特集『編集とは何か』第3弾は、
『デザインのひきだし』創刊編集長の
津田淳子さんの登場です。
毎号、発売すぐに完売してしまう
紙や印刷技術・デザインの本ですから、
もともとデザイン方面の人なのかと、
ずーっと思ってました。ちがいました。
でも、その少々「意外な経歴」が、
現在の「役に立つ本をつくる」という
津田さんの透徹した編集哲学に、
しっかりと、つながっていたのでした。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

>津田淳子さんのプロフィール

津田淳子(つだ じゅんこ)

編集者。グラフィック社『デザインのひきだし』編集長。1974年神奈川県生まれ。編集プロダクション、出版社を経て、2005年にデザイン書や美術書などをあつかうグラフィック社に入社。2007年、毎号、発売してはすぐに完売してしまう『デザインのひきだし』を創刊。デザイン、紙の種類や加工、印刷技術にまつわる、さまざまなテーマを追求し続けている。最新号のテーマは「和紙のステキさ、再発見」でした。グラフィック社のホームページは、こちら

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第4回 バターの本の、おそろしさ。

──
創刊当初の『デザインのひきだし』への、
読者の反応はどうだったんですか。
津田
1号目は、すごく速く売れたんです。
「金銀ピカピカな印刷紙加工テクニック」
という特集で、
紙にしても、箔にしても、印刷にしても、
「ピカピカさせるテクニック」を、
さまざまな角度から紹介したんですけど。
──
当時から、紙の実物というか、
サンプルもたくさん挟まっていたりとか。
津田
そうですね。
そこに特化した本がなかったこともあり、
売り切れるのは速かったです。
──
1冊まるごと金銀ピカピカのテクニック。
望まれていたってことですね。
津田
ただ、創刊から29号ぐらいまでは、
すぐに売り切れることってあまりなくて、
だいたい1年くらいで、
売り切れるくらいではありましたね。
──
雑誌のようだけど流通上は書籍だから
次の号が出たからといって、
必ずしも
棚から降ろされることもないですしね。
津田
そうですね、むしろ書店さんが、
新しい号と前の号とを
一緒に並べてくださったりとか。
あと、内容的に、
すぐに古くなっちゃう本ではないので。
──
何年後でも役に立ちますよね。
本をピカピカにしたい人が、いる限り。
津田
そうそう(笑)。
──
編集方針に、移り変わりはありますか。
津田
ないです。
毎号、必ずやっていることがあって、
それは、印刷なら印刷で、
実際に作業している工場を取材して、
連絡先を必ず載せていること。
──
連絡先が重要、ですか。
津田
何かをつくりたいと思った人が、
中間業者を介さず、
工場とか職人さんと直接つながれれば、
実現のための効率的な方法とか、
予算の話とか、
だったらこういう技術があるとか、
こまかい相談ができるじゃないですか。
──
徹底的に「実践」を見据えてる。
津田
ですから、技術を紹介するときは必ず、
実際の作業をしている現場と、
その連絡先を載せるようにしています。
自分もつくってみたいなと思った人が、
直接、連絡できるように。
──
なるほど。
津田
実際につくりたいって思っている人と、
技術を持っている人がつながって、
結果として、素敵な印刷物がうまれる。
そのための細い道になれたらいいなあ、
みたいな気持ちは、
創刊時からずっと変わってないですね。
見た目のいい「絵に描いた餅」だけが
載っている本じゃなく、
実践のための情報誌を目指してるので。
──
ああ‥‥『デザインのひきだし』って、
毎号、見た目もかっこよくて、
「実用書」とはかけ離れたイメージで、
手元においておきたくなる本ですけど、
でも、その佇まいの奥に渦巻く、
いい知れぬすごみを感じていたんです。

津田
ははは(笑)。
──
その正体が、いま、わかった思いです。
「徹底的に実現するための本」という、
その「超実践性」ですよね。
実戦で頼りになるすごい武器みたいな。
津田
自分のつくりたい本をつくるために、
つくっている本なんです。
だから
自分の知りたいことを取材しています。
そして、わたしと同じ思いを持つ人が
他にもきっといるはずだから、
ぜひともそういう人に読んでもらって、
素敵な本をつくってほしいんです。
──
めぐりめぐって自分のためでもあると。
とことん実践的な本をつくってるのは。
津田
そう、そうやってうまれた素敵な本に
またわたしが本屋さんで出会って、
わあって思って、買えて幸せ‥‥
みたいな、ただ、それだけなんですよ。
──
そこに、津田さんの軸があるんだなあ。
DTPの時代から変わってないですね。
津田
だって、何かを実現したい、
そのための情報を知りたくて
本を読んでいるのに、
ボンヤリして曖昧なところがあったら、
ムキーってなるじゃないですか。
──
はい(笑)。
津田
この本を見ればわかりますってことが、
わたしにとっては、
本をつくる上でいちばん重要なんです。
──
そういう目で
津田さんのつくった他の書籍を見ると、
がぜん、
おそろしいものに見えてきますね‥‥。
たとえば、あの『バターの本』とかも、
大島依提亜さんの装丁で
とっても素敵な本だと思うんですが、
「ただの素敵な本」じゃないですよね。

