こんにちは、ほぼ日の奥野です。
シリーズ第17弾の今回は、
広島市現代美術館のコレクション展を取材。
同館は現在、特別展
「被爆80周年記念 記憶と物」を開催中で、
こちらのコレクション展でも、
広島の過去と向き合おうとしています。
被爆・終戦から80年を迎える今年の夏、
広島にある現代美術館として、
どんな作品を、どんなふうに組み合わせて、
ぼくたち鑑賞者に
何を感じさせてくれるのでしょうか。
担当学芸員の竹口浩司さんのご案内で、
会場をめぐっていきます。

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第3回 広島/ヒロシマ。

──
矢印に導かれまして、地下一階です。
テーマは「広島/ヒロシマ」、ですね。
竹口
はい、ここでは制作委託作品を中心に、
そうでない作品も交えて、
「広島/ヒロシマ」を、多角的に
考えてもらえるような構成にしました。
カタカナやローマ字の
「ヒロシマ/HIROSHIMA」になると、
戦争の文脈、
原爆の記憶と強く結びついてきます。
もちろん大切な視点なんですが、
作品にしても、雰囲気にしても、
やはり、どこか重くのしかかってくる。
──
冒頭でもおっしゃってましたね。
竹口
重い歴史や記憶も当然大切ですけれど、
今回はまずそこへ至るために、
あえて「軽やかな作品」を選びました。
余白が多かったり、
線の使い方や、紙の素材感などの点で。
──
最初の方は‥‥外国の作家さん。

テレサ・ドラレヴィッチ《ヒロシマ、私の思い出 1945-2005》2005 テレサ・ドラレヴィッチ《ヒロシマ、私の思い出 1945-2005》2005

竹口
テレサ・ドラレヴィッチの作品ですね。
イタリアの女性作家で、
広島を訪れたさいに感受したものを
シンプルなポスターで表現しています。
ふたりの人間の顔が重なっていて、
泣いてるようにも、無表情にも見える。
線で構成されていて、余白も多い。
長らく展示していなかった作品ですが、
ポスター特有の軽やかさや
親しみやすさを感じる作品なので
今回の展示の導入部に持ってきました。
──
グラフィックデザイナーさん、ですか?
竹口
そうみたいですね。
もともとは広島平和文化センターから
寄贈されたもので、
今回はふたりの人物の顔の
「ふたつの丸」を会場内に散りばめて、
展示室内で
視覚的なつながりを持たせてみました。
──
吉澤美香さんの作品も、独特ですね。
竹口
不気味でもあり、かわいらしくもある。
どこか「生命」を想起させるような
ふたつの物体が描かれています。
その背後にサクランボらしきモチーフ。
不思議な感じがするのは、
キャンバスでなく合成紙に描いていて
つまり、壁の曲線に沿って
展示されているからです。

吉澤美香《を-49》2004 吉澤美香《を-49》2004

──
あー、本当だ。
竹口
絵画というものの
ある種の「物質性」をキープしながら、
紙ならではの柔らかさも、
ここには組み合わせているんです。
──
壁と一体化した感じがおもしろいです。
パリのオランジュリー美術館も、
楕円形に湾曲した壁に
ぐるっとモネの睡蓮がかかってますが、
あそこも展示空間ごと作品みたいな、
独特の感覚がありました。
竹口
そして、そのとなりには、
村井正誠さんの《たくましき人々》を。
こちらも制作委託作品。
抽象的な3つの図形と原色を用いて、
戦争や原爆によって失われた街を
ふたたび立ち上げようと、
必死に立ちはたらいている人々の姿を
原色で象徴的に表現した作品です。

村井正誠《たくましき人々》1988 村井正誠《たくましき人々》1988

──
そう聞くと、そう思えてきますね。
ひとりで観ていたらわからないことも、
こうして
学芸員さんに教えてもらえると、
いっそう作品への理解が深まるんです。
そういうところが
この特集のおもしろいところなんです。
竹口
ああ、そうですよね。
──
前へ進もうとしている人々の姿が、
色やかたちを通して
何となく伝わるような気がします。
そして、青木野枝さん。

コレクション展 2025-Ⅰ 展示風景 コレクション展 2025-Ⅰ 展示風景

竹口
はい、《晴玉》という作品です。
──
この「鉄の輪っか」という作風は、
青木さんならでは‥‥なんですよね?

手前|青木野枝《晴玉》2004 手前|青木野枝《晴玉》2004

竹口
はい。いまや、さまざまな美術館に
作品を収蔵されている作家ですが、
こちらも、
鉄板をくり抜いて輪をつくり、
それらを溶接して組み上げています。
鉄というのは重い素材なんですけど、
青木さんの作品は
どこか「軽やかさ」を感じますよね。
──
はい。いまにも風に揺れそうですね。
鉄なのに。
竹口
空気や風‥‥など、
上昇するエネルギーも感じる作品で、
広島の街に充満していた
上へ向かう力を、
表しているようにも見えます。

手前|青木野枝《晴玉》2004 手前|青木野枝《晴玉》2004

──
その隣にあるのが、
具体の田中敦子さんのドローイング。
もう、ならではの感じが全開ですね。
竹口
はい。田中さんといえば
まず《電気服》で有名な作家ですが、
この作品は
以前の特別展で出品したのが縁で
寄贈されました。
収蔵されてからは、
今回が初お披露目です。
──
田中敦子さんといえば、
カラフルというか
ビビッドな作品をイメージしますが、
この作品は、赤一色ですね。
でも「田中さんだ」ってすぐわかる。
スタイルが確立されているんですね。
竹口
本当に。ただこの作品は
一見「赤一色」に見えるんですけど、
いろんな濃淡の赤があるし、
近くに寄ると、鉛筆の線も見えます。
さざまな赤と線が絡まり合いながら、
ひとつのまとまりをなしている。
紙に描いたドローイングならではの
「やわらかさ」もあって、
先ほどの青木野枝さんの《晴玉》と
並べて展示したい‥‥という
思いつきのような欲が、
この展覧会の出発点にもなっています。

手前|青木野枝《晴玉》2004
奥|田中敦子《1985-7》1985 手前|青木野枝《晴玉》2004 奥|田中敦子《1985-7》1985

──
なるほど、「まる」つながりで。
そのお隣のナンシー・スペロさんは、
すみません、存じ上げませんでした。
竹口
はい、スペロはアメリカの作家です。
レオン・ゴラブと共同で
第3回ヒロシマ賞を受賞しています。
──
ヒロシマ賞。
竹口
核兵器廃絶と世界恒久平和を願う
「ヒロシマの心」というものを、
美術を通して
世界へとアピールすることを目的に、
広島市が
1989 年に創設したものです。
過去に11回、美術の分野で
人類の平和に貢献した作家の業績を
顕彰してきました。
3年に1回のペースで、
2024年に
12回目の受賞者が決まりました。

ナンシー・スペロ《天空の女神、エジプトの曲芸師》1987-1988 ナンシー・スペロ《天空の女神、エジプトの曲芸師》1987-1988

──
なるほど。
竹口
この作品は、女性差別、
女性が社会的弱者に追い込まれてしまう
という問題や窮状をテーマにしています。
女性がさまざまに虐げられている場面が
描かれているわけですが、
歩みを進めるにつれて、
あちらのほうでは踊っていたり、
何か不思議な動きで
生命を謳歌しているようにも見えませんか。
──
ああ‥‥たしかに。
竹口
テーマは重いんですが、
個人的には
どこか「希望」をも感じさせるような、
そんな作品だと思っています。

ナンシー・スペロ《天空の女神、エジプトの曲芸師》(部分)1987-1988 ナンシー・スペロ《天空の女神、エジプトの曲芸師》(部分)1987-1988

──
このエリアは、
女性作家が多いなという印象ですね。
竹口
今回、そこは少し意識した部分ですね。
当館のコレクションだけでなく、
これまで「美術の歴史」というものは、
男性作家に偏りがちだったので。
──
女性の視点を、意識して取り入れた。
竹口
女性作家による作品を紹介することで、
重い歴史に対する軽やかさ、
どこか希望も感じられる空間にしたかった、
という感じでしょうか。
──
戦争や原爆といったテーマを扱うとき、
女性や子どもの存在が
象徴的に浮かび上がってくることって、
多いと思うんです。
昨日、丸木美術館へ行ったんですが、
《原爆の図》に描かれている被爆者と
たまに目が合ってハッとする。
その多くが女性や子どもだったんです。
竹口
なるほど。
──
うまくいえないのですが、
それは単に「弱さ」の象徴というより、
どちらかというと「強さ」というか、
それでも託したい「希望」かのように
思えたというか。
竹口
時代によって
評価される作品や視点は変わりますが、
現代においては
ジェンダーバランスも
大切なポイントになってきています。
日本でも、
そのあたりをテーマにした展覧会が
増えてきた印象がありますね。
──
はい。
竹口
この展示では、そうした部分について
表立って言えるほどではありませんが、
変わりつつある時代の空気を、
自然に感じ取っていただけたなら、
うれしいなと思います。

(つづきます)

2025-08-20-WED

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  • 今回取材させていただいた
    コレクション展は、8月24日(日)まで。
    キービジュアルに採用されている
    金田実生さんの版画《明るい夜》をはじめ、
    記事中では触れられなかった作品も多数。
    個人的には、甲斐雅之さんによる
    《土に埋める77番 8月6日
    ヒロシマから地球平和の祈り》の自由さと
    存在の強さに惹かれました。
    詳しくは公式サイトでチェックを。

  • ヴェトナム戦争/太平洋戦争にまつわる
    読者のみなさんからのお便りを募集いたします。

     

    ご自身の戦争体験はもちろん、
    おじいちゃんやおばあちゃんなどご家族や
    ご友人・知人の方、
    地域のご老人などから聞いた戦争のエピソード、
    感銘を受けた戦争映画や小説についてなど、
    テーマや話題は何でもけっこうです。
    いただいたお便りにはかならず目を通し、
    その中から、
    「50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶」
    の特集のなかで、
    少しずつ紹介させていただこうと思います。

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