2025年3月、鳥取県倉吉市に
鳥取県立美術館がオープンしました!
ただいま開館記念展を開催しているんですけど、
出品作品のリストを見たら、
日本全国から錚々たる作家の作品が大集合で。
勇んで取材をさせていただきました。
70年代開館の鳥取県立博物館の美術部門が
分離独立して誕生したこの美術館では、
所蔵作品を展示するコレクションギャラリーも
充実しているとのことで、
「常設展へ行こう!」特別編としてお届けです。
開館記念展のパートは尾﨑信一郎館長に、
コレクションギャラリーのパートは、
学芸員の友岡真秀さんにご案内いただきました。
担当は、ほぼ日奥野です。
なお、開館記念展もコレクションギャラリーも、
取材時(2025年4月)とは
展示変えをしている箇所もありますので、
鳥取県立美術館の公式サイトでご確認ください。

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第5回  日付・空き缶・画鋲・戦争。

──
河原温さんの「TODAY」シリーズって、
その日の日付を描いている、
ただそれだけと言ったら
それだけではあるかもしれませんが、
それだけに、
こうして有名な作品として
歴史に名を残すとは、すごいことです。
尾﨑
そうですね。ただ、河原さんは
厳密なルールの下に描いているんです。
まず、その日のうちに描き上げること。
年月日の表記も、
制作した国の言語で書くこと。
これは「June」だから、
英語圏の国で6月に描かれた作品です。

右:河原温《JUNE 5,1967「TODAY」シリーズ(1966-2013)より》 ※編集部撮影 右:河原温《JUNE 5,1967「TODAY」シリーズ(1966-2013)より》 ※編集部撮影

──
そして、三島喜美代さん。
昨年、残念ながら
お亡くなりになってしまいまいしたね。
尾﨑
本当に、悔やまれますよね。
ご存知かと思いますが、
これら空き缶はすべて陶器製なんです。
シルクスクリーンで
各柄がプリントされています。
これ、ひとつひとつの空き缶の作品が
梱包された状態で届き、
ひとつずつ開封して展示してるんです。

左:三島喜美代《Work 23-C》2023 MEM  右:三島喜美代《Box Lemon 80》1980  ※編集部撮影 左:三島喜美代《Work 23-C》2023 MEM  右:三島喜美代《Box Lemon 80》1980  ※編集部撮影

──
コカ・コーラ、ファンタ、
メローイエローとかもあるんですよね。
たしか金麦とか
ドクターペッパーも見かけたような。
数年前、ポーラ美術館ではじめて見て、
一発でファンになりました。
でもこれ、くずかごに入れる順番って、
さすがに決まってないんでしょうね。
尾﨑
いや‥‥どうなんでしょうね。
うちのスタッフたちは
写真を見ながら入れていましたけど。
──
本当ですか! 順番があるのかなあ。
あ、え、これって
モネの連作《積み藁》を元にしてる。
リキテンスタイン、
こういう作品も描いていたんですね。
尾﨑
そうなんです。

ロイ・リキテンスタイン《積み藁(8点組)》1969 滋賀県立美術館 ※編集部撮影 ロイ・リキテンスタイン《積み藁(8点組)》1969 滋賀県立美術館 ※編集部撮影

──
ウォーホルもリキテンスタインも
伝統的な意味での作家性が薄いというか、
こういう作家性もアリでしょって、
みんなに認めさせる力があったんですね。
このあたりは、
まさに現代アートと言ったおもむきです。
尾﨑
ドナルド・ジャッド、ソル・ルウィット、
ロバート・モリス、フランク・ステラ。
──
ああ‥‥ミニマル・アートの旗手たちが
勢揃いしてる。壮観です。

開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル  第4章 会場風景 開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル 第4章 会場風景

