矢吹申彦さん、仲畑貴志さん、浅葉克己さんに訊く 土屋耕一さん の 食・顔・文字。
仲畑貴志さんや糸井重里など 「コピーライター」という職業を ひろく一般に広めた世代の「先輩」として 土屋耕一さんという人が いらっしゃるということは知っていました。 そのコピー、そして回文などの作品も すごいなあ、おもしろいなあと思っていましたが、 「コピーライターといえば  仲畑さんや糸井」という世代からすると 「土屋耕一さんその人」は なぜだか、どこか、ミステリアスに感じます。 そこで、ご本人を知る三名の方に 土屋耕一さんのことを、たずねて来ました。 矢吹さん、仲畑さん、浅葉さんが語る 「土屋耕一さんの食・顔・文字」のこと。 それらをつうじて 土屋耕一さんという人の「輪郭」が ゆっくり あらわれてくるような取材となりました。 おひとりずつ順番に、更新していきます。
 
目次   矢吹申彦さんに訊く、土屋耕一さんの「食」
  前編 牡蠣の鍋、魚の蒸し物、中国茶。
  後編 「暮らし」の人。
   
  仲畑貴志さんに訊く、土屋耕一さんの「顔」
  前編 ハンコみたいな人。
  後編 土屋さんって、免許持ってた?
   
  浅葉克己さんに訊く、土屋耕一さんの「文字」
  前編 オトコ大根。
  後編 ふうせんのような人。
 
矢吹申彦さんに訊く、土屋耕一さんの「食」  前編 牡蠣の鍋、魚の蒸し物、中国茶。
── 矢吹さんの『矢吹申彦風景図鑑』のなかで
土屋耕一さんが矢吹さんのことを
「フランス料理の、
 ヌーヴェル・キュイジンの話題にしても、
 こちらの寿司屋の評価にしても、
 そんな会話でいっぱいやれる友って、
 彼のほかにはそうはいないもの」と‥‥。
矢吹 ふふふ。
── ‥‥書いてらっしゃるくらいですから、
矢吹さんは、土屋さんとよくお食事を?
矢吹 そんなにしょっちゅうではないですが
定期的に、
ご一緒していた時期がありました。

外へ食べに行くときには、
わりと‥‥中華料理が多かったかなあ。
── 土屋さんに、お料理をふるまったりとかは?
矢吹 ないの。
── あ、それは意外な感じが。
矢吹 そのかわり、
ぼくには「土屋さん直伝の料理」があるの。
── え、矢吹さんのレパートリーに?
矢吹 うん、この本(『おとこ料理讀本』)にも
載せたんだけど‥‥
土屋さんの家に、うかがったときにね。
── ええ、ええ。
矢吹 ぼくは、妻と一緒だったのかな。

ちょっと帰りが遅くなりそうだったんで
「食べてく?」って、
つまり、そういう予定じゃなかったのに
食べさせてくれたんです。

それが、かんたんなお鍋でね。
── お鍋、ですか。
矢吹 土鍋に、薄味のお醤油味の出汁を入れて
生の牡蠣と春菊。それだけ。
── ‥‥シンプルですね。
矢吹 ようするにね、
牡蠣を「しゃぶしゃぶ」っと、するんだ。
── あ、なるほど。
矢吹 出汁そのものはちょっと濃いめにして
お醤油は薄味のもの。

そこに、しゃぶしゃぶしゃぶ、とね。
ともかく牡蠣と春菊しか入れないの。
── なんだか、とても豊かな感じがします。
矢吹 食べるときには
ちょっと、一味唐辛子を振るんですね。

もうそのとおり真似してやってますが
これが、本当においしくて。
── へぇー‥‥。
矢吹 お住まいのあった荻窪からわざわざ
下北沢の店まで行って
生食用の牡蠣を、買ってきてたみたい。
── 材料にも、こだわりがあったんですね。
矢吹 なにしろ「そういう料理」ですからね、
それは、そうでしょう。

でね、そのお鍋とお酒を出してくれて‥‥
他には何が出たか、忘れました。
── それほど、印象的だったんですね。
矢吹 うん、だってそれ以来、
ずうっと真似してやってるんですから。
── お気に入りになってしまったと。
矢吹 「土屋さんに教わった鍋なんだ」って
みんなに教えてるほどです。
── 食べてみたいです。
矢吹 何だか、ぼくたちがお宅にうかがった
ちょうどその日に
下北沢のお店で買ってきてたんだって。

「貝屋」って言ったかな。
── ええ、ええ。
矢吹 そこ、ぼくもときどき行く店なんだけど、
間口1間のちいさなところでね。
── はい。
矢吹 つまり、せっかく食べようとしていたら
ぼくたちが行って、
それで、はんぶん食べられちゃった(笑)。
── どういう由来のお鍋なんでしょう。
矢吹 それが、何の説明もないんですよ。

誰から教わっただとか、
あるいは、土屋さんが発明したのだとか、
まったく説明なし。

ただ、「おいしいだろ?」って顔をする。
それだけ(笑)。
── 土屋さんって、
量をたくさん食べるほうでは‥‥。
矢吹 なかったよね。

たとえば、伊丹さんは「料理」となると
つっこんでいくでしょ、どんどん。

でも、土屋さんの場合は
「これはいいね」くらいしか言わないの。
── そうなんですか。
矢吹 何も言わずに、おいしいもの食べてるって感じ。

‥‥ああ、そうそう。

また別のとき、お宅へ遊びにうかがったら
お茶を淹れてくれたんです。
── ええ。
矢吹 中国茶をね。

ぼくが興味を持って
「どういうお茶なんです?」って聞いたら
「知らないの?」なんて言って、
こんなガラス瓶に入ったお茶っ葉を出してきて
「香港で買ってきてんだ」って。
── 香港。
矢吹 で、「香港は、すごくいい」って言うの。
── へぇー‥‥。
矢吹 だから、それ以来なんです。

ぼくが、十何年も
香港に通い詰めることになったのは。
── え、十何年も!?
矢吹 そう、買い物をしにね、食材とか。
── 香港に、十何年も、食材を買いに?
矢吹 もう、いちばん行ってるときなんかだと
1年に4回くらい。

こーんなに大きなトランクにはんぶんも
お茶っ葉を詰めて帰ってきたり。
── はあー‥‥。
矢吹 後年になって、土屋さんが
しばらく香港へ行ってないなあって言うから
ぼくは旅慣れたつもりになってて、
「じゃ、行きましょう」って、行ったんです。
── ご一緒に。
矢吹 香港には、伊勢丹があるでしょう?

で、土屋さんは
伊勢丹の広告をやっていたでしょう。
── はい、イラストは矢吹さんですよね。
矢吹 みんなで、いちばんいいレストランに行って
「こちら伊勢丹の重役」って
土屋さんのことをウソ言って紹介したんです。
── おお(笑)。
矢吹 そうしたら、別に頼んでもいないのに
いちばん高級な、
幻の魚みたいなのが出てきちゃったの。
── 幻の魚!
矢吹 うん、なかなか獲れないような
ネズミハタとか
ナポレオンフィッシュみたいな魚でね。

ソウメイって言ったかな?
黙って、それが出てきちゃった(笑)。
── はー‥‥、おいしかったですか。
矢吹 それはもうね。
でもあれ、そうとう高かったはずだよ。
── そういうときって
土屋さんはどんな顔をされてるんですか?
矢吹 まあ、何というか、そういう顔(笑)。
── ちなみに香港では、他に、どんなものを?
矢吹 ハムユイなんか、よく買ったよね。
── ハムユイ?
矢吹 内臓を抜いて発酵させて干した魚が
あるんですけど、
それを、香港へ行ったら
必ず何匹か買って帰ってきてました。
── 食材としては、どういうものなんですか?
矢吹 これがまたね、ものすごく「くさい」んだ。
日本のくさやより、くさいほど。
── え。
矢吹 でも、おいしいんですよ。

もっとも、そのままじゃ食べられないから
あれは、油で焼いて、
ほぐしてチャーハンなんかにするといいな。
── そんな香港通いのきっかけになったのが
土屋さんの淹れてくれた、一杯の中国茶。
矢吹 そう。思えばね、そうなんですね。
<後半につづきます>
 
2013-05-08-WED
 
 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN