その4
シャツ工場のひみつ[2]

今回の「ほぼ日×伊勢丹新宿店×HITOYOSHI」の
白い綿シャツの生地をつくってくださることになった
浜松の産元・フジボウさんを訪れた私たち。

担当の富永二郎さんに、
今回使う綿のことをいろいろお聞きしています。

原綿はエジプトの「ギザ88」。

それをリラックスさせるところから
糸づくりが始まるというのですが、
話をもどして、その「ギザ88」って
どういう綿なんでしょう?

「ギザ88は、いま、ほとんど採れない綿なんです」

えっ。いきなりそんな。

「というのも、メンデルの法則ってありますよね。

いま、ギザ88は5世代前に
先祖返りしちゃっているんです。

それは自然の法則なので仕方がないんですが、
高級な生地として、たいへん有名になっていたので、
業界的には、ちょっと困ったことになっているんです。

そもそも、エジプトの中央研究所というところで
綿の研究をしているんですけれど、
そこで88番目に名付けられたのがギザ88です。

たいへん生産性がわるくて、
イタリアのメーカーなどは畑ごと買い付けて、
いくらでも払うからつくってくれ、
というような綿になっています。

それほどまでにして欲しい理由は、
この綿じゃないとできない生地があるからです。

エジプト綿の特徴は、繊度はさほど細くなくても、
繊維長がそこそこあって、強力(きょうりょく、
あるいは、きょうりきと読むそうです。

糸の強さのことですね)があること。

なかでもギザ88は、その強力であるとか、
繊度の細さだとか、繊維長の長さといったことに
優れているんですね。

ちなみに、世界で2400万トン採れる綿のなかで
超長綿といわれるものは50万トンほど。

48分の1ほどです。

さらにそのなかで、ギザ88は、300トン。

たったの9%なんです。

もちろん将来、品種改良がすすんで、
またギザ88ができたり、同等品質の綿が生まれたり
するとは思うんですけれど、現在はそうなんですよ」

‥‥そんな稀少な綿が、どうしてあるんですか。

「それはですね、もう何年も前から、
これから先、ギザ88は少なくなるという情報を得て、
世界の各港に残っている綿を探したんです」

なんと! 出荷されずに、買い手もつかずに
残っていたギザ88を探したってことですか。

ああ、すごい。この「白いシャツをめぐる旅。」、
エジプトや、世界各地の港まで行ったんだ‥‥!
(ぼくらは行ってませんけど。)

かちんこちんの綿が、布になるまで。

さて、ここから先、ぼくらはかなりじっくりと
「原綿が糸になり、布になる工程」を
教えていただきました。

くわしく説明していると
連載があと10回必要になるので、
早足でいきますが、それでもたっぷりあります。

興味のあるかたはおつきあいください。

ざっと流して呼んでいただいても、
「そうか、こんな手間をかけてつくられているんだなあ」
ということだけはご理解いただるんじゃないかな。

紡績工程

1)混打綿工程

エジプトや各国の港から船で届いたギザ88は、
高圧で圧縮されて、かちんこちんに固められた状態です。

これを、フジボウでは、大分の工場に運び、
糸にすべく、加工をしていきます。

まず、圧縮梱包された原綿を開梱。
「混打綿」(こんだめん)という工程で、
叩いて(必要ならば綿を混ぜて)
ときほぐしていきます。

こんだめん、というのはなんだか
おいしいラーメンの名前みたいですけど、ちがいます。

この過程で、大きな雑物を除去して、
シート状にして巻き取ります。

ちょっとフェルトみたいな感じになるそうです。

2)梳綿工程

りゅうめん、と読みます。

やっぱりおいしそうです。

ワイヤーで、繊維を1本1本に分解します。

このときさらにこまかな雑物や、短い繊維を
取り除くことが出来ます。

長い繊維だけを平行にそろえて、
紐状にまとめます。

3)精梳綿工程

せいりゅうめんです。

おいし‥‥(もういいですか、そうですよね)。

梳綿工程で除去されなかった短い繊維や、
夾雑物を採りのぞき、
残った長い繊維を、均整・平行に引き揃えます。

4)練条工程

紐条にまとめた繊維を6本あるいは8本まとめて
引き伸ばしていきます。れんじょう、と読みます。

ここで繊維がまっすぐになり、まだらがなくなります。

5)粗紡工程

文字通り「粗く紡ぐ」工程です。

綿をさらに引き伸ばして、筒状に巻き取ります。

ここでできるものが「篠」(しの)です。

6)精紡工程

篠をさらに引き伸ばして、
紡ぎ出した糸に撚(よ)りをかけながら、
ボビンというちいさな筒に巻き取ります。

これで「管糸」ができます。

7)仕上げ工程

精紡工程で巻き取られた糸を十数本合わせて、
織機にかけやすい形にします。

巻き取ったものはその形から「チーズ」と呼ばれます。

‥‥ざっくり説明いたしました。

そしてみなさん覚えておいででしょうか、
HITOYOSHIの松岡さんが言った
「セイボウコウネンシ」という謎ワード。

これは、6のなかで行われるスペシャル工程です。

セイボウコウネンシは「精紡交撚糸」と書きます。

ここで完全な糸になる一歩手前の状態で、
2本の粗糸を撚り合わせて1本の糸にするのです。

「つまり、双糸に近い単糸をつくるんですね。

なぜそんなことをするのかというと、
完全にできあがった糸を2本使うよりも、
途中工程のものを使うことで、
より均一な、むらのない、光沢のある、
毛羽も少ない糸ができるからです。

ひとつ工程を省くために、
アタッチメントの付け替えが必要で、
生産能力が半分になってしまうのですが、
夏の綿のいいシャツ生地をつくりたいということですから、
あえてそういう方法をとっているんです」

な、なるほど!

セイボウコウネンシにはそんな意味があるんだ。

さて、さらにこれを「布」にします。

織り工程

1)糊付け

綿糸は糸の毛羽があり、細いぶん強さがなくなりますから、
高密度の織物をつくるためには
まず補強するための糊をつけます。フジボウさんでは、
ほんとうのでんぷんの糊を基本にして、
合成糊を混ぜているそうです。

2)経通し(へとおし)

織機で織るために、糸を「ドロッパー」
「ワイヤーヘルド」「筬(おさ)」という
3つの部品に通します。

これは世界的にみても、人の手による仕事。

生地の設計図(というものがあるのです)にしたがって、
今回の生地で言うとなんと「7120本」の経通しを
職人さんが行ないます。

熟練の職人さんが1日8時間やっても、
まる2日かかるほどの仕事です。

糸や布をつくる工程は、
いまもこうして手工業の部分が残っているんですね。

晒し工程

1)毛焼き工程

できあがった布は、晒し工程にすすみます。

まず最初に、毛焼き。すべすべの触感にするためです。

織物をシート状で機械に通し、
上下からガスバーナーでギリギリ、毛だけを焼きます。

綿がやけどしないよう、ほんとうにギリギリのところで
行なっているそうです。

ちなみにここからの工程は、フジボウさんの場合、
以前は自社工場でしたが、いまは
「鈴木晒」さんというところに委託しています。

加工所としてはトップクラス。

そして鈴木晒さんのいいところは、
綿にストレスを与えない工夫をしていることです。

通常、一気に最終工程までを行なうところを、
ひとつひとつの工程のあいだに、綿を休ませます。

ずっとテンションのかかった状態から、
「リラックス」させるわけですね。

2)洗い工程

糊をとるため、洗いにかけます。水洗いです。

3)精練漂白工程

過酸化水素で「白く」する工程です。

この段階で行なうことを「後晒し」といいます。

糸の状態で晒す「先晒し」という方法もありますが、
そうすると途中に古綿が混入したり、
汚れがついてしまう可能性があり、
最後に一気に白くするほうが、ドレスシャツの
グレードの高いゾーンの生地には向いているそうです。

4)シルケット加工

「マーセライズ」とも呼ばれる加工です。

ドレスシャツと呼ばれるシャツの生地は、
世界中ほとんど、シルケット加工がされています。
これは、最初はふわふわのコットンボールが、
船で運ばれ、糸になり、布になる過程で、
押しつぶされてしまいます。

これを苛性ソーダ溶液に浸すと、綿が膨張、
ほんらいの膨らみを取り戻した状態になります。

これには防縮効果があり、
シルクのような光沢ができるため
「シルケット」と呼ばれています。

5)ダウンプルーフ加工

金属の大きな円柱に生地を巻いて、
圧力をかけて目をつぶします。

こうすることで生地が平準になり、
やわらさかとともに、より光沢が出るようになります。

「リラックス」させた綿にもういちど緊張感を与えますが、
シャツ地としての「きりっと感」が出るのですね。

‥‥ああ、すごい。

ぜんぜん知りませんでした。

「白いシャツをめぐる旅。」も3年目になるというのに
肝心の生地のことを知らなかった。

昨年HITOYOSHIさんの縫製工場で
「こんなに手づくりなんだ!」と驚きましたが、
そもそも、綿花栽培から糸づくり、布を織るところまで、
綿のシャツって、ずいぶんと
「人の手」が入っているんだなあ。

富永さん、そして鈴木晒の内海晴崇さん、
ありがとうございました!

ちなみに「白いシャツ」の「白」。

これが「どんな白なのか」ということについては、
HITOYOSHIのみなさんも、伊勢丹のみなさんも、
「ほぼ日」のぼくらも、いろいろ考えました。

じつは世の中の「白い生地」というのは、
「白で染めている」‥‥と聞くと驚きますよね。

でもそうなんです。

もともとの綿は真っ白じゃないですから。

HITOYOSHIの松岡さんは言います。

「白度を求めようとすると、
それなりの染料や蛍光増白剤が必要になります。

でもフジボウさんといっしょに作ったこの生地は、
白さを求めるより、綿の風合いを重視しています。

ですから晒しの工程をしっかりして、
蛍光増白剤は少なめにしています。

そうすると、真っ白、というよりは
ほんのりオフホワイトになる傾向があります」

そうして今回、みんなで考える『白』は、
そこに落ち着きました。

コットンのシャツは、
ほんのちょっぴりオフホワイトの、
ギザ88を使ったオックス。

これで、

◎レディス丸襟シャツ

◎メンズラウンドカラーシャツ

をつくります!

さて次回(6/15更新)は、
イタリア・アルビニ社のリネンについて
エンリコ・デ・ピエリさんにうかがったお話です。

おたのしみにー!

2017-06-14-WED

<いままでの更新>

▶︎その1 ことしの旅がはじまります。

(2017-06-09-FRI)

▶︎その2 いまほしいのはこんなシャツなんです、HITOYOSHIさん。

(2017-06-12-MON)

▶︎その3 シャツ工場のひみつ[1]

(2017-06-13-TUE)

▶︎その4 シャツ工場のひみつ[2]

(2017-06-14-WED)

▶︎その5 イタリア・アルビニ社のリネンをつかおう。

(2017-06-15-THU)

▶︎その6 Ataraxiaという、あたらしいブランドと成田加世子さんのこと。

(2017-06-16-FRI)

▶︎その7 吉川修一さんのSTAMP AND DIARYは、ことし。

(2017-06-17-SAT)

▶︎その8 シャツにあわせるカーディガンのこと。

(2017-06-18-SUN)

▶︎その9 あのすごい肌着を、ふたたび。ma.to.wa.の恵谷太香子さん。

(2017-06-19-MON)

▶︎その10 旅とシャツ。HITOYOSHIシャツ吉國武さん。

(2017-06-20-TUE)