もくじ
第1回忘れてくれた漫画。 2017-11-07-Tue
第2回野球を観に行こう。 2017-11-07-Tue
第3回鈴木一朗という人。 2017-11-07-Tue
第4回ぼくも「ゆずっこ」。 2017-11-07-Tue
第5回言葉をさがして。 2017-11-07-Tue
第6回大好きなものに囲まれて。 2017-11-07-Tue

ふだんは、銀行で営業をしてます。人に道を聞かれることが多くて、シャッターを頼まれることも多いです。「はい、チーズ!」というのが、ちょっとはずかしいです。

ぼくのおじさん。

ぼくのおじさん。

担当・中村 駿作

第2回 野球を観に行こう。

オリックスブルーウェーブと、
広島東洋カープの大ファンだったらーちゃんは、
何度も、ぼくを野球場へ連れて行ってくれました。
オリックスは当時、神戸を本拠地としていて。
グリーンスタジアムと呼ばれていた球場は、
とても雰囲気のいい場所でした。

野球について何も知らなかったぼくは、
どういう理由でみんなが、
喜んだり、悔しがっているのか、
ぜんぜん分かりませんでした。
でも、その場の空気はすごくよくて、
スポーツを観ることは楽しいものだと、
直感的に思ったんです。

数日後、ぼくは『こち亀』に続いて、
プロ野球選手名鑑という本をおねだりしました。

日本には12球団もチームがあるということ。
それぞれにたくさんの名プレイヤーがいて、
お給料をこんなにもらっているのかということ。
家族構成まで書いてあって、
「なるほど、子だくさんな選手なんだなぁ」と、
小学生ながら感心したり。
地元が一緒の人がいたら、応援しようと決めてみたり。

まるで、漫画のファンブックを読むように、
ぼくは、たくさんの選手の顔と特徴を
覚えるようになりました。
同時に、テレビで野球中継をみるようになり、
ルールも勉強していって。
ついに、らーちゃんと野球の話をできるぐらい、
詳しくなってしまったんです。

そうしたら今度は、
じいちゃんまで一緒になって、
野球の話をぼくにするようになってきて。
プロ野球ファンふたりの英才教育を受けたぼくは、
気がつけば、戦前の名選手のことまで語れる
ちょっと変な小学生になってしまいました。

「あっ、あれは地元がいっしょの選手や」

「あの人は、2人娘がいて、ぼくと誕生日が一緒の人だ」

「釣りが趣味やったな、あのピッチャー」

ルールと、選手の特徴を知ってから、
野球観戦はもっと楽しくなりました。

いろいろ考えることが増えて、
応援する理由も増えていって、
たのしいの幅がぐんっと広がっていくのを感じて。
行くたびに、どんどん楽しくなりました。

晴れた日曜日。
たくさんの人が、おそろいのユニフォームを着る。
応援グッズをもって、音を鳴らす。
すばらしいプレーが出たら、みんなで喜ぶ。
打たれたら悔しがって、「がんばれ」と声援をおくる。
おなかはそんなに減ってないのに、気づいたら、
売り子さんから飲み物や食べ物を買っていて。
試合が進むにつれて、
勝つのか負けるのかを意識し始める。
チャンスとピンチのくりかえしに、
じょじょに緊張感は増していく。
勝った日は、チームの歌を口ずさみ、
負けた日は、それはそれでいい休日だったと言い聞かせ、
ちょうどいい疲労感で家へ帰る。

野球観戦は、いまでもぼくの大好きな遊びです。

関西は、やはり熱狂的な阪神ファンが多いです。
だから、他のチームのファンは、
ちょっと肩身がせまそうにしていました。
でも、らーちゃんはずっと、
オリックスとカープを応援してきた。
なんで阪神じゃないのか。
その頃のぼくは不思議がっていましたが、
いまならその理由がわかる気がします。

たぶん、
みんながみんな当然のように、
生まれた地域で応援する球団を決めていることが、
ちょっとだけ面白くなかったんじゃないでしょうか。

自分が好きなものと、
みんなが好きなものが違っていても、
そんなの関係なし。
好きな球団を堂々と応援したらいいし、
好きな音楽を聴けばいい、漫画を読めばいい。

好きなものを自分で見つけた人には、
一本の芯みたいなものが、
あったりするのかなぁと思います。

らーちゃんが野球を知った時、
ちょうど、広島が黄金期をむかえていたこと。
オリックスが、とてものびのびとしたチームだったこと。
何かを好きでいることは、
周りの目なんか、気にしなくていい。
もっと自分本位で、
人は好きなものを持っていいんだなぁと、
最近よく思うんです。

あるとき、試合前の練習時間。
らーちゃんとぼくは大急ぎで球場を走っていました。

向かう先では、当時の近鉄バッファローズの選手が、
ファンサービスでサインを書いてくれていたんです。
ただ、あまりにも突然の出来事だったので、
色紙やボールを持っていなかったぼくたち。

「駿くん、ちょっとTシャツぬいで!」

らーちゃんは、ぼくが着ていた、
球場で買った『ドカベン』のTシャツを脱がすと、
人ごみに走って行きました。

しばらく一人で待っていると、
サインの入ったシャツを片手に帰ってきて。

「あのピッチャーは大塚といってね、
来年メジャーリーグに挑戦すると思う、
いい選手のサインをもらえたね」

興奮しながら、説明をしてくれました。

ぼくが、はじめて野球選手に
サインをもらったときの服装は、
下は短パンで、上半身は裸でした。
さむかったなぁ。
 

そうそう。

らーちゃんは、いつも野球カードを買ってくれました。
グッズ売り場のレジのところにおいてある、
一袋に5枚カードが入ったやつです。
球場で一緒にあけて、見せあって、
何が入っていたか報告するのが楽しかった。
好きな選手がでたら交換なんかもしてました。

ある日、ぼくが買ってもらったカードの中に、
シリアルナンバーが入ったものが出てきたんです。
いわゆる、レア物です。
実際に選手がつかったバットの欠片がはさんである、
すごく貴重なものでした。

「うぉ!」

らーちゃんは、言葉をもらしました。
そして、ちょっとうらやましそうな顔をしました。
ぼくは、それを見逃さなかったです。
そりゃそうですよね。
ぼくよりずっと長い間、野球が大好きだから。
でも、そこはやっぱり大人です。
ぐっとこらえて、
帰りに、保護用のケースをくれました。
もっと自慢すれば、面白かったかもなぁ。

それから数年たって、
今度はぼくが、らーちゃんの息子である、
従兄弟を甲子園に連れて行ってあげました。

そこでぼくは、野球のカードを買ってあげて。
あの頃とおなじように、
一緒にひとつずつあけました。
すると、その子が選んだほうから、
選手の直筆サインが入ったカードが飛び出したんです。

「うぉ」

ぼくは、あの頃のらーちゃんと、
おなじようなリアクションをしてしまいました。
だけど、ぐっとこらえて保護用のケースをあげたんです。
だって、ぼくは、とっくに大人だったから。
うらやましくても、それがバレないように、
「おめでとう!」とか言ったりして。
ほんと、無欲って恐ろしい。
あぁ‥‥うらやましかったなぁ。

カードとおなじように、
らーちゃんの家には、
たくさんのプロ野球選手のサイン入りグッズがありました。

野球を知らない頃は、
そのすごさが分からなかったんですが、
いま考えると、そうそうたる名選手たちの
サイン入りグッズが並んでいました。
そのほとんどが、
さっきの大塚選手のように球場へ通って、
自分の手でもらったものだったそうです。
時には、二軍の球場まで行って、
これから出てくるだろう選手を探して
活躍するのを心待ちにしていたみたいで。

 

「この人は、きっとすばらしい選手になる」

 

らーちゃんの丸いメガネの奥が、
きらりと光ったひとりに、
鈴木という選手がいました。

その選手と、ぼくのおじさんの話は、
大好きな話で。
つぎは、それを書きますね。

(つづきます)

第3回 鈴木一朗という人。