かっこいい、 草刈さんと周防さん。
第1回 近づきがたい女性。
糸井 周防監督の最新作を拝見しましたが、
観ているあいだ、ずっと息をのむようでした。
草刈さん、恐ろしいことしてましたね。
草刈 えっ、そうですか?
糸井 あれは、普通のことなんですか?
草刈 普通というか、日常的なことです(笑)。
周防 糸井さん、映画の『ブラック・スワン』
ご覧になってませんか?
糸井 まだです。
あれも観たいなぁと思っちゃってますよ。
周防 『ブラック・スワン』で起きていることは
突拍子もないことですけど、
精神的な部分はすごくよくわかります。
‥‥といってもぼくは
バレリーナじゃないけど(笑)。
あの追い詰められ方は、
草刈が経験してたことと重なるところがあります。
糸井 「中の世界」って、
やっぱりそういうところがあるんですねぇ。
周防 ええ、ああいう一面はあるんじゃないかと。
日本のバレエ事情は
また特別に、いろいろあるんですが。
糸井 なるほどなぁ‥‥ぼくもおふたりの
『ダンシング・チャップリン』を観るまでは、
バレエについて興味がないままでしたよ。
つまりね、
「周防さん、バレエが好きなんだな」
「それはそうだ、奥さんがそうだし」
「突っ込んでいったらきっと
 おもしろいんだろうな」
そう思っていたにすぎない。
だけど、こうしてビジュアルで
動く「もの」を観ると、もう、すごいですね。
ほんとに、息をのみました。
なんだったんだ、あれは。

