騙して私にいけないことしたんです」
というような、
本当か嘘かだけで
きれいに分けられないグレーの世界があるのに、
いまの時代は、わかることとわからないこと
見えること、見えないことに
分けられすぎているんです。 - 阿川
- ああ、おもしろいですね。
これ、おもしろい話になってきてる? - 糸井
- なってます、なってます。
おもしろいです。