REPORT

パリ 鈴木ひろこさん
「生きる」ことについて
今までにないくらい
真摯に向き合った日々。
わたしが大切にしていきたいもの。

コロナ禍のなか、伊藤まさこさんが、
世界各国の9つの街に住む友人たちと
オンラインで話をしたのは、
ちょうど1年前のことでした。
「1年後にはきっと会えるね」
‥‥なんて、そのときは思っていたのに、
いまも、わたしたちの暮らしは、ままならないまま。
ひさしぶりにみなさんに連絡をとり、
それぞれの様子を綴っていただくことにしました。
遠い町のようすを、たっぷり、連載でおとどけします。

(前回のオンライン対談は、こちらからごらんくださいね。)

登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


鈴木ひろこさんのプロフィール

すずき・ひろこ
スタイリスト、ライター、コーディネーター、
ファッションコンサルタント。
パリ在住29年。
スタイリストとして、雑誌や広告、
音楽関係などで経験を積んだ後、渡仏。
現在は、女性誌を中心に
パリをはじめ、ヨーロッパ各国で取材・執筆を行い、
ファッション撮影のキャスティングや
オーガナイズを手がける。
日々、パリの街を歩きながら、
人、モノ、コトなど
さまざまな古き良きものや、
新しい発見をすることが趣味。
著書に『フレンチ・シャビーのインテリア』
『大人スウィートなフレンチ・インテリア』
『パリのナチュラルモダン・スタイル』
『シャンペトル・シャビーの家』(グラフィック社)
などがある。

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去年の今ごろはフランス中がロックダウンまっ最中で、
人生初となる外出制限令の元、
不便を強いられて暮らしていました。
許可されていたのは日に1回1時間のみの外出で、
自宅から半径1キロ圏内の行動範囲。
身分証明書と外出証明書の不携帯や、
時間オーバーが見つかれば
問答無用で即罰金というかなり厳しい規則でした。

商店やスーパー、郵便局、
どこもかしこも入り口で人数制限をしているために
長蛇の列で、
用事をすませるとそそくさと帰宅。
時には用が終わっていなくても、
途中で諦めて家路を急ぐという緊張の連続でした。

▲季節の植物が発するナチュラルなエネルギーを感じて、
この一年は日々お花に癒されていました。

そんなサスペンスな日々から
時は流れて、気がつけば2021年。

そう、いつもなら言っているはずなんです。
「え! ウソでしょ、あれからもう1年? 
そんなに経ったの?」と。
ですが、去年からこの春までは、
例年とはまったく違った基軸で、
時間の経過を噛み締めながら過ごしていました。

というのも‥‥。

個人的な話ですが、
昨年夏に乳がんという病変が見つかり、
数回にわたる精密検査、手術、その後の放射線治療と
闘病生活を送ったことが原因しています。
命と向き合う時間、
それは今までに経験したことのない
特別な時間の流れ方でした。

▲うれしいメッセージが刻印されたクッキーは、
今年の誕生日に友人が焼いてくれました。

コロナ禍の不安と、病気というダブルパンチを受けて、
「生きる」ことについて
今までにないくらい真摯に向き合い、
大切にしていきたい本質の部分を改めて見つめ直す。
治療を受けながら、そんな時間を送っていたのです。

おかげで季節がぐるりとひとまわりしたこの春、
今までになくゆったりとした感覚を味わっています。
いつものような “あっという間に過ぎちゃった”
バタバタ感はなくて(笑)、
しっかりと立ち止まり、また歩き出しながら
自分のペースで生きた実感とでも言うのかしら。

幸いに初期の発見であったこと、
信頼できるドクターと出会えたことなど、
いろいろな運に恵まれて、
今ではすっかり普段の生活に戻りました。
とはいえ、二度と細胞内で悪いモノ(=がん)
を育たせないように、食やライフスタイルを見直して、
自分に合う方法で生活習慣の改善をいろいろと模索中です。

▲偶然移動中にエッフェル塔近くを通過したので
車中からパチリ。長年住んでいても、
毎回その美しい姿に感動してしまいます。

「これからのわたしたちに必要なのは、
ユーモアとイマジネーションを働かせることだと思うわ」

去年の5月、ある女性誌のリモート取材で
インタヴューをした
フランス人マダムの言葉が忘れられません。
不安いっぱいでもやもやしていた心に
彼女のフレーズがすぅーっと響いて、
軽くなったのを覚えています。

“本当にそうだ! 
どんなに大変でも
毎日クスッと笑えるユーモアのエスプリを持って、
少しでも心地よく過ごすための
想像力を膨らませることが未来の希望に繋がるはず!”

と、素直に思えたのです。

▲今回のロックダウン中は
マルシェ(市場)が開いているのが救い。
毎週、新鮮な食材と一緒にお花も買います。

今までのように自由に動けなくなって
落ち着いたらすぐに旅に出たい。
異文化に触れて非日常を味わいたい! 
そう、強く願っていました。
現実はロマンティックな旅ではなくて、
病気がきっかけで非日常生活を経験した数ヶ月でした。
もちろん、病気になんて二度となりたくない!
でも、振り返ってみると、今回の体験を通じて、
ある意味かけがえのない、
違う景色が見えたように感じています。

健康だけが取り柄なの! 
そう、豪語していた自分の身に起こった、
まさかのできごと。
当たり前がけっして明日も続くとは
限らないことを知ったからこそ、
今まで以上にささいなことにも感謝の気持ちを向け、
「ありがとう!」と、
意識して、声に出して伝えるようになりました。

▲去年のクリスマスのパリ市庁舎のイルミネーションと
クリスマスマーケット。
小規模のマーケットでしたが、
つかの間ワクワクした気分を味わえました。

まだまだ窮屈で大変な毎日ですが、
できるかぎりユーモアと
イマジネーションを駆使しながら
暮らしたいと思います。
どうぞ、みなさまも心身ともに
すこやかで穏やかに過ごせますように。

2021-04-29-THU