（はじめに）
浅間山や八ヶ岳などの山々に囲まれ、
近くには千曲川が流れる自然が豊かなところに
伴野酒造はあります。
古くは宿場町として栄えた場所であり、
最盛期は20軒の酒蔵がありました。
軒数は年々減っていますが、
いまだに11軒が現存しているほど、
酒造業が盛んな地域です。
伴野さんは6代目の次期後継者として、
酒づくりの仕事に向き合っています。

酒蔵と酒と僕と。
酒が弱いと気がついたのは、
中学生のころに友達と行った夏祭りがきっかけです。
ほら、そのくらいのときって
カッコつけて飲んでみたくなる時期じゃないですか。
未成年が酒を飲むことに対していまよりもっと、
おおらかな時代だったからできたんだと思いますが、
興味本位で缶ビールを飲んでみたら、
ちょっとでベロンベロンになってしまって。
まったく飲めない母親に似たんだと思いました。
親父はめちゃくちゃ酒が強いです。
どんなに飲んでもぜったいに乱れない。
親父と従兄弟のおじさんが一緒に飲むときなんか、
大瓶の瓶ビールが1ケースに
一升瓶が２本くらい空くなんてざらですよ。
なので、
親父が晩酌するのは小さいころからよく見ていましたし、
当時、一緒に住んでいた、ひいばあさんやじいさんも、
母親いがいはみんな飲んでいました。
お酒のほとんどが「澤の花」の燗酒だったかな。
夜ごはんのときはそれが当たり前だと思っていて。
酒の匂い？
うーん、不思議と気にならなかったですね。
飲めない人たちは、
日本酒を飲んでいるときの匂いが苦手な人が多いんですが、
僕はイヤだと思いませんでした。
なぜなんでしょうね。
と、まあ、
幼少期から誰かが酒を飲んでいる空間にはずっといたわけです。
でも、高嶋くんと出会った大学時代になっても、
酒はちっとも強くなりませんでした。
酒を飲まなくても、
ミルクティーとチョコボールがあれば幸せで（笑）

酒づくりに興味を持ったのも、
高嶋くんみたいに飲める蔵元の息子たちよりも
ずっと遅かったかもしれません。
大学を卒業してもすぐに酒蔵を継ごう思わずに、
かといって何をしていいのかもわからず、
とりあえず入社できた企業で
一年くらいはサラリーマンをしていました。
やりがいはあったんですが、
毎日毎日、これからどうしようかって
悶々と悩んでいました。
大学時代の同級生（酒蔵の後継者）には
「お前何やってんだよ。俺は先に帰って酒蔵やるから」って
いわれて気ばっかり焦っちゃって。
そうとうやばいな自分、って思っていたときに、
「とりあえず帰ってきてほしい」と連絡がありました。
酒蔵のこれからに不安を抱きつづけていた母親からの、
SOSだったんです。
家族会議をした結果、
僕は実家に戻ることを決めたわけですが、
酒蔵に入ってからの二年間は
いつも東京に戻りたいと思っていました。
未来なんてない、お先は真っ暗だと。
いい酒をつくるために自分なりに考えたことは、
やることなすこと否定されて、
何にもできない状況に歯ぎしりをしている毎日でした。
でも、働いていた杜氏が高齢になって引退することになり、
やる人がいないなら自分が中心になってやると
決めたときから、
僕は少しずつ変わっていきました。
24歳のときです。
結婚して家族ができたことも、
自分の意識を変える大きな出来事だったと思います。
やる気スイッチじゃなくて、
やるしかないスイッチが入ったんですよね。
責任感と使命感の。
その思い切り感がよかったのか、
このときにはじめてつくった酒が、
蔵元なら誰でも紹介されたいと憧れる
食雑誌「dancyu」（プレジデント社）に載ったんです。
いや〜、ほんとうにうれしかったですね。
こっから、
僕がやりたいことやつくりたい酒について、
親父に少しずつわかってもらえるように
なっていった気がしています。

（つづきます）