ぼくは、このエッセイを書くにあたって、
語尾をどうするか、最後まで悩みました。
「イチローのファンだった」と書くか、
「イチローのファンです」と書くか。
過去形にするべきか、
進行形にするべきかということを、
すごく長い時間悩みました。
それは、らーちゃんの死について、
書くかどうかを決めることに繋がっているから。
本当は、書かないつもりではじめたんです。
「ぼくには、こんなに素敵なおじさんがいるんだよ」
ということを、たくさんの人に知ってほしい。
それだけでした。
でも、パソコンに向かって、
ゆずの曲を聴きながら、らーちゃんのことを想い出し、
言葉をどんどん書いていると、
どうしても、涙がやっぱり止まらなくなりました。
なので、やっぱり、そこについて書きたいです。
2016年に、らーちゃんはこの世を去りました。
大学に入学してから、だんだんと会う機会は減っていて。
ぼくのバイト先に、
ねぇねぇと買い物に来てくれたことがあったけど、
昔のようにみんなで集まることもなくなっていました。
就職して、1年目の冬。
夜中に父親から連絡が入りました。
「らーちゃんが亡くなった」
あまりにも突然で、
どうしたらいいか分からなくて、
ぼくは、布団の中にもぐりこみました。
頭がおいつかなくて、どういうことか処理できなくて。
ようやく社会人になって、まだまだこれから、
たくさん楽しいことを教えてほしかったのに。
ようやく、肩を並べて話ができると思ったのに。
突然、らーちゃんは、いや、ぼくのおじさんは、
帰らない人になりました。
命って、本当にとつぜん消えてしまうものなんですね。
ぼくは、なにか明確な言葉を、
らーちゃんからもらったことはありませんでした。
たとえば、教訓のようなものや、
こういう生き方をしろと言われたことはありません。
もちろんそれは、
ぼくがそこまで近いところで、
生活をしていなかったからだと思います。
でも、何か、言葉がほしくて。
らーちゃんからの言葉を探したくて。
ようやく2つだけ、短い言葉を見つけました。
それは、ぼくにとって従兄弟であって、
らーちゃんとねぇねぇの、2人の子どもの名前です。
名前には、両親が伝えたいメッセージがある。
こんな人になってほしいという、気持ちがある。
いまはもう、顔をあわせて話せなくても、
ずっと残っている言葉をぼくは見つけました。
ぼくが見つけた、
らーちゃんがこの世に残した言葉を書きたいと思います。
「若菜」
読みかたは、そのまま「わかな」です。
春に生まれた子だから、
菜の花の「菜」を使いたかったそうで。
古風だけど、古風じゃないような名前にしたいねと、
ふたりは頭を悩ましていました。
すると、古典が大好きだったらーちゃんは、
百人一首の春の歌を調べ、
「若菜」という言葉を見つけてきました。
【出典:古今集】
(あなたのために、春の野に出て若菜をつんでいました。
だけど、春なのにちらちらと雪が降ってきて、
わたしの着物の袖が濡れてしまっています。)
読み人である光孝天皇は、
若いころに苦労をされいていて。
性格は大変温厚な人だったそうです。
政治にはあまり関心がなく、派手な生活も好まない。
天皇になったあとも、昔の苦労を忘れないために、
自分が不遇な扱いを受けていた部屋を、
そのまま残しておいたという逸話があります。
大切な人に向けて、若菜を摘みに外へ出かけていく。
若菜とは、七草粥などに使われる植物であり、生命です。
この和歌は、光孝天皇がまだ若かりしころに詠んだ歌で。
雪がふってきているが、
それでもあなたを想って若菜を摘む人の姿は、
なんとも素敵ですよね。
まだ寒い雪のなかでも、力強く生きる植物のような強さ。
大切な誰かを想って、
何かをしてあげる優しさをもってほしいという気持ちが、
「若菜」という言葉には込められているんだと思います。
「旅人」
「たびと」と読みます。
最初の由来は、ことわざからやってきたそうです。
「可愛い子には旅をさせよ」
自由に好きなことをして、
自分で選んだ道に歩んでほしい。
そんな気持ちをこめて付けらた名前です。
とても、すなおでいい名前だなぁと思います。
おなじ名前の人に、
ぼくは今までの人生で1人しか出会ったことがありません。
その人は、歴史の教科書にいました。
【出典:万葉集・巻3・348】
(この世の中で、楽しく生きていけるのならば、
わたしは虫にでも鳥にでもなっていい)
のびのびとした言葉が印象的な和歌です。
人生をすすむうえで、こんなにも堂々と、
大きなことを言ってしまう。
大伴旅人という人物を調べていけば、
たくさんの和歌が出てきました。
ちょっとお酒の話が多いのが難ありですが、
だけど、彼の懐の深さがありありと感じられます。
楽天家のようなイメージが強い大伴旅人の和歌には、
もうひとつの特徴がありました。
それは、遠くはなれてしまった妻を想う作品を、
たくさんこの世に残していることです。
【出典:万葉集・巻5・807】
(現実には逢えないので、せめて夢の中にだけでも、
現れ続けてください)
大切な人を病気で失ってもなお、
彼はたくさんの和歌を贈りつづけました。
やるせない気持ちを抱えつつ、
それでも楽しく前を向こうとした大伴旅人という人物。
もちろん、らーちゃんはそのことを知っていて、
たいへんこの名前を気に入っていたそうです。
自由に、自分の道を進み、
人生をのびのびと進んでほしい気持ちと、
大切な人を想い続ける人であってほしいという気持ちが、
「旅人」という言葉には込められています。
「若菜」と「旅人」。
ふたつの名前、ふたつの言葉が、
らーちゃんが残してくれた、
これから人生を進むための道しるべだ思います。
だから。
パパを亡くしてつらいけど、
せっかくもらった名前を大切に、
2人にはこれから成長していってほしいなぁと、
ちょっと遠いところでぼくは思っています。
数学はもちろんだけど、
古典というものも、ぼくは得意じゃありませんでした。
なにを言ってるか分からないし、調べないといけないし。
でも、今回、時間をかけて和歌の意味を調べ、
詠んだ人物に思いをはせてみて、
ちょっと興味を持ってきた自分がいます。
あっ。
また、らーちゃんのおかげで、
好きなものが増えたかもしれない。
(次で最後です。)