
こんにちは、ほぼ日の奥野です。
シリーズ第17弾の今回は、
広島市現代美術館のコレクション展を取材。
同館は現在、特別展
「被爆80周年記念 記憶と物」を開催中で、
こちらのコレクション展でも、
広島の過去と向き合おうとしています。
被爆・終戦から80年を迎える今年の夏、
広島にある現代美術館として、
どんな作品を、どんなふうに組み合わせて、
ぼくたち鑑賞者に
何を感じさせてくれるのでしょうか。
担当学芸員の竹口浩司さんのご案内で、
会場をめぐっていきます。
- ──
- こちらの広島市現代美術館は
市内を見下ろす比治山という山の高台に
建てられていますが、
どなたが建物を設計されたんですか。
- 竹口
- 黒川紀章です。
- 1989年、平成元年に開館しているので、
今年で開館36年。
建物の円形の屋根の切れ目が
爆心地ヘ向いているという設計です。
黒川は丹下健三の研究室にいたこともあり、
いわゆる「軸線」を意識した設計ですね。
- ──
- 広島の平和記念公園も設計された
丹下さんから
受け継いでいるものがある、と。
- 竹口
- はじめての大規模な改修工事を終えて、
おととし2023年に、
リニューアルオープンしました。
- ──
- なるほど。
- 2025年8月24日まで開催されている
コレクション展、
被爆80周年の年の夏‥‥ということで、
いったいどんな展示になっているのか、
楽しみにしてきました。
- 竹口
- はい、さっそくご紹介していきますが、
まず当館のコレクションには、
大きく言うと、ふたつの方向性があります。 - ひとつは、「現代美術である」ということ。
具体的には
「1945年」を現代美術の起点として考え、
基本的には
それ以降の作品を、主に収集しています。
- ──
- 終戦の年、被爆の年を「起点」として。
- 竹口
- そして、もうひとつの柱が「広島」です。
- 地名としての「広島」だけでなく、
歴史的な意味を持つ
カタカナの「ヒロシマ」や、
ローマ字の「HIROSHIMA」に焦点を当て、
コレクションの柱としています。
- ──
- なるほど。
- 竹口
- なので、「重い」。
- ──
- おお。重い。
- 竹口
- 広島という土地に根ざしている以上、
どうしても
戦争や原爆という歴史や記憶が絡んでくる。
当然、作品の持つ雰囲気も「重く」なる。 - わたし自身は、
この美術館に来て10年になるんですけど、
市民の方からの声として
「もっと楽しい気持ちになったり、
癒やしになる展覧会をやってほしい」
といった要望はよく耳にします。
- ──
- ああ、そうなんですか。
意外というか、ちょっと驚きです。
- 竹口
- 最初、わたしもびっくりしました。
- ただ、よくよく考えれば、広島の人たちは、
それだけ長く‥‥幼少のころから、
平和教育を受けてきたということなんだと、
すぐに思い至ったんですが。
- ──
- ちなみに「現代美術」というと、
パッと理解できるようなものでないことも、
あったりすると思うんです。 - 仮に「戦争」をテーマにしていたとしても、
ゴヤの《戦争の惨禍》みたいな、
戦争の禍々しさを直に描いた作品
とかに比べて「余白」があると言いますか。
- 竹口
- そうですね。
- 現代美術は「難しい」とよく言われますし、
まあ実際、難しいと思います。
でも、「だからこそ、おもしろい」んです。
- ──
- 見る人によって、
さまざまな解釈があったりとかしますし。
- 竹口
- そうですね。
今回も戦争やヒロシマがテーマの作品を
多く展示していますが、
「難しいからこそ、おもしろい」現代美術の
「敷居を下げる」のではなく、
さまざまな扉や入り口を用意することで、
たくさんの人たちに、
現代美術を体験してほしいと考えています。 - 階段でも、滑り台でも、
ジャンピングボードでも、何でもいいんです。
ときには
ヘリコプターを使ってもらったっていい。
コレクション展 2025-Ⅰ 展示風景
- ──
- どんなきっかけで興味を持ってもかまわない。
つまり、戦争や原爆とか以外でも。
- 竹口
- もちろんです。今回の展示は大きく2部構成。
1階を「ハイライト」、
地下1階を「広島/ヒロシマ」としました。 - ハイライトは、さらにふたつにわかれていて、
1では「広島のまちとアーティスト」、
2では「生命礼賛」をテーマとしています。
- ──
- 同時に開催している
被爆80年記念の特別展「記憶と物」とも、
リンクしつつ‥‥?
- 竹口
- そうですね、特別展と
呼応するような内容になればいいな、
そんなふうに思っています。 - たとえばこちら、
広島にとって重要なアーティストである
イサム・ノグチの作品。
イサム・ノグチ《雨の山》1982 ©2025 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, New York/ JASPAR,Tokyo C5128
- ──
- はい。
- 竹口
- これは「ヒロシマ」が主題というわけでは
ないのですが、
あちらの特別展の冒頭でも
イサム・ノグチの作品が登場しているので、
ご紹介しています。 - こちらコレクション展では、
広島の人にはなじみ深い
「平和大橋」をモチーフにした
デザイナー奥村靫正さんのポスターと、
イサム・ノグチによる彫刻《雨の山》です。
- ──
- 広島市内の平和大橋って、
イサム・ノグチによる設計だったんですか。
- 竹口
- そうなんです。
元安川にかかっている平和大橋と、
本川にかかっている西平和大橋は、
ともにイサム・ノグチのデザインです。 - 特別展では、平和記念公園にある
原爆死没者慰霊碑のデザインも
当初イサム・ノグチに依頼され、
模型まで出来上がっていたんですけど、
最終的には却下されてしまった‥‥
といった歴史の事実も紹介されています。
- ──
- えっ、そうなんですか。
- 竹口
- いろいろな事情があったのでしょうが、
イサム・ノグチがアメリカ人だった、
ということも作用したらしいです。 - ただ、それ以降も
ノグチは広島との関係を断ち切らずに、
橋のデザインを手がけるなど、
広島を大切に思ってくれていたのですが。
- ──
- なるほど。こちらの彫刻《雨の山》は、
どのような作品なんですか。
- 竹口
- ステンレス材にメッキを施した作品で、
東洋的なたたずまい。 - 18分の18‥‥と書かれているとおり、
18点つくられたシリーズのうち、
最後のひとつです。
18点は同じ型でつくられているので
かたちは同じなのですが、
模様は、メッキの偶然性によって
一点一点それぞれに表情が違うんです。
イサム・ノグチ《雨の山》(部分)1982
- ──
- ウォーホルだとかポップアートによる
「大量複製」みたいな考え方も、
ここには、あったりするんでしょうか。
- 竹口
- 制作年は1982年なので、
影響を受けている部分もあるでしょうね。 - 彫刻の分野で「マルティプル」という実践を
どのように展開できるか。
そのことによって、
社会に、どうはたらきかけていくか。
ノグチが、彫刻の可能性について
さまざま模索していた姿が垣間見えます。
イサム・ノグチ《雨の山》(部分)1982
- ──
- そして、その正面には四角いオブジェ。
- 竹口
- 鈴木たかしさんの《Cycle》という作品。
広島の繁華街・新天地のパルコ前に
同系統の大きな作品が置かれているんです。
《linear cycle》といって、
広島の人なら
一度は見たことがあると思うんですけど。
- ──
- 東京で言えば、渋谷のハチ公的な?
- 竹口
- そうそう。鈴木さんは広島生まれ。
イギリスで建築の仕事をされていた方で、
のちにアートへ転向しました。 - 今回の展示では、
《linear cycle》の関連作品《Cycle》を、
ラワン合板とコールテン鋼という
素材違いで2点、紹介しています。
見た目は同じでも、素材を変えることで
質感や印象が大きく違うと思います。
手前|鈴木たかし《Cycle》1992 奥|鈴木たかし《Cycle》1990
- ──
- たしかに。ちょっと戻るんですけど、
あちらの木の絵は、どなたの作品ですか。
- 竹口
- 入野忠芳さん、被爆されたアーティスト。
5歳のときに左腕も切断されました。
広島の美術界に大きな足跡を残した方です。
とくに、広島市内に残る「被爆樹木」を
スケッチし続けてきて、
こちらの作品は、
そのスケッチをもとに描かれたものです。
- ──
- 被爆樹木。長崎のクスノキも有名ですが、
生命力だとか、
「忘れられない」みたいな言葉を
思い起こさせるような力強さを感じます。
入野忠芳《精霊 11-3》2011
- 竹口
- 彼は、広島拘置所の壁画も描いています。
200メートルに及ぶ長大な作品で、
江戸時代の広島の風景を
入野さんの想像も交えて描いています。 - 魚が跳ねたり、人がカメに乗っていたり、
生きとし生けるものが
イキイキと描かれているんです。
どこかユーモアをも感じる奔放な作品です。
ここに原画と写真の一部を展示していますが。
入野忠芳《広島拘置所壁画》原画(部分)1989
- ──
- 実物は、いまでも見られるんですか?
- 竹口
- はい。ただ、広島拘置所の移転に伴って、
近く取り壊される予定です。 - 現在は広島市と有志とで、
デジタルアーカイブ化が進められています。
(つづきます)
2025-08-18-MON
-


今回取材させていただいた
コレクション展は、8月24日(日)まで。
キービジュアルに採用されている
金田実生さんの版画《明るい夜》をはじめ、
記事中では触れられなかった作品も多数。
個人的には、甲斐雅之さんによる
《土に埋める77番 8月6日
ヒロシマから地球平和の祈り》の自由さと
存在の強さに惹かれました。
詳しくは公式サイトでチェックを。




















