REPORT

ニューヨーク 仁平綾さん
見えない敵に怯え、家にこもり、
誰にも会わない日々のなかで。

コロナ禍のなか、伊藤まさこさんが、
世界各国の9つの街に住む友人たちと
オンラインで話をしたのは、
ちょうど1年前のことでした。
「1年後にはきっと会えるね」
‥‥なんて、そのときは思っていたのに、
いまも、わたしたちの暮らしは、ままならないまま。
ひさしぶりにみなさんに連絡をとり、
それぞれの様子を綴っていただくことにしました。
遠い町のようすを、たっぷり、連載でおとどけします。

(前回のオンライン対談は、こちらからごらんくださいね。)

登場するみなさま

(登場順)
ストックホルム‥‥明知直子さん
ロンドン‥‥イセキアヤコさん
ホーチミン‥‥田中博子さん
パリ‥‥鈴木ひろこさん
ハワイ‥‥工藤まやさん
ミラノ‥‥小林もりみさん
メルボルン‥‥田中博子さん
ニューヨーク‥‥仁平綾さん
ヘルシンキ‥‥森下圭子さん


仁平綾さんのプロフィール

にへい・あや
1976年生まれ、編集者・ライター。
2012年にニューヨーク・ブルックリンで居を構える。
9年を過ごしたのち、2021年に帰国。
得意ジャンルは、食、猫、クラフト。
雑誌やウェブサイト等への執筆のほか、
著書に、ブルックリンのおすすめスポットを紹介する
私的ガイド本『BEST OF BROOKLYN』vol.01~03、
『ニューヨークの看板ネコ』『紙もの図鑑AtoZ』
(いずれもエクスナレッジ)、
『ニューヨークおいしいものだけ!
朝・昼・夜 食べ歩きガイド』(筑摩書房)、
『ニューヨークの猫は、なぜしあわせなの?』
(朝日新聞出版)、
『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)、
伊藤まさこさん・坂田阿希子さんとの共著に
『テリーヌブック』(パイインターナショナル)、
『ニューヨークレシピブック』(誠文堂新光社)がある。

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■Instagram


いま、東京にいます。(*)
あれから1年、
生涯忘れることのできないコロナイヤーを
ニューヨークで過ごし、
夫と猫と私は、日本に帰国しました。

(*2021年4月の執筆時)

▲NYの引っ越しの写真。部屋に積まれた段ボール箱。

いつか私もコロナで死ぬんじゃないか。
冗談でも、大げさでもなく、
本気でそう思っていた1年前。
ニューヨークは連日とんでもない感染者数と死者数で、
救急車の音もひっきりなし。
情報は錯綜し、
スーパーで買ってきた食材の袋も感染源になりうる、
なんて噂を聞きつけて、
せっせと除菌シートで拭きあげたりして。
見えない敵に怯え、家にこもり、
頑なに誰にも会わない毎日。
自分の内側が、つねにピンと緊張していた。
だからなのか、
感染して無数の管につながれた私が、
病院のベッドに苦しく横たわり、
いままさに手術室に運ばれようとしている‥‥
なんて悪夢にうなされたことも。
ほんとうに、怖かった。

▲いつも使っていたアパートメントの郵便受け、
なぜか愛しくなって。

そんな史上最悪の春が終わり、夏が近づくにつれ、
怖さや不安の濃度はずいぶん薄くなったけれど、
ニューヨークの街はコロナで一変したまま。
あんなに賑わっていたレストランは扉を閉ざし、
地下鉄は人もまばらで、がらがら。
空きテナントが目立つイーストヴィレッジ。
がらんとして人のいないソーホーは、
出番を待つ映画のセットのよう。
ミッドタウンのオフィス街なんて、
廃墟みたいに静まりかえっている。
郊外へ移り住んだり、
アメリカの別の州へ引っ越したり。
コロナでリモートワークが
当たり前になったこともあり、
たくさんのニューヨーカーが、
そんな街を離れていった。
サーフィンが趣味の友人は西海岸へ、
フランス人のアーティストは南仏へ。
友人知人が次々に
ニューヨークからいなくなってしまった。

“私はなんでニューヨークにいるんだろう”

初夏のある日、ブルックリンのアパートメントで、
ぼんやり猫とソファに寝転がり、
壁一面の窓から大きな空を見上げながら、考えた。

▲住んでいたアパートメントの建物(昔はニット工場だった)も、
もうしばらく見ることはないんだなぁ、と切なく思って撮影。

▲NYで帰国前に友人が撮影してくれた家族写真です。
photo by Tats Otake (8.6.4design)

“ニューヨークが好きだし、
ここでやりたいことがあるから”

これまでずっと、そう思ってきた。
ニューヨークは、刺激いっぱいで飽きない街。
自由で居心地も良いけれど、
反面生きるにはなかなかタフな場所だ。
どんな信念のもと、どう働くか。
何を買い、何を食べ、どう生きるか。
そういう自分の核がないと、
あっという間に透明人間になってしまう。
ニューヨークに渡って約9年、
自分は何者かを問い続け、悩み、つまづき、
まわりのニューヨーカーに感化、
鼓舞されながらやってきた。
気づけば少しずつ、私の核は、確かなものとして、
その形や重みを感じられるようになってきていた。

▲引っ越しを終え、空っぽになったアパートメントの部屋。

▲壁一面の窓。コロナ禍は、ここから見える大きな空に救われた。

“その核があれば、
どこでも生きていけるんじゃないか”

ふと、そう思ったのだ。
ニューヨークという場所にこだわる必要は、
もうないのかもしれない。
休眠中の街は、ちょっと退屈でもあるし‥‥。
なにより私のやりたいこと、
「書く」という仕事は、どこにいたってできる。
メキシコでも、パリでも、ハワイでも。
世界中、好きな場所に住んでいい。
自分の核を携えていれば、きっと大丈夫。
この街から動くときが来たのだ。

にわかに私は、覚醒した。
コロナの不自由が、私を自由にさせたのだ。
(といっても、実際は美容師の夫がいて、猫もいて、
そう簡単にメキシコへビュン! と飛ぶ、
なんてことは無理だったのだけれど。)

▲猫を連れて帰国する、というハラハラドキドキな道中でしたが、
愛猫のミチコ、よくがんばりました。

怖くて、悲しくて、奇妙な、
でも意味のある1年。
そんな2020年を経て、
私と夫は東京には戻らず、
一度は暮らしてみたいと思っていた
京都に移住することに決めた。

夏のハモ、冬の蟹。
鯖寿司、町中華、出町ふたばの豆餅‥‥。
これから待ち受ける未来と、
京都のおいしいものに胸を躍らせ、
私はただワクワクしている。

▲帰国後は、東京都内の海に近い場所で、2週間の自主隔離。

▲自主隔離中は、散歩ばかりしていました。

▲観光客気分で東京の街を見渡すと、すべてがフォトジェニック。

▲昭和な風景を見つけては、
こちらもつい愛しくなって、iPhoneでパシャリ。

▲手書きの値札、味があってかわいい。

▲東京版、ミニフラットアイアンビルディング
(NYのミッドタウンにある有名な三角ビル)。

▲質屋さん、まだあるんですねえ。

▲散歩中は、猫にもたくさん遭遇しました。

▲こんなキャラが濃い猫さんも。押忍!

▲東京の桜にも間に合いました。

2021-05-04-TUE