尾﨑

このスペースは、
シュルレアリスム的な作品が並ぶエリア。
日本では
地平線の見える風景はあまりないですが、
鳥取には「砂丘」があります。

そうした「地平線」を感じさせる作品を
ここには並べています。

──

シュルレアリスムといえば、
何となく地平線なイメージありますよね。
おヒゲのダリをはじめ。

どんな作家の作品を並べているんですか。

尾﨑

たとえば、こちらは吉原治良（じろう）。

──

えっ、具体美術協会の、ですか。
こういう作品も描いてたんだ。びっくり。

東京国立近代美術館で見れる
「まるっ！」みたいな作品のイメージが、
自分としては、強かったので。

尾﨑

具体の時代とはぜんぜんちがいますよね。
《海辺の静物》、若き日の作品です。

右：吉原治良《海辺の静物》1931 東京国立近代美術館　左：浜田浜雄《ユパス》1939東京国立近代美術館　※編集部撮影

──

そうだったんですか。知りませんでした。

その左隣の絵は、かなりダリっぽいです。
浜田浜雄さんの《ユパス》という作品。

尾﨑

そう。東京国立近代美術館の所蔵作品で、
「ユパス」というのは、
画中に描かれている植物の名前です。

毒のある木で、
その木の上を鳥が飛ぶと死ぬという話を
もとにしているそうです。

──

あ、あの岩の上に生えている白い木が。
へええ。

でも、どうしてシュルレアリスムには、
地平線のイメージがあるんでしょうか。
夢みたいな世界を描くとなると、
荒涼とした風景になっていくのかなあ。
日本の戦後美術の文脈では、
北脇昇《クォ・ヴァディス》なんかが
よく触れられますけど、
あの作品も見渡す限りの地平線ですし。

尾﨑

日本の作家の場合は、
中国に渡り広大な地平線を見た経験が
影響しているということは、
あるのではないかなとは思っています。

──

なるほど、なるほど。

あ、植田正治さん。
まさしく「砂丘といえば」ですものね。

尾﨑

鳥取砂丘を舞台に
「セットアップ」の手法で撮られた、
非現実的な構図の写真です。

やはり、こうして並べて見てみると、
植田の写真も、
シュルレアリスム的な感覚の作品と、
親和性がありますね。

植田正治《パパとママとコドモたち》1949 鳥取県立美術館　※編集部撮影

──

こちらの巨大な作品は‥‥。
やなぎみわ《Windswept Women 2》。

尾﨑

シュルレアリスムとは関係ないんですが、
2009年のヴェネチア・ビエンナーレに
出品された大作のシリーズで、
つい最近、当館で３点を購入しました。
そのうちの１点です。

見ての通り巨大で非常に重いため、
こうして立てるのに１週間かかりました。

──

え、収蔵庫に寝かしてあったものを
ここへ持ってきて、立てるのに一週間？

尾﨑

そうです。

──

ひゃー（笑）。

やなぎみわ《Windswept Women 2》2009 鳥取県立美術館

尾﨑

３分割の写真パネルなんですけど、
非常に重くて、まず運ぶのが大変でした。

──

まるきり建築物ですね。
何‥‥というか、誰を撮ってるんですか。

尾﨑

特殊メイクを施した女性です。
神話的あるいは魔術的な女性を表現した
シリーズのひとつです。

構造自体がフォトフレームのようで、
「巨大な写真立て」みたいな作品ですね。
やなぎさん、最近は
また演劇方面にも活動を広げているので、
作品も、どこか演劇的な香りがしますね。

──

そしてこちらの彫刻は、ジャコメッティ。
《ディエゴの胸像》。

尾﨑

豊田市美術館からお借りしました。

ここから「日常と生活」をテーマにした
エリアです。
広告やポスターのある風景など、
日常に美を見出す作品群を展示しています。
本展で通算３点目のピカソもあります。

──

作品名は《ポスターのある風景》。

商品っぽいビンなんかが描かれています。
キュビスムの時代ですよ、ね？

尾﨑

そうです。総合的キュビスムにあたります。

──

抽象画ではなくあくまで具象なんだけど、
人物でも何でも解体しまくって
何を描いたのかわからなくなってしまった
分析的キュビスムのあとにきたのが、
総合的キュビスムの流れ‥‥でしたっけ。

尾﨑

分析的キュビスムのあと、
「現実」と「作品」を結びつけるために、
ピカソやブラックは
新聞や広告を貼り込むコラージュ作品を
つくるようになりました。

パピエ・コレと言って、
つまり「紙を貼る」という表現の技法が
コラージュの起源。
その後、
ダダのシュヴィッタースなども続きます。

──

立体的な素材を組み合わせた
アッサンブラージュの
ジョセフ・コーネルなんかも‥‥ですかね。

佐倉のDIC川村記念美術館の閉館のときに、
ひと部屋を使って特集されていました。
有名な箱の作品だけじゃなく、
コラージュもけっこう出ていました。

尾﨑

そうですね。
コーネルはもう少し時代は下りますけれど。

そしてここでも前田寛治が登場してきます。
《ものを喰う男》、《棟梁の家族》。
彼は社会主義者の福本和夫と同郷なんです。
交流もあったことから、
労働者的なモチーフの絵を描いていました。
メーデーの作品も展示しています。

前田寛治《ものを喰う男》1924 鳥取県立美術館

──

いわゆるルポルタージュ絵画のような？

中村宏さんの《砂川五番》とか
池田龍雄さんの《網元》などの作品を、
東京都現代美術館で見ました。

尾﨑

そして、土田麦僊の《罰》。
京都国立近代美術館からお借りしています。

これもまた、すばらしい作品です。

土田麦僊《罰》1908 京都国立近代美術館

──

女の子が泣いている‥‥？
ふたりの男子も、しかられているのかなあ。
何だか、胸を打たれます。

あ、デュシャンの《自転車の車輪》だ。

尾﨑

その後ろに展示しているのは、
タイの作家スラシ・クソンウォンの作品。

チープなおもちゃなどを
絵画の画面に放り込んでいるような構成。
現代まで続く、
レディメイドの系譜を意識していますね。

──

草間彌生さんの《マカロニ・コート》も。
立体つながりでしょうか。

尾﨑

ええ、この作品は実際のコートに
マカロニを貼り付けてつくっているので。

──

そして、あちらに見えるのが、
鳥取県立美術館さんの目玉作品のひとつ、
《ブリロ・ボックス》ですね。

アンディ・ウォーホルが
アメリカの「たわし」の段ボールの箱を
木製で模倣してつくった作品。

アンディ・ウォーホル《ブリロ・ボックス》1968, 1968/1990 鳥取県立美術館　※編集部撮影

尾﨑

そうです。このたびのオープンへ向けて、
３年ほど前に購入した作品です。

我が館の前身である鳥取県立博物館には、
それまで、
こういうタイプの作品がなかったんです。
さらに購入金額のことも含めて、
買った当時はずいぶん話題になりました。

──

はい。話題になってました。覚えてます。
つまり、何ていうかその、
さまざま批判もあったかと記憶してます。

尾﨑

ええ。こうして展示される前の段階では、
誰も本物を見たことがなく、
その状態で
総額「３億円」という購入金額だけが
ひとり歩きしてしまったんです。

でも今回、市民のみなさんに
はじめて実際に見ていただいたことで、
好意的な感想が届いています。

──

やっぱり「本物」を間近で見てみたら。

尾﨑

はい。なぜ「これが、アリなのか」が
腑に落ちるのではないでしょうか。
一級のアート作品の持つちからですね。

さらに
ウォーホルとデュシャンの関係性とか、
そういう文脈も考えると、一層。

──

ちなみに「５箱で３億円」なんですか。

尾﨑

そうです。しかも、このうちの１箱は、
1968年、
ウォーホルが生前に手がけた作品です。
とても貴重なもの。

残りの４箱は、ウォーホルの死後、
制作されたものです。

──

たしかに、ひとつだけ色合い違います。

尾﨑

古い作品には、表面に擦れがあったり。

この作品は、
ストックホルムの美術館のキュレーター、
ポントゥス・フルテンが企画した
ウォーホル初の美術館での個展に際し、
展示されることになったものです。
アメリカからの輸送も考えたのですが、
コストがかかるため、
結局現地で制作することになりました。

──

まさしくファクトリー的な作品ですね。

尾﨑

実際に「誰がつくったか」は関係ない、
という
ポップアートが切り拓いた世界観です。

よく見ると、中にひとつだけ「A.W」のサインのある作品が　※編集部撮影