logo_1101

2017-07-28

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・いまのそのへんの世界の事情がどうなっているのか、
 ぼくはもうまったく知らないのだけれど、
 かつて「広告賞」というものがいくつもあった。
 新聞社が主催しているものもあったし、
 雑誌がやっているものも、
 テレビ局がやっているものもあった。
 広告界の新人ばかりでなく、業界未経験の学生だとか、
 ある程度の経験があっても認められない中堅だとか、
 いろんな人たちが、広告賞に応募していた。

 ぼく自身は、弱小とさえ言えない制作プロダクションに
 いたものだから、じぶんの力がどれほどのものなのか、
 人びとに認められていないだけでなく、
 じぶんにさえもわからないままでいた。
 だから、賞を獲るということは、
 仕事を続けていくために必要な免許証のように思えた。
 広告業界の事情をほとんど知らなかったし、
 この先、じぶんがなんとかなるのか、なんてことを、
 心配するほどの常識を持ち合わせてもいなかった。
 そして、右も左もわからないままなのに、
 「他のやつらよりおれのつくるもののほうがいい」と、
 なんとか思おうとしていた。
 やがて、いくつか賞というものをもらって、
 なんとなく褒めてくれる人が増えてきたら、
 賞を獲るということへの情熱はなくなってきた。
 もともとが免許証のようなものだったのだから、
 あとは実際に運転してどこへ行くかのほうが重要だ。
 賞よりも、実際の具体的な仕事への興味があった。

 何年か経って、こんどは、審査員という立場から、
 いくつかの広告賞に関わるようになっていった。
 新しい才能をしっかり発見して賞を渡すことは、
 とても重要な仕事だったから、一所懸命になった。
 ぼくは、とてもよい審査員だったと思っている。

 賞をもらったり授けたりは、なかなかいいことだ。
 他に認められにくい場にいる人にとっては、
 賞がきっかけで道が開けることがある。
 ただ、あまり長い時間、そのことにこだわる必要はない。
 ほんとうに大事なのは免許証そのものではないのだから。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
賞獲り合戦も、チームの仕事として訓練にするのがいいね。


ここ1週間のほぼ日を見る コンテンツ一覧を見る



カート