もくじ
第0回おしゃべりの前に 2016-06-28-Tue
第1回配慮か衝動か 2016-06-28-Tue
第2回当事者の憂鬱 2016-06-28-Tue
第3回平等と寛容 2016-06-28-Tue
第4回関心の半径 2016-06-28-Tue
第5回後悔との再会 2016-06-28-Tue
第6回善意の摩擦 2016-06-28-Tue

熊本県出身。
市場調査会社でリサーチャーや営業を経験したあと、広告代理店でマーケティング、プロモーションをおこなう。その後スタートアップインキュベーターにてアクセラレーターをつとめ、現在はロボットベンチャーでPRやマーケティングなどを担当。

ふるさとを遠く離れて ー私たちの長い週末ー

第5回 後悔との再会

10代の時間を共有し、
ふるさと熊本から離れて暮らす同級生のダイアローグ。
最後のお相手は富永真純ちゃん。
18歳までの思い出が詰まった熊本を、
パティシエとして遠くから支援しています。

むらかみ
久しぶり。卒業以来?10年ぶりくらいかな?
富永
本当にすごく久しぶり。
むらかみ
今日は時間もらってありがとう。
最近は熊本に帰ってる?
富永
家族も東京に出て来ているから、冠婚葬祭ぐらいしか
帰る機会がなくて。もうだいぶん帰ってないかな。
むらかみ
そうなんだ。じゃあご家族も大丈夫だったんだね。
富永
まだ熊本市内に家があるけど、一応大丈夫だったみたい。
でも友達も親戚もいるから心配。
なにより思い出が全部あるでしょう。本当に悲しい。
むらかみ
まさか地元でこんなことが起こるとは思わなかったよね。
未だに現実感がない。
真純ちゃんが地震のあと、チャリティでチャリティで
手作りのくまモンのマドレーヌを売っているのを見て、
久しぶりに会いたかったし、話を聞きたいなと思って。
今も続けているんでしょう?
富永
そう、ほそぼそとだけど。
知り合いのレストランとか、お手伝いしている
箱根のカフェに置いてもらってるの。
むらかみ
パティシエだからできる支援だよね。
地震が起きてすぐにはじめたでしょう?
富永
そうだね。
何かできることはないかと考えていて、
自分ができることかなって。
むらかみ
くまモンのマドレーヌってピッタリだね。
富永
くまモンの型が売っているのは知っていたから、
これだ!と思って。
それから、知り合いのお店とかに置かせてもらえないか
連絡を取り始めて。
むらかみ
正直驚いた、すごく行動力があるなって。


お店の一角でくまモンマドレーヌを販売

富永
やろうと思ったのは、東北の震災の時の後悔があったから。
あのときは、自分が本当に無力だなって思ったんだよね。
むらかみ
無力感はみんな感じていたよね。
富永
うん。でもそれだけじゃなくて、罪悪感もあって。
その頃はケーキ屋さんで働いていたんだけど、
3月11日も、12日も、いつも通りケーキを作っていたの。
職場には牛乳もバターも小麦粉も充分あって、
電気もガスも通ってて。東北はあんな状況なのに。
普段と同じ環境でお菓子を作りながら、
本当にお菓子って贅沢品だなと思ったんだよね。
むらかみ
確かに、命を繋ぐという意味では優先度は下がるよね。
富永
あの時の気持ちを思い出したんだよね。
地震の次の日に、
「水が足りないから送って欲しい」
って、熊本に住んでいる人から同僚に連絡があって。
みんなで慌てて水を集めて送って。
私の家族は東京にいるし、親戚も大丈夫だったんだけど、
やっぱりそんなにひどい状況なんだ、って驚いた。
でも、その日も私たちはいつも通り仕事をして、
お菓子を作るんだよね。
またあの時と同じことしてるなって思った。
こんなことしていていいのかなって。
むらかみ
状況は違うけど、少しわかる。
私は金曜の夜に実家に帰って、月曜日の朝の便で
東京に戻る予定だったんだけど、空港が閉鎖になって
飛ばなかったんだよね。
いつ再開するかわからなくてイライラしている自分に、
東京に戻るほどのことを私はしているのかなって
考えてしまったり。
ちょっと自分の社会の中での価値がわからなくなった。
富永
自分の仕事への疑問が大きくなっちゃって。
食べる物がない、って困ってる中で、
お菓子なんて送ってもなあ、
私、おにぎり屋さんだったらよかった、
とか思ってた。
おにぎりならみんなのためになるのにって。
むらかみ
でも私は地震のあと、
コンビニが開いてチョコレート買って。
いつも食べているのに、すごく美味しかったなあ。
安心したよ。日常が戻ってきた感じがして。


