どこか遠い場所で起きた災害のニュースを目にするたび、
心が痛み、他人事ではないと思っていました。
でも結局、私にとってはいつまでも、
地震は遠い街で起こることでした。
自分は大丈夫、という油断ではない気がします。
油断としてすら意識に上らないくらい、
私は地震について無頓着だったのです。
だから、生まれ育った熊本で大きな地震があったときも、
現実感がまったくありませんでした。
後に本震と言われるようになる4月16日の揺れも、
その最中にいながらまったく現実味がありませんでした。
そして今も、あの日を境に変わったことと、
どう向き合ったらいいのかわからずにいます。
それは地震のあと、熊本にいる間ずっと、
「私はいつか帰る人間だから」
という気持ちでいたからかもしれません。
今の私の帰る場所はふるさとではなく、東京でした。
自分は被災者なのか支援者なのか。あるいは傍観者なのか。
今、何をすべきか、正解はないはずなのに、
なんだか正解があるような、
そして正しい態度を求められているような、
そんな居心地の悪さを感じています。
そこで、自分と似た境遇にいる3人の友達と
ゆっくりおしゃべりしてみることにしました。