尾﨑
1968年に、
まさに「The Art of the Real」という
展覧会が、MoMAで開かれたんです。
本展のタイトルも
そこからとっているわけですけれども、
その展覧会には
この会場に集った作家たちが
こぞって作品を並べた
画期的な展覧会だったんです。
だからこのエリアは
展覧会内展覧会みたいな感じなんです。
──
ふたたび、リヒターの作品があります。
《抽象絵画(648-1)》
こちらは、
いわゆるリヒターっぽい感じですよね。
尾﨑
はい。大阪の国立国際美術館からです。
完全な抽象ですね。
そのとなりに具体の作家である
吉原治良と白髪富士子を並べています。
──
吉原治良さんの《作品A》は
大阪中之島美術館、
白髪さんの《作品》は高松市美術館。
ともに1955年の制作。
尾﨑
そう、1955年という年は
第1回具体美術協会展が開催された年。
なので、この2作は、この展覧会場で
「70年ぶりの再会」となったはず。
白髪さんのほうは、巨大な紙の作品で
非常に力があります。
国内での展示は、21年ぶりです。
──
具体は女性作家の多い印象があります。
田中敦子さんなどもそうですし。
尾﨑
吉原さんのところに、
女性の生徒が多かったっていうことと、
「いい作品なら性別関係なし」
という姿勢が強かったからでしょうね。
白髪さんや、田中敦子さんのほかにも
山崎つる子さんなど、
ちからのある女性の作家が多いですね。
──
あっ、彫刻家の冨井大裕さんですか。
旧Twitter、いまのXで
「今日の彫刻」を更新しておられて
フォローしてるんですが‥‥
えーと、これって「画鋲」なんだ!?

右:冨井大裕《ゴールドフィンガー》2011 東京国立近代美術館 開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル  第4章 会場風景 右:冨井大裕《ゴールドフィンガー》2011 東京国立近代美術館 開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル 第4章 会場風景

尾﨑
そうなんです。
東京国立近代美術館の所蔵作品ですが、
借りる際は指示書だけ届いて、
押しピンは自分たちで用意するんです。
──
えっ、おもしろい(笑)。
アートをかたちづくる物体そのものが
「現地調達」なんですか。
尾﨑
指示書には、押しピンの仕様・数から
作品の形状、サイズ、
展示条件などが書かれていました。
──
ちなみに、画鋲の総数は「27225本」!
東京国立近代美術館には、
ソル・ルウィットさんの作品が
四方の壁に描かれた部屋がありますが、
あれも、本人が描いてないんですよね。
尾﨑
作家の信頼を得ている職人、
ドラフトマンが来て、描いていきます。
展示の期間が終わると壊すのが基本で、
買い上げれば
コレクションとして残るというもの。
──
東京都現代美術館で見た
リチャード・ロングの《STICKS》って
木の枝を床に並べた作品ですが、
あれ、担当の学芸員さんが、
枝を運んできた
美術品輸送のヤマト運輸の担当者さんと
いっしょに並べたと聞きました。
指示書のとおりにやってもらえるなら
美術の専門家でなくともいい‥‥って、
素敵な考え方だなあと思いました。
尾﨑
本当に。では、2階へ降りましょう。
これまでは年代順に見てきましたが、
2階の展示は、主題ごとです。
まずは「事件と記憶」というエリアで
震災や戦争などの絵を展示しています。
まず今日もう何度も登場してきている
前田寛治の《メーデー》から。
──
労働デモのようすを描いた作品ですね。
本当にいろんな絵を描いてるんですね。

前田寛治《メーデー》1924 前田寛治《メーデー》1924

尾﨑
そのとなりに展示している
《歌声よ起これ(文化を守る人々)》
を描いた内田巌は、
藤田嗣治を戦犯として糾弾した作家ですね。
──
えっ、そうなんですか。
その内田さんの絵の真正面には、
東京国立近代美術館の藤田の戦争画、
《アッツ島玉砕》がありますが。

左手の壁・右側:内田巌《歌声よ起これ(文化を守る人々)》 その奥に藤田嗣治《アッツ島玉砕》が見える。開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル  第5章 会場風景 左手の壁・右側:内田巌《歌声よ起これ(文化を守る人々)》 その奥に藤田嗣治《アッツ島玉砕》が見える。開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル 第5章 会場風景

尾﨑
内田は左派的な考えの作家で、
戦時中に戦争画を描いた藤田嗣治を
批判していたんです。
ですから、この部屋で
藤田と内田の絵が相対しているのは、
絵としても居心地が悪いと思います。
ただ、藤田の《アッツ島玉砕》など、
戦意高揚の絵というよりは
じつに痛ましく、重い作品ですよね。

正面:藤田嗣治《アッツ島玉砕》 開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル  第5章 会場風景 正面:藤田嗣治《アッツ島玉砕》 開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル 第5章 会場風景

──
絵としてのちからがすさまじいです。
でも、この超大作‥‥アメリカから
永久貸与されているこの作品は、
ふだん
東京国立近代美術館で見てますけど、
こうして他の美術館に
貸し出されることもあるんですねえ。
尾﨑
今年は戦後80年なので、
だいぶ前からリクエストしてたんです。
そしてミレーの《晩鐘》をもとにした
森村泰昌さんの作品。当館所蔵。

