矢吹申彦さん、仲畑貴志さん、浅葉克己さんに訊く 土屋耕一さん の 食・顔・文字。
 
仲畑貴志さんに訊く、土屋耕一さんの「顔」  前編 ハンコみたいな人。
仲畑 ま、ハンコやね。
── ハンコ?
仲畑 土屋さんの顔はね、「ハンコ」です。
── はー‥‥。
仲畑 ほら、「土屋」と書いたハンコみたいな、
そういう感じするじゃない、あの顔。
── 言われてみると、たしかにそんな感じが。
仲畑 一歩引くタイプの人なのに、
コピーライターが集まる会合なんかでも
なぜだか目立つんだ、あの人。

「あ、いるな」って。
── そういう意味でも
「ハンコのような、お顔であった」と。
仲畑 たぶん、顔だけじゃなくて、
あの人の場合は
その印象が、すべてに通底してたと思うよ。
── すべて、といいますと?
仲畑 つまり、どの角度から見ても、
どの局面にあっても、実に「土屋耕一」なの。
── そうなんですか。
仲畑 人間というのは
「正面から見たとき」と「後ろ姿」って
ちょっと
印象が違ったりすることもあるけど
土屋さんの場合は
前から見ても、後ろから見ても
やっぱり「土屋耕一」だった気がするね。

それが、おもしろいところ。
── なるほど、なるほど。
仲畑 あと、人の顔の絵で、
「上下をさかさまにひっくり返したら
 別の顔に見える絵」ってあるでしょ。
── ええ、だまし絵みたいな。
仲畑 その絵のことを、いつも思い出してたな。
土屋さんの顔を見ると。
── つまり‥‥。
仲畑 「前と後ろ」だけでなく、
「さかさにひっくり返しても、土屋さん」
なんだよね。
── あらゆる意味で「ハンコ」なんですね。
仲畑 そう。からだ全体ハンコや、あの人は。
── おもしろいです(笑)。
仲畑 具体的なパーツもさ、目、鼻、口、眉毛‥‥
「道具立て」が、どれも強いよね。

とくに、目が象徴的だけど。
── ええ、すごく魅力的なお顔だと思います。
仲畑 キャラクターあるんだよ。どんぐり眼で。
── 矢吹申彦さんも
「あの目にギロッと覗かれると
 タジタジしちゃう」
みたいなことを、おっしゃっていました。
仲畑 直截な目をしてるもんね。
── はい。
仲畑 とにかく、土屋さんの顔について言うなら、
「悪いことしそうにない」ってこと。

そういう風に思わせる顔‥‥というような。
── ご本人の性格も
そのような感じだったのでしょうか。
仲畑 うん、そうだと思う。

ようするに、粋でおしゃれな人じゃない。
心のなかまで。
── いろんなお話を聞くと、そのようですね。
仲畑 そういうのって、やっぱり顔に出るでしょ?

だいたいさ、悪いことを考えてるやつって
ウ◯コみたいな顔になってくるんだよ。
── ‥‥ははは(笑)。
仲畑 そういうのがまったくない、土屋さんには。
── でも、粋でおしゃれな雰囲気‥‥というのは
写真などからも、なんとなく感じてました。
仲畑 「野暮が嫌い」で「シャイ」だよね。
── やはり、そうなんですね。
仲畑 これは、口語体を持ち込んだりとか
コピーにも出てると思うけど
「push」じゃなくて「pull」の人だから。

自分を大きく見せたり、
偉そうにするような部分のない人だね。
── 等身大というか‥‥。
仲畑 いや、むしろ、すこし「引いてる」感じ。

でも、それなのに、
顔の印象は強くて「ハンコ」なんだよな。

そこが、不思議なところだよね。
── なるほど。
仲畑 だから、イトイくんにしたって
コピーの作法や
「コピーライター土屋耕一」への尊敬も
当然あると思うけど、
やっぱり、あの人の「状態」にたいして
称賛してるんじゃないかな。
── 状態。
仲畑 うん、「土屋耕一という状態」にたいして。
── コピーライターズクラブでは
仲畑さんの前の会長だったんですよね。
仲畑 そうそう。

土屋さんが会長になったとき、
はじめに、オレがやらされそうになって。

で、イヤだからさ、
眞木(準・コピーライター)くんと
緊急動議みたいに
「土屋さん」って言ったら
「ワーッ!」と拍手が起きたんだよ。
── へぇー‥‥。
仲畑 それで、土屋さんに決まったの。
── そんな経緯があったんですか。
仲畑 やっぱり「会長にふさわしい顔」って
あると思うんだけど、
土屋さんなんて、まさしくそんな感じ。

オレらの気持ちを託せる人、だった。
── そうなんだろうなって、気がします。
仲畑 その昔、オレとイトイくんが
とある「審査員」を頼まれたことがあってね。
── はい。
仲畑 審査員なんてさんざんやってたしさ、
めんどうだからやめとこうと思ったんだけど
結局ね、引き受けたんだよ。
── ええ。
仲畑 その理由は、土屋さんが座長だったから。

そうじゃなかったら
オレはもちろん、イトイくんも断ってたと思う。

土屋さんって、そういうとこあったから。
── 何でしょう、求心力というか。
仲畑 頼まれたら、断れないんだよな。

変な奴にお願いされても
「うるせぇ、バカ野郎、このジジイ!」で
終わりにしちゃうんだけど。
── ‥‥あはは(笑)。
仲畑 でも、土屋さんから頼まれたら
「やらせていただきます」という感じでさ。

そこまで自分が素直になれる人がいるって
やっぱり、ありがたいことでね。
── お聞きしていて、すてきだなあと思います。
仲畑 だから、コピーライターズクラブの連中も
土屋さんにたいしては
みんな、同じような気持ちを持ってると思う。
── そうですか。
仲畑 ふつうにしてるだけで
「ああ、やっぱり土屋さんだな」って思わせちゃう
何かを持ってる人だったから。
── 「土屋耕一」という「スタイル」があった。
仲畑 そうそう、土屋さんの「スタイル」ね。
服装にしたって、いかにも土屋さんらしい。

まあ「土屋さんらしい」という言葉で
土屋さんを表現するのは
おかしいけど
でも、そうとしか言いようないとこあるんだ。
── 『土屋耕一のことばの遊び場。』の箱には
矢吹申彦さんのイラストが描かれているんですが
それは
「シャツの袖口が
 ジャケットからどれくらい出ているかを
 気にしている土屋さんの絵」
なんです。
仲畑 ああ、ああ、おもしろいね。
こうでなくっちゃって美学が、あったんだろうね。

で、その揺るぎない美学は
土屋さんのいろんな部分に反映していたよね。

コピー、ファッション、食い物、いろんな要素に。
── ともかく、あらゆる面で
「土屋耕一」という、確固たる、一貫したものを
お持ちであった‥‥と。
仲畑 それは、そうとう厳しくやってたと思うな。

ただ、その努力じたいは
まわりには見せないよ、かっこ悪いからね。
── 仲畑さんが
土屋耕一さんという人を形容するとしたら、
どういう言葉になりますか。
仲畑 んー‥‥‥‥‥‥。
── ‥‥‥‥‥‥‥‥。
仲畑 チャーミング。
── チャーミング。
仲畑 あのどんぐり眼も、ハンコみたいな顔も
おしゃれなところもみんな含めて、
とってもチャーミングな人だったと思う。

<つづきます>
 
2013-05-15-WED
 
 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN