
こんにちは、ほぼ日の奥野です。
シリーズ第17弾の今回は、
広島市現代美術館のコレクション展を取材。
同館は現在、特別展
「被爆80周年記念 記憶と物」を開催中で、
こちらのコレクション展でも、
広島の過去と向き合おうとしています。
被爆・終戦から80年を迎える今年の夏、
広島にある現代美術館として、
どんな作品を、どんなふうに組み合わせて、
ぼくたち鑑賞者に
何を感じさせてくれるのでしょうか。
担当学芸員の竹口浩司さんのご案内で、
会場をめぐっていきます。
- ──
- 続きまして、ハイライト2のエリアでは
「生命礼賛」がテーマ。
- 竹口
- 入野さんの被爆樹木からのつながりもあって、
生命というものに
思いを馳せていただきたいな‥‥と。 - 広島って、原爆投下から75年間は
「草木も生えぬ」と言われていたんです。
- ──
- そうなんですか。当時?
- 竹口
- はい。やなせたかしさんが作詞された
『手のひらを太陽に』では、
ミミズもオケラもアメンボもふくめて、
「みんな生きている」わけですよね。
- ──
- はい。人間だけじゃなく。
- 竹口
- そう、草木も生えないと言われながら、
立ち上がってきたわけですが、
それは、まさに「人間だけじゃなく」、
他の生き物たちも同じなんです。 - その結果、いまでは、
広島のいたるところに草木が生い茂り、
生命が躍動しています。
そんなことも思い描きながら、
この「生命礼賛」を展示構成しました。
- ──
- こちらは、人の顔‥‥?
- 竹口
- はい。ポーランドの作家、
マグダレーナ・アバカノヴィッチによる
ドローイングです。 - 繊維を素材に用いた作品で有名な作家で、
当館の野外彫刻広場にも、
金属でかたどられた
人間の背中の作品がたくさんあります。
政治的に厳しい環境で育ち、
作品ではつねに「人間性の解放」だとか
「人間の尊厳」を感じさせます。
コレクション展 2025-Ⅰ 展示風景 いちばん右がマグダレーナ・アバカノヴィッチによるドローイング、その左隣の絵画作品が利根山光人の《いれずみ》
- ──
- となりには、一転してカラフルな作品。
- 竹口
- こちらは利根山光人の《いれずみ》で、
1956年の作品。
多くの人命が失われた
佐久間ダムの工事の事故現場を取材し、
描いた作品ですね。
- ──
- じゃ、この人は労働者?
- 竹口
- ええ。利根山さんが抱いていた
アフリカやメキシコの文化への興味が、
色彩感覚に現れていますね。
- ──
- 以前、都現美でルポルタージュ絵画を
たくさん見たんですが、
同じような問題意識なんでしょうか。 - たしか中村宏さんの《砂川五番》とか、
池田龍雄さんの《網元》とか。
- 竹口
- そうです。中村宏や池田龍雄の作品は、
このあとにも出てきます。 - で、同じくカラフルな靉嘔(あいおう)。
このようなレインボーカラーで
さまざまなものをかたどるというのが、
非常に特徴的な作家です。
靉嘔《レインボー・マン・ウーマン ピース・サイン》2008
- ──
- 先の戦争の戦没画学生の遺作を集めた
長野の無言館には、
《眼のある風景》の靉光さん、
本名石村日郎の作品もありましたけど、
この靉嘔(あいおう)さんって、
靉光さんとは何か関係はあるんですか。
- 竹口
- いえ、ないです。偶然のようです。
靉光と同じく、
この「靉嘔」もアーティストネームで、
本名は飯島孝雄さんと言います。 - 日本では虹は7色だと教わりますけど、
彼は6色で表現しています。
というか国によって虹の色数は違って、
日本は色数が多いんですね。
- ──
- へええ、そうなんですか。
七色の虹‥‥じゃない国もあるんだ。
- 竹口
- ええ、世界的には6色がメジャーですが、
3色、4色、5色の国もあります。
余談ですけど、
日本の「色の感覚」って独特ですよね。 - 茶と鼠の色の種類の豊富さを表した
四十八茶百鼠という言葉もありますが、
微妙な色あいも
名前で区別してきた歴史がありますし。
で、続きまして、鏑木昌弥さん。
鏑木昌弥《フリル・夢のように狂う》2016
- ──
- 初公開。
- 竹口
- ええ、数年前に東京のギャラリーから
まとまってご寄贈いただきました。
その中の1点です。 - これまで展示する機会がなかったので、
ようやくお披露目できました。
- ──
- なんか、すごく好きです。
- 竹口
- あ、本当ですか。ぼくも好きなんです。
- 靉嘔の作品と比べると、
色彩はグッと控えめになるんですけど、
レイヤー構造がどこか似ている。
生命を明るく謳歌している作品と、
生命の悲しみを背負ったような作品と、
横並びで鑑賞してもらえたら。
- ──
- そういわれると、たしかに。