森村泰昌《Brothers(A Late Autumn Prayer)》1991 鳥取県立美術館 森村泰昌《Brothers(A Late Autumn Prayer)》1991 鳥取県立美術館

──
作品名は
《Brothers(A Late Autumn Prayer)》。
東近美でも見たことがある気がする。
尾﨑
いくつかのエディションがあるんですよ。
そして、
ピカソの《ゲルニカ》に強い影響を受けた
山本敬輔の《ヒロシマ》。

山本敬輔《ヒロシマ》1948 兵庫県立美術館 山本敬輔《ヒロシマ》1948 兵庫県立美術館

──
そのとなりは
原爆の遺品を撮った石内都さんの写真も。
《ひろしま #71 寄贈者:畑村タケ代》
石内さん、
いまでも撮影を続けているんですよね。

開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル  第5章 会場風景 開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル 第5章 会場風景

尾﨑
はい。桐生のアトリエにお邪魔したことも。
ここからのテーマは、「身体という現実」。
伝統的な身体像とは異なる
歪みや切断、現代的な肉体表現が並びます。
たとえばこちら、ソフィ・カル。
──
最近、三菱一号館美術館と、
原美術館ARCの展示を見てきたばかりです。
尾﨑
盲目の人たちに、
あなたにとって美しいものは何かと聞いて、
言葉と映像で作品化しています。
終盤は、希望に繋がるような作品を。
沖縄出身の作家ミヤギフトシは
自身のおじいさんとアメリカ兵の交流、
戦争とセクシュアリティを軸に
対話が展開されていく映像作品ですね。
──
そして最後はふたたび、やなぎみわさん。
尾﨑
物語の中で、手相占い師が後継者を探す。
若い女性たちに「50年後の自分」を
演じてもらって、
それを特殊メイクと演出で表現していく。
そんな写真作品です。
──
いやあ、最後まですごい見ごたえでした。
ちょっと、少し前に気になる作品あって
聞きそびれてしまったのですが‥‥
あちらにかかっている黒い絵はどなたの。
尾﨑
じつは‥‥わたしの祖父の作品でして。
──
えっ!?
尾﨑
尾﨑悌之助、鳥取ゆかりの画家なんです。
──
すごい。ご家族の作品が。
なぜだか、すごく気になったんですけど。
館長のお話を聞きながらだったからかな。
尾﨑
なるべく目立たんとこに
展示したつもりなんですけれども(笑)。
ありがとうございます。

尾﨑悌之助《原始への夢》1979 鳥取県立美術館 尾﨑悌之助《原始への夢》1979 鳥取県立美術館

(つづきます)

2025-06-06-FRI

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  • 6.15(日)まで! 大充実の開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル   時代を超える美術

    この連載をつうじて詳しくお伝えしていますが、
    鳥取県立美術館の開館記念展
    「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」
    は、2025年6月15日(日)まで。
    日本各地の美術館から、
    名作・大作・話題作が鳥取に大集合しています。
    若冲、応挙、ウォーホル、リヒター、ピカソ、
    モネ、クールベ、リキテンスタイン‥‥。
    ふだんは東京国立近代美術館で見ている大作
    藤田嗣治《アッツ島玉砕》も、現在は鳥取に。
    見といたほうがいいと思います!
    また、辻晉堂の彫刻や植田正治の写真、
    鳥取ゆかりの版画作品など、
    コレクションギャラリーの展示も充実してます。
    テーマによって会期がそれぞれなので、
    いまコレクション展示では何が見れるのかなと、
    ホームページでチェックしていくと吉。
    また、ミュージアムカフェ
    「GARDEN By SEVENDAYS CAFE」では
    開館展限定コラボのタルトをいただきました!
    展覧会タイトルの頭に「T」をつけた
    「TART OF THE REAL(本物のタルト)」。
    本物の‥‥という名前にふさわしい、
    とろっとチーズがおいしいタルトでした。

    さらにミュージアムショップでは
    ウォーホル《ブリロ・ボックス》の缶に入った
    キャンディも売ってました(買いました)。

    会期やチケット、イベント情報など、
    詳しくは鳥取県立美術館のサイトでご確認を。

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇

    015 諸橋近代美術館篇

    016 原美術館ARC 篇

    特別編 鳥取県立美術館 篇