で、草刈さんはそれが日常なんですね?
周防 「だった」んです(笑)。
糸井 あ、「だった」んだ。
草刈 いまはもう、してません。
引退しましたので。
糸井 引退公演は?
草刈 やりました、2年前です。
おっしゃるとおり、バレエって
そんなに一般的なものではありません。
「のべ」で言えば、
私は踊りをすごくたくさんの人に
観ていただいたほうだと思います。
引退公演も15回やって、
2万9千人の方にご覧いただいたんですが、
それでもやっぱり、
いわば「快挙」みたいな数字なんですよ。
糸井 そうか‥‥武道館で3日間ですね。
周防 東京ドームのプロ野球だったらひと晩。
草刈 私は団体を持っているわけではなく、
個人の活動として引退公演を行いましたので。
その規模で引退公演をするバレリーナなんて、
日本ではこれまでほとんど出てなかったわけです。
糸井 うん、そうでしょうね。
草刈 自分で企画して、
それなりの規模の公演を実現させる人も
まだ出てきていませんね。
そういう意味で、
日本にはまだバレエの土壌がない。
そもそも私がそれをできるようになったのも、
「映画以降」の話です。
糸井 『Shall we ダンス?』以降?
草刈 はい。あの映画に出てから
どんどん変わっていきました。
バレエだけをやっていたのでは、
そんなに名前は
知ってもらえなかったはずです。
糸井 そうか。
「すごくたくさんの人が観た」
という草刈さんの引退公演が
2万9千人ということは、映画に比べると‥‥。
周防 『Shall we ダンス?』で
草刈民代を観た人の数のほうが
圧倒的に多いのは確かです。
「ああ、バレリーナの草刈さんでしょ?」
というときの
「バレリーナ」草刈民代の踊りのイメージは、
みんなの中にはない。
糸井 申し訳ないですね、ほんとうに。
草刈 もう慣れてますので(笑)。
一同 (笑)
草刈 それでまぁ、今回のような
ああいう映像になったらわかってもらえる、
というようなところはありました。
糸井 ほんとにそうだと思う。
草刈 これまで自分は踊りの世界にいて、
私のことを知っている人に囲まれていたので、
私のことをご存じない方と
仕事をすることはありませんでした。
でも映画のときは具体的に
私のことを知っている人は
ほとんどいなかったので、
はじめのうちは居心地が悪かったです。
糸井 でも、考えてみたら周防さんは
ご自分の映画『Shall we ダンス?』のときは
すでに「バレリーナの草刈さん」に
オファーしたわけだから。
周防 いや、知らなかったんですよ。
糸井 バレエの実態を?
周防 実態どころか、
草刈民代を知らなかった。
糸井 そういう人がいる、ということを?
周防 知らなかったんですよ。
糸井 うそ! ぼくよりひどいじゃないですか(笑)。
『Shall we ダンス?』には
踊れる人を起用しよう、
ということだったんですか?
周防 そうですね、「踊れる人」を
探していたことは確かです。
たまたまある1日に、
「バレリーナの草刈民代がいいんじゃないか」
と教えてくれた人が3人いまして、
「だったら最初に会おうよ」
ということになりました。
「草刈さんのバレエだったら
 『くるみ割り人形』がちょうどやってますよ」
と言われて、観に行ったんです。
ですから、バレエを観るんじゃなくて、
「どれだ? どれだ?」という感じで、
顔を一所懸命見ていただけで、
踊りは観ていませんでした。
糸井 ま、目的は映画ですもんねぇ。
周防 ええ。で、そのあとじかに会いました。
最初の印象は
「この人の、この近づきがたさって
 いったいなんだろう」
でした。
しゃんと座ってにっこりしてるんだけど、
半径5メートル以内に近づけない。
糸井 草刈さん、
そんな人だったんですか(笑)?
草刈 いまは、それはちょっと
変わってきてると思うんですけど。
周防 「この人とどうお話ししていいんだろう?」
という気持ちになっちゃいましてね。
でも、この戸惑いというのは
『Shall we ダンス?』の
主人公のサラリーマンと同じだなぁと思って。
糸井 うん、そうですね。
周防 憧れるんだけど、
どうしていいかわかんない。
だからこの人だ、と思いました。
糸井 草刈さんご本人は、
自分はそんなに近づきがたい、
ということを知ってました?
草刈 いや、そんなことは意識したことがなくて。
周防 近づきがたかったですよ。
ですから逆に、
こんなにざっくばらんに話せる人だと
わかったときに、
かなり驚きがありました。
糸井 じゃあぼくらは、
周防さんのおかげで
近づきがたいのを知らないままに
草刈さんを知ることができてよかったです。
草刈 ははははは。
(つづきます)
2011-06-23-THU
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『ダンシング・チャップリン』


バレエが映画になった、
おそらく世に類を見ない作品。
監督は周防正行さん、
主演はルイジ・ボニーノさんと草刈民代さん。
でもほんとうの主演はバレエ、そして
チャールズ・チャップリン‥‥もしかしたら
周防監督ご自身なのかもしれません。
2幕に分かれた不思議な構成と
バレエダンサーのもつ力のすごさに
心を揺すぶられる作品です。
公式サイトはこちら
公開劇場はこちらです。

草刈民代さんと結婚して15年。
バレエのことをほとんど知らなかった
周防正行監督は
バレエとバレリーナへの理解を
暮らしの中で少しずつ深めていくことになります。
そして、果てしなく広がるバレエの世界。
その15年を振り返って描く、
周防監督によるバレエの入門書。
映画『ダンシング・チャップリン』を
撮ることになったきっかけや
各演目に対する周防監督の考えも
記されています。

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『周防正行のバレエ入門』
(太田出版)1,365円
第1回 近づきがたい女性。
第2回 つかまえられた人。
第3回 みんなの知らない長い時間。
第4回 お金を稼ぐことがどれだけ大事か。
第5回 私のほうができます。
第6回 すごいよ周防さん。
第7回 説得できない。
第8回 品のよさと言いたい。
第9回 いまぼくの心の中で、割れんばかりの拍手。
第10回 現場がすべて。
第11回 敬意を見せる。
最終回 行けば行くほど自由。
HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN