もくじ
第1回忘れてくれた漫画。 2017-11-07-Tue
第2回野球を観に行こう。 2017-11-07-Tue
第3回鈴木一朗という人。 2017-11-07-Tue
第4回ぼくも「ゆずっこ」。 2017-11-07-Tue
第5回言葉をさがして。 2017-11-07-Tue
第6回大好きなものに囲まれて。 2017-11-07-Tue

ふだんは、銀行で営業をしてます。人に道を聞かれることが多くて、シャッターを頼まれることも多いです。「はい、チーズ!」というのが、ちょっとはずかしいです。

ぼくのおじさん。

ぼくのおじさん。

担当・中村 駿作

第5回 言葉をさがして。

ぼくは、このエッセイを書くにあたって、
語尾をどうするか、最後まで悩みました。

「イチローのファンだった」と書くか、
「イチローのファンです」と書くか。
過去形にするべきか、
進行形にするべきかということを、
すごく長い時間悩みました。

それは、らーちゃんの死について、
書くかどうかを決めることに繋がっているから。
 

本当は、書かないつもりではじめたんです。
「ぼくには、こんなに素敵なおじさんがいるんだよ」
ということを、たくさんの人に知ってほしい。
それだけでした。

でも、パソコンに向かって、
ゆずの曲を聴きながら、らーちゃんのことを想い出し、
言葉をどんどん書いていると、
どうしても、涙がやっぱり止まらなくなりました。
なので、やっぱり、そこについて書きたいです。

2016年に、らーちゃんはこの世を去りました。
大学に入学してから、だんだんと会う機会は減っていて。
ぼくのバイト先に、
ねぇねぇと買い物に来てくれたことがあったけど、
昔のようにみんなで集まることもなくなっていました。

就職して、1年目の冬。
夜中に父親から連絡が入りました。

「らーちゃんが亡くなった」

あまりにも突然で、
どうしたらいいか分からなくて、
ぼくは、布団の中にもぐりこみました。
頭がおいつかなくて、どういうことか処理できなくて。
ようやく社会人になって、まだまだこれから、
たくさん楽しいことを教えてほしかったのに。
ようやく、肩を並べて話ができると思ったのに。

突然、らーちゃんは、いや、ぼくのおじさんは、
帰らない人になりました。
命って、本当にとつぜん消えてしまうものなんですね。

ぼくは、なにか明確な言葉を、
らーちゃんからもらったことはありませんでした。
たとえば、教訓のようなものや、
こういう生き方をしろと言われたことはありません。
もちろんそれは、
ぼくがそこまで近いところで、
生活をしていなかったからだと思います。

でも、何か、言葉がほしくて。
らーちゃんからの言葉を探したくて。
ようやく2つだけ、短い言葉を見つけました。
それは、ぼくにとって従兄弟であって、
らーちゃんとねぇねぇの、2人の子どもの名前です。

名前には、両親が伝えたいメッセージがある。
こんな人になってほしいという、気持ちがある。
いまはもう、顔をあわせて話せなくても、
ずっと残っている言葉をぼくは見つけました。

ぼくが見つけた、
らーちゃんがこの世に残した言葉を書きたいと思います。
 
 

「若菜」

読みかたは、そのまま「わかな」です。
春に生まれた子だから、
菜の花の「菜」を使いたかったそうで。
古風だけど、古風じゃないような名前にしたいねと、
ふたりは頭を悩ましていました。
すると、古典が大好きだったらーちゃんは、
百人一首の春の歌を調べ、
「若菜」という言葉を見つけてきました。


【出典:古今集】   

(あなたのために、春の野に出て若菜をつんでいました。
だけど、春なのにちらちらと雪が降ってきて、
わたしの着物の袖が濡れてしまっています。)

読み人である光孝天皇は、
若いころに苦労をされいていて。
性格は大変温厚な人だったそうです。
政治にはあまり関心がなく、派手な生活も好まない。
天皇になったあとも、昔の苦労を忘れないために、
自分が不遇な扱いを受けていた部屋を、
そのまま残しておいたという逸話があります。

大切な人に向けて、若菜を摘みに外へ出かけていく。
若菜とは、七草粥などに使われる植物であり、生命です。
この和歌は、光孝天皇がまだ若かりしころに詠んだ歌で。
雪がふってきているが、
それでもあなたを想って若菜を摘む人の姿は、
なんとも素敵ですよね。

まだ寒い雪のなかでも、力強く生きる植物のような強さ。
大切な誰かを想って、
何かをしてあげる優しさをもってほしいという気持ちが、
「若菜」という言葉には込められているんだと思います。

 
 

「旅人」

「たびと」と読みます。
最初の由来は、ことわざからやってきたそうです。
「可愛い子には旅をさせよ」
自由に好きなことをして、
自分で選んだ道に歩んでほしい。
そんな気持ちをこめて付けらた名前です。
とても、すなおでいい名前だなぁと思います。

おなじ名前の人に、
ぼくは今までの人生で1人しか出会ったことがありません。
その人は、歴史の教科書にいました。


【出典:万葉集・巻3・348】

(この世の中で、楽しく生きていけるのならば、
わたしは虫にでも鳥にでもなっていい)

のびのびとした言葉が印象的な和歌です。
人生をすすむうえで、こんなにも堂々と、
大きなことを言ってしまう。

大伴旅人という人物を調べていけば、
たくさんの和歌が出てきました。
ちょっとお酒の話が多いのが難ありですが、
だけど、彼の懐の深さがありありと感じられます。

楽天家のようなイメージが強い大伴旅人の和歌には、
もうひとつの特徴がありました。

それは、遠くはなれてしまった妻を想う作品を、
たくさんこの世に残していることです。


【出典:万葉集・巻5・807】

(現実には逢えないので、せめて夢の中にだけでも、
現れ続けてください)

大切な人を病気で失ってもなお、
彼はたくさんの和歌を贈りつづけました。
やるせない気持ちを抱えつつ、
それでも楽しく前を向こうとした大伴旅人という人物。
もちろん、らーちゃんはそのことを知っていて、
たいへんこの名前を気に入っていたそうです。

自由に、自分の道を進み、
人生をのびのびと進んでほしい気持ちと、
大切な人を想い続ける人であってほしいという気持ちが、
「旅人」という言葉には込められています。

「若菜」と「旅人」。
ふたつの名前、ふたつの言葉が、
らーちゃんが残してくれた、
これから人生を進むための道しるべだ思います。

だから。
パパを亡くしてつらいけど、
せっかくもらった名前を大切に、
2人にはこれから成長していってほしいなぁと、
ちょっと遠いところでぼくは思っています。

 
 
数学はもちろんだけど、
古典というものも、ぼくは得意じゃありませんでした。
なにを言ってるか分からないし、調べないといけないし。

でも、今回、時間をかけて和歌の意味を調べ、
詠んだ人物に思いをはせてみて、
ちょっと興味を持ってきた自分がいます。

あっ。
また、らーちゃんのおかげで、
好きなものが増えたかもしれない。

(次で最後です。)

第6回 大好きなものに囲まれて。