将棋は点数を取り合って合計得点が多い方が勝ち
というわけではなく、
交互に駒を動かして微妙な形勢を判断しながら、
最後はどちらかが自分の負けを宣言した時に、
勝敗が決まります。
何手も先の変化を読み合い、
自分の理想に近い局面を目指して
一手ずつ順番に進めるのですが、
自分の手番だからといって必ず有利になるわけでもなく、
よくない手を指せば
そのせいで一気に劣勢になることもあります。
そういった手は悪手と呼ばれ、
もちろん悪手自体もよくないのですが、
ひとつの悪手に引っ張られすぎてしまうことのほうが問題で、
小さな悪手がさらなる悪手をよび、
その結果、なんでもないような小さなミスによって、
そのまま負けてしまうような対局もあるのです。
藤井四段は詰将棋が得意で
終盤が強いという前評判がありました。
しかし、対局を見ていると
毎回逆転しているという感じではなく、
そのことを将棋が好きな友人に尋ねたことがあります。
その友人曰く、
確かに、藤井四段は逆転勝ちが多いというわけではなく、
どちらかというと逆転負けがない将棋を
指している印象がある、ということでした。
藤井四段は悪手を指すことはあっても、
そのひとつのミスだけで踏みとどまり、
そこからしっかりと態勢を戻しているのがすごい、と。
つまり、終盤が強いのは間違いないけれど、
終盤が強い=逆転が多い、というわけではなく、
しっかりと読み切ることで、
優勢だろうが劣勢だろうが常に最善手を探すことができ、
それによって逆転負けをすることが少ない、
というのが藤井四段の終盤の強さなんだろうなと思いました。
高校野球で逆転勝ちが多いことでも有名な
早稲田実業の和泉実監督が
「逆転は、逆転した方ではなくて、
逆転された方に理由がある。
さっきまで有利に運んでいたはずなのに
どうして守りきれなかったのか、
その理由がわかっているのはきっと負けた方だと思う」
というような話をしていました。
相手がいい手を指すことで、
もしくは自分が悪手を指してしまうことで、
盤上にあらわれる逆転の雰囲気に対して、
慌てず冷静にその時の最善手を
見つけることができるかどうか。
逆転というと、逆転した側に目がいきがちですが、
実はそのきっかけを持っているのは逆転された方で、
いかにそのきっかけを渡さずに守りきれるかが、
勝負において大切なんだと思います。
複雑な局面から手品のような一手で形勢を逆転する
「羽生マジック」で知られている羽生二冠は、
逆転のコツについて、
「どんな局面でもベストと考えられる
普通の手を指しているだけで、
特に逆転を狙った一手を指しているわけではない。
ただ『これでいける』という判断基準が人より甘く、
それが逆転の一手につながっている可能性がある」
と話しています。
どんな局面でも冷静に幅広い視点で考えるということ。
これは逆転のきっかけを与えないために必要なことであり、
同時に、逆転のきっかけをつかむために
必要なことでもあったのです。
すごく単純なことのようにも思えますが、
きっと、それを理解していながらも
完璧にはできないからこそ、
逆転が続くシーソーゲームにドキドキするし、
それこそが、人間同士の対局の
面白みなのかなと思いました。
(つづく)
2017-09-16-SAT