熊本に帰るたびに食べるいつものパフェ

富永
そうなんだ。嬉しい。
パティシエだし、お菓子作るのは大好きだから、
お菓子が人を幸せにするのは信じてるの。
だからくまモンのマドレーヌを作ろうと思ったし。
でも、やっぱり迷いは出ちゃう。
この牛乳、お菓子を作らずに被災地に送ったほうが
いいんじゃないかとか。
むらかみ
特に水がありません、食べ物がありません、
ってニュースで流れている状況では考えちゃうよね。
富永
そうそう。
東日本大震災のとき、材料が品薄になるって情報が
すぐに業者さんから回ってきたの。
それで必要な牛乳やバターを買いに走ったんだけど、
その時もすごく違和感があって。
スーパーはしごして買い占めた材料でお菓子を作りながら
何のためにお菓子を作ってるんだろうって、
仕事への疑問が出てきてしまって。
むらかみ
そういえば東北の震災の時は週明けがホワイトデーで、
お菓子を買っている人を見て複雑な気持ちになった。
別に今、お菓子を買っても買わなくても、
現地の人には何の影響もないってわかっているけど。
作っている側も複雑だよね。
富永
私はその時も今も、お菓子やケーキを買ってくれる人の
お金で生活しているし、その時働いていたお店は、
被災地でお菓子を作ったり配ったりしていたの。
買ってくれる人がいないと生活も支援もできない。
やりたいことをやるにはお金が必要だって、
自分が実際に動いてみると本当に実感する。
むらかみ
お金って重要だよね。
熊本にいる時、命の危機が去った後は、
お金があれば大体の問題は解決出来るなと思ったもん。
富永
今も好きなことをして働けてるって幸せだし、
自分らしい支援ができていると思う。
だけど私が集められるお金は微々たるものだし、
生きるか死ぬかみたいな状況で、お菓子は必要?
作ることに意味があるの?って考えちゃって。
むらかみ
ああいう異常な状況だと、「生き残る」ことの優先順位が
飛び抜けて上がっちゃって、生きることに直結しない
モノの価値がとても下げられるように感じるね。
富永
大学は法学部だったから、友達はきちんとした企業に
就職していくけど、私はパティシエになろうと決意して。
みんなは社会貢献してるのに、自分はお菓子を作る
仕事で社会に役に立てているのかな、
という不安が常にあって。
だからお菓子で貢献したかったの。


甥っ子に贈ったケーキ

むらかみ
私が甘いものを好きだからっていうこともあるけど、
お菓子とかケーキってすごくパワーを貰えるよ。
被災した人も、ニュースを見て暗い気持ちの人も、
お菓子を食べている時は、怖さやつらさを
忘れられるんじゃないかな。
私は募金することぐらいしかできなかったから、
羨ましいと思う、具体的に貢献する力を持っていること。

こんな状況でお菓子を作って誰が救われるんだろう、
という気持ちもわかるけど、
お菓子を食べて幸せになってくれる人が一人でもいるなら
意味があることだと思うな。

富永
そうだといいなと思う。私も本当は一番やりたいのは、
被災地の人に私のお菓子を食べてもらうことだから。
今は人脈もないし、作って運んで配ってということは
難しいから諦めちゃったんだけど。
むらかみ
間接的にでも届くといいよね。
真純ちゃんがこうやって熊本のためにって
動いているのはすごいなって思う。

(つづきます)

第6回 善意の摩擦