- 養老
- いまは、身体の使いかたを
知らない人たちが増えてますよね。 - 糸井
- そうですね。
- 養老
- 武術家の甲野善紀さんが、
介護のお手伝いをしているらしいんですが、
患者をベッドから抱き起こすとき、
若い介護士が、よく腰をいためてしまう。
それは、
身体の使いかたに問題があるからだ、と。
古武術を身につけている
甲野さんが指導してやると、
おどろくほど、楽に起こせるようになるらしい。 - 糸井
- ようするに、理屈じゃない。
身体をどう使えばうまくいくか、
を知っているんですね。
それって、
学校で学んでるだけでは、
身につけられない、
身体感覚的な知恵、ですよね。 - 養老
- その、感覚ということで言えば、
母親のおっぱいを浸したガーゼと、
よその母親のおっぱいを浸したガーゼをね、
生後1ヶ月の乳児の頭の両側に置いておくと、
もう、どんな赤ん坊も、かならず
自分のお母さんの母乳の方を選ぶの。 - 糸井
- それは、すごい!
- 養老
- でも、それを
父親にやらせてみても、全然わからない。
つまり、もう
感覚が消えちゃってるんですよ。 - 糸井
- なるほど。
- 養老
- そのことが
もっとはっきりしてるのは、
絶対音感ですね。
子供のときには
みんな、絶対音感を持っている。
でも、大人になるにつれて、
全部なくしていくんです。 - 糸井
- それは、
不便だから、ですか? - 養老
- そう。
言葉を使うときに、
声の高さで認識しちゃうと、
すごく、不便になる。
絶対音感をなくした方が
言葉は使いやすいんですよ。
文明社会では、そういう感覚を、
どんどんなくしていってる。 - 糸井
- でも、うちのかみさんが
飼い犬に話しかけているところとかをみても、
言葉って「中身」だけじゃないですよね。
語感や言葉の調子とかで
確実に「通じている」と思えるし。 - 養老
- じつは、我々現代人も、
会話の中でそういう「調子」のような部分を、
ちゃんと、感じてるはずなんだけど、
気づいていないんですよ。
語感で意味を把握している部分もあるのに、
言葉の表面だけをすべてだと考えてしまう。 - 糸井
- 記号的な意味だけ。
- 養老
- そうそう。
携帯のメールや
インターネットなんかがいい例ですよ。
画面に表示された
言語の表面的な意味だけしかとってないんです。 - 糸井
- 表面的な記号からだけでなく
語感をふくめた、
肉体的な身体感覚を通じて、理解する。
それって、ペットを飼うと
多少でも、取り戻せる部分がありますよね。 - 養老
- そうですね。
だから飼ってるんですよ、みんな。 - 糸井
- 今日の話でいえば
大工さんの余剰エネルギー、とか
コミュニケートする能力、とか
野菜のつくりかた、だとか‥‥。 - 養老
- みんな
身体の使いかた、に関係すること。
頭で考えているだけでは
やっぱりダメなんです。
「身体感覚」に基づいた知恵を
取り戻さなければ。 - 糸井
-
13歳で大人になろうっていうのは、
そういう肉体的な知恵を
常識として、子供のうちに
身につけておくべきだってことなんですね。<終わります>