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2017-10-20

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・よく、原稿が書けないときのことを、人びとは語る。
 書けなくて逃げ出したくなるということについて、
 (ツイッターなんかを使って)読んでいるものに、
 「なんだか、書けないっておもしろいじゃないか」
 と思わせるくらいの表現で、それを伝えたりしている。
 そんなところで恐怖の私小説を書いているくらいなら、
 望まれている本番のほうに手を付けろよ、と思うけれど、
 そっちの「本番」というやつが書けないから、
 余計なことで時間をつぶしているというわけだ。

 ぼくは物書きという立場にないので、
 書けない書けないと言うほど、書く仕事をしていない。
 でも、書くにかぎらず、なにか「突破するアイディア」を
 要求されるような局面は、よくある。
 そのまんまじゃダメだ、と、じぶんでも思っていて、
 かといって、それをひっくり返したりずらしたりしても、
 行き詰まり感がぬぐい去れないというような場合、
 「突破させるよ!」と、ぼくは胸を叩いたりしてみる。

 どうすれば、視点を変えられるのか、
 どこから手をつけていったらなにかが見えてくるのか、
 いつになったら天から光に包まれた女神が降臨するのか。
 皆目わからないくせに、「おれ、考えてくるよ」とね、
 弁当でもつくってくるよと同じくらいの口調で、
 言ってしまったのは、もちろんじぶん自身だ。
 そして、さらに、おれの上司であるおれは、
 「ああ、そうしてくれ。必ず突破するんだぞ」と、
 へっちゃらで言ってくれるのだ。鬼か。

 アイディアが出ないというのは、
 原稿が書けない以上に切実につらいものである。
 書くことができないのも困ることは多いけれど、
 「アイディアで突破する」ことが不首尾に終わると、
 より切実に食っていけないような気がするのだ。
 じっと固まったまま考え続ける、歩きながら考える、
 いっそいったん寝る、風呂に入ってばくぜんとする、
 そんなことを、ミックスしてやりながら、やがて
 「あ、わかったよ」という瞬間がきたときの歓び!
 いやその、昨日は早朝にそれがきたせいで、
 いま寝不足であるため、今夜はまだ来てもらえてない。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
親父ばかりの会議に芦田愛菜が入ってくるのがアイディア。


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