静かに共鳴している感じもありますね。
- 竹口
- そして、抽象画の野田裕示さんの作品。
こちらも初お目見えなんですが、
よく見ると
切ったキャンバスを貼り重ねていて、
その凹凸が、おもしろい。
遠くから見ると平坦な絵なんですけど、
近くで見ると立体的。
野田裕示《WORK 1155》(部分)1998
- ──
- 本当だ。
- 竹口
- 1枚の平面の上で、どういうふうに
イリュージョンを展開するか‥‥
ということが
絵画の起こりとしてはあるんですが、
そういう「絵画のあり方」を、
根本から問い直そうとしたんですね。 - どういう距離、
どういう高さから鑑賞するか‥‥で、
まったく違う顔を見せる、
それが「絵画」というものなので。
左|野田裕示《WORK 1171》1999
右|野田裕示《WORK 1155》1998
- ──
- ホルバインの作品にもありましたね。
- すっごい斜めから見ると、
足元に描かれたよくわからん何かが
髑髏に見える‥‥みたいな。
- 竹口
- そうそう。絵画作品というものは
正面から見るもんだと教わったけど、
必ずしもそうじゃなくていい。 - 寝転んで見たって、いいんですよ。
他の人の迷惑にならなければ。
子どもや車いすの方の視線で見ると、
実際、ぜんぜん違って見えますし。
絵を見る際の「視点の自由」を、
大事にしてほしいなあと思ってます。
- ──
- こちらの作品は‥‥甲斐雅之さん。
甲斐雅之《土に埋める77番 8月6日 ヒロシマから地球平和の祈り》1995
- 竹口
- はい、甲斐さんは、
パリを拠点に活動されている作家で、
これは「ヒロシマ」をテーマに
制作委託でつくっていただいた作品。 - 真っ白なキャンバスを
地中に埋めて3カ月放置したんです。
- ──
- 放置?
- 竹口
- その間、雨風土など自然環境による
影響だけでなく、
微生物やミミズなどの
土の中の生命にもさらされたことで、
キャンバスが腐食し変化しました。
それを掘り返して、
別の新しいキャンバスの上に、
縫い付けたものがこの作品なんです。
- ──
- 埋めたキャンパスには
何にも描かれていなかったんですか。
- 竹口
- はい。真っ白です。
本人は「地球との共同作業」だって。
- ──
- じゃあ、表面に見える「もよう」は、
まさしく「地球が描いた」んですね。 - よく見ると、
表面にグリッド上にミシン目がある。
甲斐雅之《土に埋める77番 8月6日 ヒロシマから地球平和の祈り》(部分)1995
- 竹口
- 地球が描いた取り留めもない色や形、
そこへ、
白い糸で規則的に縫い込んでいく。
そのことによって
作品に緊張感やリズムを与えている。
地球との共同作業に加えて、
作家が、ミシンという文明の利器で
コミットしているところが、
さらなる共同作業になってるんです。
- ──
- これは「絵画」なんでしょうか。
- 竹口
- 当館では、いちおう絵画‥‥
すくなくとも
「平面」として分類されていますね。 - そして1階の展示室を出たところに
工藤哲巳さんの
《Hiroshima mon amour》、
「ヒロシマわが愛」という作品を。
ごらんのように、
お椀らしきオブジェの上に
ペニスが置かれています。
- ──
- はい。まさに鎮座‥‥。
工藤哲巳《Hiroshima mon amour》1970-1975
- 竹口
- これだけ見ると、
センセーショナルな印象を受けますが、
作家自身は、
機械文明に侵された人間性の回復を
大きなテーマに、
長く作品をつくってきた方なんです。 - 当然「生命の象徴」なわけですから、
この「生命礼賛」のエリアに
ふさわしいなと思って展示したのと。
- ──
- ええ。
- 竹口
- このあと、
地下1階の展示室をご紹介しますが、
1階で帰ってしまう人も多いんです。 - そこで、こうして、
廊下にちょっと出しておいたんです。
まだ続き、ありますよって意味で。
- ──
- ええ、なるほど。
- 竹口
- しかも「矢印」に見えてきませんか。
意図せずに‥‥なんですが。
- ──
- つまり「順路」的な。本当だ(笑)。
- 竹口
- では、地下1階へと参りましょうか。
(つづきます)
2025-08-19-TUE
-


今回取材させていただいた
コレクション展は、8月24日(日)まで。
キービジュアルに採用されている
金田実生さんの版画《明るい夜》をはじめ、
記事中では触れられなかった作品も多数。
個人的には、甲斐雅之さんによる
《土に埋める77番 8月6日
ヒロシマから地球平和の祈り》の自由さと
存在の強さに惹かれました。
詳しくは公式サイトでチェックを。




















