ほぼ日WEB新書シリーズ
「教育」をテーマに
誰かと対談することになったとき、
糸井重里の頭に浮かんだのは、
アーティストの横尾忠則さんでした。
「誰になにをどう教わったら
 横尾さんみたいになれるんだろう?」
糸井の素朴な質問をキーにして、
横尾さんの豊富な経験が
愉快に、ひもとかれていきます。
もちろん、しょっちゅう脱線しながら。
第7回
面倒くさい!
糸井 いまちょうど脳に関する本をつくっていて、
脳の研究をしている人と対談してるんだけど、
「プロセスを大切にする」という話になっていて、
おもしろいんですよ。
記憶には、「これは何ですか」という記憶と、
「どうやってやるんですか」という記憶と、
2種類ある。
「どうやってやるんですか」という記憶のほうが、
人の重要な、いきいきとした部分をつくっていく。
横尾 え? どういうことかな。
糸井 つまり、What とHowの違いですよ。
自転車の乗り方なんていうのは、
本を読んで「はい、覚えた」っていっても
乗れないわけです。
横尾 乗れない、乗れない。
糸井 どうやって乗るかは、
乗ってみないとわからない。
横尾 乗ってみないと・・・。
そうだね、遠回りだけどね。
遠回りだけども、そのほうがいい。
やっぱりいろんなことを発見するし、
その発見はまた、失わないの。
捨てる必要もないしさ。
糸井 でも、自分が飛び込んでいって、
ただ独自のものだけが育っていくと、
流派ができないじゃないですか。
横尾 うーん、そうですよね。
例えばぼくは油絵も描くんですけど、
油って難しいんですよ。
あれは、ほんとにちゃんと
油の溶き方とか
基本の描き方があるんです。
それ、ぼくは全然わからない。
ものすごいでたらめなの。

この前絵の具屋さんに行って
「溶き油ください」って言ったら、
何だかんだと向こうが説明する。
それを聞くのが面倒くさい。
「もう何でもいいから、すぐ描けるやつ!」
って言ったのね。そうすると、
「これは時間がたつと絵の具が割れますよ」
「もう割れてもいいよ!」
糸井 ハハハハ。
横尾 いつまでも作品が保存されるような人なら
絵の具が割れちゃ困るけれども、
ぼくはそんなもの考えもしてないからさ。
だから、何年かすると
ひび割れたりするんですよ、ぼくの絵。
ぼく、そういうのは平気なの。
糸井 もし自分だったらどうするかというと、
そういうことに詳しい人に手伝ってもらう。
横尾さんは、それも面倒なぐらいかな?
横尾 面倒くさい。とにかくね、
面倒くさいというのがぼくの・・・
糸井 すべてですよね。
横尾 うん、そう(笑)。
この前も、何かの会合のあとに4、5人で、
「飯食おうか」ということになったの。
中華がいいとか、寿司がいいとか、
路上でみんな一生懸命言い合ってるの。
糸井 横尾さんは、その状況は嫌だよね。
横尾 ぼくだけが、仲間から2mぐらい離れて、
石ころ蹴ったりしてて。
「もう、早く決めろ」って言いたいわけ。
「どっちがいいとか、
 ぼくにそんな質問しないでちょうだい」と。
ああいうの、よくやるなと思って。
糸井 横尾さんは「うれしい」とか「うまい」とか、
ちゃんと思う人だから、何でもいいんですよね。
ただ面倒なだけなんだ。
横尾 うん。お風呂に行っても、
背中なんか手が届かないから、
あんまり洗いたくない。
見えてるとこだけ洗って、それで終わりとかさ。
糸井 わかりやすいな(笑)。
横尾 足元なんか洗うと、
後ろにゴロンとひっくり返りそうになるしさ。
糸井 足の爪はこまめに切るんですか?
横尾 いや、それはもう
鬼の爪みたいになってはじめて切る。
糸井 やっぱり(笑)。
横尾 うん。靴下履くときに、
「あ、伸びてる」と思うんだけど、
まぁいいわといって・・・。
糸井 一日延ばしになりますよね。
横尾 そうこうするうちに爪もどんどん伸びる。
1カ月に1回切るくらいかな。
糸井 腹立ちますよね、足の爪。
しょっちゅう伸びてね。
横尾 うん、ものすごい腹立つ。
これでも3日ほど前に切ってるのに、
もう伸びちゃっている。
こんなの、毎日切るものなの?
