その3
シャツ工場のひみつ[1]

伊勢丹のレディスウエアのバイヤーの
佐熊さんが言いました。

「ことしの白いシャツは、いままで以上に
いい素材を選びたいんです」

もちろん昨年までにつくったシャツも、
素材は徹底して考えてきました。

でもことしは6月スタート。

それを考えると、肌ざわりや、着心地が
より「夏にも快適」である必要がありそうだ、
ということなのです。

「そうなると、素材からきちんと見直したほうが
いいと思うんです」
その意見、もちろん賛成です。

ミーティングを重ね、
麻とコットンの両方を使おう、
というところまで決まったとき、
麻は、以前お世話になった
イタリア・アルビニ社のものがいいだろう、
と、スムーズに意見がまとまりました。

1876年創業のアルビニ社は
最上級のシャツ生地メーカーとして
世界的に知られています。

フランスのノルマンディ地方でつくられた麻を
イタリアのベルガモ地方にはこび、
糸づくりから布づくりまでを
一貫しておこなっていて、
その品質は、伊勢丹のみなさんも、
全幅の信頼をおいています。

では、コットンは──?
これについては、それぞれが思っている
「上質さ」をすりあわせる必要がありました。

そこで、チームの誰よりも「シャツ生地」に詳しい
HITOYOSHIシャツの松岡さんが、
「上質な白い綿シャツの素材、
ということであれば、
このあたりはどうかなと思いました」
と、サンプルをたくさん持ってきてくださり、
あるていどの絞り込みができている状態から
スタートをすることができました。

HITOYOSHIはシャツのメーカーですが、
素材のメーカーではありません。

逆に言うと、いろいろなメーカーの
たくさんの素材をこれまでに見て、
じっさいに製品にしてきたという経験があります。

その松岡さんが持ってきたサンプルの布はじつにさまざま。

どれもこれも、シャツにしたらよさそう、
というものばかりでした。それでも、
「このくらいのしっとり感がいいんじゃないか」
「むしろこれくらい、さらりとしていたほうが?」
「肌理はこまかいほうが」「いや細かすぎると」
などなど、いろんな感想が出て、
(かなり長い時間をかけてのことでしたが)
その結果、ひとつの素材に行き着きました。

それは、毛羽立ちが少なくすべすべしていて、
ほどよい光沢と弾力があり、
「白さ」もとても上品な生地でした。

「これですよね」

「これしかないですね」

「やっぱりこれでしたか」

「決まりでしょう!」

「松岡さん、これがいいです!」

「なるほど、これですね。
これは、フジボウ、というところでつくっている
シャツ用のコットン生地です」

そう、松岡さんは言います。

「使っている綿は、ギザ88というエジプト綿です。

それを日本に持ってきて、生地にするんです」

ああ! これが有名なギザ88!

「フジボウさんって、ちょっとすごいんですよ。

創業120年になる老舗の企業で、
『○○ボウ』というふうに名前がついている
8大紡績と言われた会社のうちのひとつです。

綿(わた)そのものは外国から買い付けてきますが、
糸をつくるところから、布に仕上げるところまでを
国内で行なっているんです。

熟練の職人さんがチームをくみ、
すぐそばにある晒(さらし)の工場とも連携して、
古い機械をつかって、おそろしく丁寧に、
シャツ用の布づくりをしています。

いわゆる高級シャツの生地です。

こまかいことを言うと、
糸はギザ88を原綿に、
セイボウコウネンシを2本合わせて1本にしています。

それをさらに2本引きそろえた
ナナコオックスという生地なんです。

しかも織り上がった生地はケヤキをしてから
セイレンヒョウハクコウテイを経て
シルケット加工をしています。

しかもアトザラシですよ。

ああ、もう、どうです、すごいでしょう!」

‥‥ごめんなさい松岡さん、
うれしそうなのは理解しましたが、
なにをおっしゃっているのかぜんぜんわかりません!

「あ、すみません。ちょっとマニアックになりすぎました。

ともかく、これ、いい生地なんです。

今回、みなさんから『白』で
『素材重視』がテーマだとお聞きして、
だったらフジボウさんしかないぞって、
ぼく、じつは、思っていたんですよ。よかった!」

なるほど。では、フジボウさんに
この布のストックがあるかどうかを訊いて、
そこからシャツをつくるということですね。

「いえ、ちがうんです。フジボウさんは、
こちらの希望に則した布をつくってくれる会社です。

あのブランドや、あのブランドも、
フジボウさんにお願いして、シャツの生地を
いちから、つくってもらっているはずです。

そしてこのサンプルは、
以前HITOYOSHIで扱ったことがあるなかから、
『こういうことじゃないかな』とえらんで、
用意してもらったものなんです」

えっ! なんと!
生地って、街の生地屋さんにあるように
(その何百倍も大きなストックのなかから)
買ってくるものかと思っていました。

「そうだ、生地ができあがる工程って、
とても興味深いですよ。

さきほど申し上げたようなややこしい工程がありますが、
ぼくが説明するよりもわかりやすいはずなので、
一緒に工場見学に行きませんか?」

行きます行きます!
で、どこでしょう。

「浜松です」

そうしてわれわれは
浜松に向かうことになったのでした。

いざ、浜松へ!

東京から東海道新幹線にのり、
横に長い静岡県を横断し、浜松へ。

それにしても、浜松なんですね。

浜松といえばヤマハとかスズキ、
楽器やオートバイといった工業のイメージがありますが、
そっか、織機での布づくりも工業だ。

そういえば「遠州織物」という言葉は
聞いたことがありますよ。

「そうなんです。浜松というのは、泉州(大阪)、
三河(愛知)とならぶ、綿織物の産地なんです」

そうおっしゃるのは、私たちを迎えてくださった
富永二郎さんです。

富永さんは、フジボウで長く
シャツ生地づくりを手がけてきたひと。

超のつくベテランです。

さすがシャツ姿がさまになってる!

「もともとこのあたりは綿花の産地でした。

ほかの産地と同じくらいの売上規模があり、
就業人口もひじょうに多かった。

環境がいいんですよ。肥料と、気候と、日光、
綿花栽培にいい条件がそろっているんです」

そういえば、浜松って野菜やフルーツもおいしいです。

日照時間が長いので、いい作物が育つんだそうです。

「そうですよね、日照時間は日本で1、2を争います。

瀬戸内なみに、日があたるんです」

繊維の産地で、繊維専門の商社
(産元=さんもと)として機能しているフジボウは、
HITOYOSHIの松岡さんが教えてくださったように、
「ほぼ全部が、注文生産」。

ほかの紡績会社は、国内に自家工場を持っていても、
ほとんどが海外工場を使うようになっているなか、
この業態をとっているのはもはやフジボウだけなのです。

織った布を加工するのではなく、
糸づくりから考えることができるため、
アパレルからの「こういう生地をつくりたい」という希望を
きくことができるのですね。

松岡さんが言います。

「フジボウさんは、綿にどれだけリラックスさせるか、
ということを、ひとつのテーマとして追求しています。

それっておもしろいと思いませんか。

夏の白いシャツの生地が『リラックスした綿』というのは、
とてもいいと思ったんです」

リラックス? 綿を? どういうことなんでしょう。

富永さんが言います。

「そもそも、今回使われる生地の原料の綿は、
エジプト産の「ギザ88」という種類の綿です。

いまはたいへん稀少になっている綿ですが、
それはともかく、効率良く運ぶために
原綿をもうガッチガチに包んで船に乗せられます。

かちんこちんです。

そうとうなストレスがかかっているんです。

それをほぐしてあげるところから、
糸づくりがスタートするんです」

それは、なんだか、壮大な話になりそうな予感。

次回(6/14更新)につづきます!

2017-06-13-TUE

<いままでの更新>

▶︎その1 ことしの旅がはじまります。

(2017-06-09-FRI)

▶︎その2 いまほしいのはこんなシャツなんです、HITOYOSHIさん。

(2017-06-12-MON)

▶︎その3 シャツ工場のひみつ[1]

(2017-06-13-TUE)

▶︎その4 シャツ工場のひみつ[2]

(2017-06-14-WED)

▶︎その5 イタリア・アルビニ社のリネンをつかおう。

(2017-06-15-THU)

▶︎その6 Ataraxiaという、あたらしいブランドと成田加世子さんのこと。

(2017-06-16-FRI)

▶︎その7 吉川修一さんのSTAMP AND DIARYは、ことし。

(2017-06-17-SAT)

▶︎その8 シャツにあわせるカーディガンのこと。

(2017-06-18-SUN)

▶︎その9 あのすごい肌着を、ふたたび。ma.to.wa.の恵谷太香子さん。

(2017-06-19-MON)

▶︎その10 旅とシャツ。HITOYOSHIシャツ吉國武さん。

(2017-06-20-TUE)