「将棋について思うことを書いてみませんか?」
そんな連絡があったのは、
「ほぼ日の塾」の第3期が終わって、
少し経った6月の終わり頃。
中学生棋士・藤井聡太四段の連勝記録が、
連日ニュース番組で報道されていた時期でした。
たまたま将棋に関わる仕事をしている僕は、
いま、おそらく将棋ブームの真っ只中にいます。
この盛り上がりの中で感じたことを書くのは
たしかにおもしろそうです。
いろいろなことがつながって、
よくわからないままにここにいる僕ですが、
どうぞ、よろしくお願いします。
ほぼ日の塾、第3期生の松谷一慶です。
製薬会社を退職後、3年間の世界一周を挟んで、
今は将棋に関わる仕事をしています。
自然と音楽とお酒と言葉とトライアスロンと
晴れの日と蝶ネクタイとバンジージャンプと
甘いものとキリンと祭とぶり大根が好きです。
棋士は扇子などにサインする時、
名前の横に言葉を添えるのですが、
何を書くかは棋士自身が決めています。
その言葉は揮毫と呼ばれ、
透き通るように美しいという意味の羽生善治三冠の「玲瓏」、
光速の寄せで有名な谷川浩司九段の「光速」、
生涯をかけて新手を生みだしていくという気持ちを表した
升田幸三実力制第四代名人の「新手一生」などが有名です。
先日、藤井聡太四段のグッズとして、
揮毫入りの扇子が販売されました。
そこに書かれていたのは「大志」の二文字。
クラーク博士の言葉「少年よ、大志を抱け」の「大志」。
将来への大きな希望、という意味のこの言葉に、
藤井四段はどのような気持ちを込めたのでしょうか。
藤井四段がはじめて書いた揮毫は、
「大志」ではありませんでした。
プロ入りを決めた後の昇段祝勝会の時に
配られた扇子に書かれていたのは「達心志」という言葉。
心に決めた目的を達成する、という意味です。
藤井四段が大相撲名古屋場所4日目を観戦した際に
白鵬にプレゼントした扇子にも
この言葉が揮毫されていました。
その後、初の公式グッズを作る際に、
その文字から一文字とって
「大志」という揮毫に決めたそうです。
藤井四段は15連勝を決めた対局の後のインタビューで、
「プロ棋士としてやっていく自信が持てました」
とコメントしています。
心に決めた目的の場所である、
プロ棋士の世界へ入った藤井四段。
15回勝ち続けてようやく、その場所で生きていく自信が持てた。
そして抱く大志。
この「大志」という言葉、
先日引退した加藤一二三九段が
初めてタイトルを獲得したときの揮毫でもあり、
加藤九段はこの時、生涯現役で戦える自信が持てたといいます。
全く違う世代の二人が、全く違うタイミングで、
このまま戦っていけると感じた時に書いた揮毫が
「大志」であるという偶然。
将来への大きな希望というのは、
何もないところから無邪気に描く夢物語ではなく、
戦う場所や自分の実力に対する不安や迷いを抱きながら、
それをなんとか超えた時に、
はじめて持つことができるものなのかなと思いました。
15連勝のあとも藤井四段は勝ち続けます。
歴代の連勝記録を更新した29連勝目の対局後、
藤井四段は目標を聞かれて
「もっと実力を高めてタイトルを狙う棋士になりたい」と答えます。
そしてその記録に対して、羽生三冠が寄せたのは、
「檜舞台で顔を合わせる日を楽しみにしています」というコメント。
檜舞台、すなわち、タイトル戦で戦おうというメッセージです。
これを聞いて、藤井四段の「大志」は
彼のものだけではないような気がしました。
藤井四段自身や彼のファンだけでなく、
同じ世界の棋士すらも、それを楽しみに待っている。
多くの人に望まれながら期待されている「大志」。
それが達成される瞬間も、
その時に藤井四段がどのような揮毫を書くのかも、
今から楽しみです。
(つづく)
2017-09-02-SAT