糸井 いや、そんなことはないでしょう。
爪って、なにか「伸びやがるな」と
思ってしまいますよねぇ。
横尾 ぼくは頭を洗うのも面倒くさいから、
床屋に行って頭を洗ってもらうの。
3,500円だか 4,000円。
自分で洗ったらタダなんだけどさ、
手がだるくなるから、洗うのがほんとに面倒くさい。
糸井 絵はあんなに真剣に
描いているのに(笑)・・・。
横尾 もっと言うとさ、
冬の寒いとき、Tシャツとパンツはいたまま
お風呂の浴槽に入ったりする。
風呂の中で脱いだりして(笑)。
寒いじゃない? 脱ぐのが。
糸井 ぼくもやったことあります、それ。
お風呂で寝ちゃうことはありませんか?
横尾 うーん、寝ないけど、目つぶってて、
「ウッ」となるときがあるね。
これはヤバイ、このまま沈没したら
死んじゃうみたいな。
糸井 それで死ぬ人いるらしいからさ。
横尾 いるらしいからね。
でもね、ぼくはカラスの行水。
もうあっという間、早い早い。
糸井 だけど一度、お風呂に
長ーく浸かってみるといいですよ。
おもしろいです、あれは。
けっこうトリップします。
横尾 いや、そんなこと絶対できない。
殺風景だもん、お風呂の中。
糸井 退屈?
横尾 うん、退屈。
テレビかなんか持って入ってれば
別かもわからないけどね。
そうか、糸井さんは、
そんなにお風呂でじぃっとしてるの。
糸井 お風呂で本を読むようなことは
ないんですか。
横尾 ない、ない、ない。
本持っていくと、眼鏡持っていかなきゃいけないし、
眼鏡が曇って本なんか見えないしさ。
本だってぬれるでしょう?
糸井 タオルを置いておいて、拭いたりすれば
大丈夫だと思うんですけど。
横尾 面倒くさいよ(笑)。
糸井 自分に面倒くさいって思うことございますか。
横尾 ハハハ、それは思わない、ハハハ。
糸井 なんで寝なきゃならないんだろうとか、
そういうことは思わない?
横尾 あ、思う、思う。
寝るの嫌いだからね。
面倒くさいから起きちゃう。
糸井 でもまぁ「面倒くさい」と
1回でも思わなきゃダメですよね。
生まれっぱなしになっちゃいますから。
きっと横尾さんは横尾さんで
いっぱい「面倒くさい」を経験して、
「ああ、面倒くさい!」 
と思いながらこれまでやってきたんでしょうね。
横尾 うん。だから、
面倒くささを生かした作品づくりを
してるもん(笑)。
糸井 それはすごいね。
横尾 うん。人の描いた絵で
「こんなところ手抜きゃいいのに」
「ああ、あんなとこ、一生懸命描いてる。
 こんなもの、一生懸命描いたって、
 誰もその努力も評価しないのにさ、バカだな」
と思っちゃう作品があるわけよ。
ぼくだったら、そこはとばすね。
糸井 とばすね。
横尾 うん。ぼくが昔つくったチラシとか、覚えてる?
あれもね、普通なら
写植や何かでつくったりするでしょう。
「ああ、もう面倒くさい、筆で描いたほうが早いや」
というので、自分で描いたり。
糸井 ああ、ポスターとか、
すごいのできましたよね。
横尾 あれは面倒くささから生まれた作品なわけ。
それは間違いなく、そうなの。
写植屋さんがあったほうが面倒くさい。
誰に頼めばいいのか、もう
どうしていいかわからないしさ。
そんなのは、前もって原稿がちゃんとできていて、
それで写植屋さんに出して、
明くる日持ってきてもらえるにしても、
間に合わないわけよ。
たったいま、1分か2分後に写植が欲しいわけですよ。
そんなことはできるはずないじゃない?
だから、もう面倒くさいから、そこで描いてしまう。
糸井 計画とか、時間軸そのものが
横尾さんは嫌なんですね。
「これをするためには、
 さかのぼってこれをして、
 そうするためにはこれをして」というような。
横尾 そういうふうに
直線的に時間は流れてないね。
糸井 時間が直線ではない・・・。
横尾 もっと平面的というかさ。
時間的というより、
空間的といったほうがいいかもわからないね。
過去、現在、未来はない。
もちろんあるんだけれども、
それは一緒くたにしてるような気がするね。
糸井 主に横尾さんの世界観というのは、
時間の流れじゃなくて、
空間でできてるんだ。
横尾 うん。
糸井 それは何かわかるわ。
だからここに妖精がいてもおかしくないんだ、
それは。
横尾 フフフ。
別のディメンション(次元)から
くるわけだから。
糸井 そうですよね。
(つづきます)
2014-08-23-SAT
(対談収録日/2002年4月)


第1回
兄弟みたいな関係
第2回
方法論は必要ない
第3回
一光さんと、三島さん
第4回
先生はいない
第5回
平凡な普通の人間だよ
第6回
いきなり本番でいいでしょう
第7回
面倒くさい!
第8回
人に知られたくない自分
第9回
今できることって何だろう
第10回
自信を持たせること