どうしちゃったの。
ライターになりたいということを打ち明けた人には
くちぐちにこう言われ
やめたほうがいいと止めてくれる人もいました。
出版社へのツテがないだけではなく文章も書いたことがない。
さらに、日本酒は世間から注目されていませんでしたから
取り上げる媒体がほとんどないとなれば
仕事にならないことは目に見えています。
せっかく飲食店で仕事の経験を
積み上げてきたのにもったいないと。
20歳からはじめた飲食業の仕事が長くなってきた頃でしたし、
店長を勤めたり
女将の後釜になってほしいといわれたこともあります。
知人の指摘は決して間違ってはいませんでした。
でも、
失敗したことを想定したときの震えるような怖さよりも
私は日本酒の魅力をもっと伝えたい気持ちのほうが
だんぜん強かった。
もともと思い込みが激しい性格なのかもしれませんが、
私はただただ日本酒が好きだったのです。
結局、なにも経験がないのに「ライター・利き酒師」という
肩書きを名刺に書いてマスコミ業界に飛び込むことにしました。
25歳のときです。

もちろん、最初は仕事なんてまったくありませんでした。
週3回くらいは日本酒の立ち飲み屋でアルバイトをしながら
書ける仕事を探す毎日です。
ネットで編集プロダクションが募集していた
雑学本のリライト記事を書いたり
少しでも出版社のツテがありそうな人がいたら
「日本酒のことを書きたいからライターの経験を積みたい」と
わずかな細い人脈を辿るように
私はいろいろな人たちにお願いして回りました。
すると、なかには私をおもしろがり
「日本酒の特集じゃないけれど書いてみようか」という
ありがたい編集者も出てきて仕事はなんでも引き受けました。
書く経験を積むためならば、もうなんでも。
根っからの運動オンチで体力がないのに
標高が高い山を登ってルポを書く仕事や
一度も行ったことがないパチンコ屋の取材、
風俗店やSMクラブで働く女性の
インタビューの仕事もありました。
こういう話をすると「大変だったね」とよく言われるのですが
これがなかなか楽しくて。
ふだん自分では行けない場所や会えない人に
話を聞くのが面白かったというのもありますが
「利き酒師」と名刺に書いていると
打ち合わせや取材後に日本酒の話題になることが多くて、
そのたびに飲食店でお客さんに伝えるのと同じように
話をするとみんなが興味を持ってくれましたし
喜んでくれました。
その機会があっただけで、とてもうれしかったんです。

そんなことをくり返して少しずつ
出版社との仕事が増えていくのですが、
平行して文章をもっとうまく書けるように
独学でしたが勉強もつづけていました。
「最初に原稿をもらったときは下手すぎてどうしようか、
他の編集者に相談したこともあったよ」なんて
後になっていつも仕事をくれる編集者に
笑われたことがあるくらいでしたから
私はとんでもないドシロウトだったんです。
だからこそ、なんども大きな壁にぶつかったのですが
やめようと思ったことは一度もありませんでした。
辛いときは好きな日本酒を飲んで自分を励まし、
会うたびに応援してくれる蔵元さんの気持ちを力に蓄えました。
好きな日本酒がいつもそばにいてくれたから
私はなにがあってもがんばれたんじゃないかと。
いま振り返るとそんなことを考えてしまいます。

（つづく）