津田
ああ、ありがとうございます。
あれは
一過性の情報を乗せる雑誌じゃなくて、
書籍として何年も売る書籍なので、
価格や連絡先については、
やっぱり載せにくかったりするんです。
──
価格って年によって変動するでしょうし、
メーカーさん的にも、
できれば載せたくなかったりしますよね。
津田
そうなんです。
でも、バターが大好きで、
バターを買いたい読者からしてみたら、
100グラム500円なら考えるけど
100グラム2000円だったら?
最初から買わないって人もいますよね。
──
ええ。
津田
だから、わたしは、そういう
自分が読んだときに知りたい情報こそ、
載せたいなと思うんです。
価格の記載にはハードルが高かったり、
いろいろ面倒なこともあったりで、
目をつぶってしまおうかと、
一瞬、思ったこともあったんですけど。
──
はい。
津田
でも、自分が読者だったらと考えたら。
きっとガッカリするだろうし、
何よりそんなことをしたら絶対あとで、
つくった自分が、
後悔するに決まってると思ったんです。
──
なるほど。
津田
それで、
「すみません。定価、載せたいです!」
と、ぜんぶのメーカーに電話して。
──
はあ‥‥。
津田
この本も、けっこう大変だったんですよ。
印刷のサンプルが、
「紙の種類別」と「インキの種類別」に
載ってる本なんですが。
──
『オフセット印刷 サンプルBOOK』。
津田
その場合、他に比較対象できるページが
どこにあるのか書いてあれば、
絶対、わかりやすくなるじゃないですか。
──
えっと、つまり‥‥。
津田
刷ってある紙の種類はちがうんだけれども、
同じインキで、
11ページと19ページが刷られています。
で、そのことを書いてあげたほうが、
読者的には、絶対に便利だと思うんですよ。
──
おっしゃるとおりです‥‥が。
津田
そのガイドを最初、入れてなかったんです。
でも、つくっている途中で、
これ、他の参照ページが入ってなかったら、
読者には不親切だなあ‥‥と思って。
その時点でやり直すのは、
ものすごーく面倒くさい作業だったんです。
でも、それじゃダメだと思って入れました。

グラフィック社『オフセット印刷 サンプルBOOK』p.79より グラフィック社『オフセット印刷 サンプルBOOK』p.79より

──
これ、とんでもなく複雑なことですね‥‥。
これをやったのかあ。
校正のときには、
まだ本のかたちにはなっていないわけだし、
正しいか確認するの、おおごとですよ。
はああ‥‥津田さんのつくる本って、
徹底して、誰かの役に
きちんと立ってほしい‥‥という気持ちで、
できているんだなあ。震えますね。
津田
自分が読んだときに、どうか‥‥ですよね。
ほしい情報が載っている本じゃないと。
手間がかかっても、誰かに協力を仰いでも、
必要な情報が載せられなければ、
わたしは本にする意味がないと思ってます。
──
どんなに手間暇がかかっても。
津田
ですね。
──
ちなみに『バターの本』って、
企画そのものが素晴らしいと思ったんです。
幸せのかたまりって感じで。
類書っていうか、バターのカタログ本って、
でも、それまでもありましたよね?
津田
なかったんです。
──
えっ、そうなんですか!
これまで誰もつくってなかったんですか。
津田
これ、単にわたしがバターが好きだから、
つくった本なんです。
で、わたしのほしいバター本はなかった。
わたしがほしかったのは、
日本にいながらにして買えるバターには
どういうバターがあって、
それぞれどんなふうに味がちがっていて、
何グラムでいくらで‥‥
という情報を比較できる本だったんです。

──
ほしい本の内容が、めちゃくちゃ明確だ。
日本全国のバターを比較検討するときに、
徹底的に役立つ本、ってことですか。
津田
バターを食べ比べしてるブログがあっても、
だいたい3~4種類くらいでした。
全国のバターを網羅的に知りたいとなると、
自分でつくるしかなかったんです。
──
はあ‥‥。
津田
塩が入っているとか入っていないとか‥‥
値段とか、どこで買えるかとか。
そういう情報が載ってなかったら、
ただのバターの写真集になってしまって、
このバターを食べたいって思ったときに、
たどり着けないじゃないですか。
──
ああ、きれいな写真が載ってるだけでは、
道しるべにならないと。
津田
そうそう。バターの道しるべです。
わたしは、てっきり、
バターの生産者一覧というものが、
世の中のどこかに
あるものだと思い込んでたんです。
──
バター協会みたいなところに。
でも、そんなのものは、なかった?
津田
はい。だから、まずは、
どこにどんなバターがあるかを調べて、
リストをつくるところから。
そこにいちばん時間がかかりましたね。
──
どうやって調べたんですか。
津田
まず会社の机の上でできることとして、
ウェブ検索ですよね。
そして、各地のアンテナショップとか
物産展に足を運ぶ。
ふるさと納税サイトを、くまなく見る。
──
バター・ハンターの目になってる‥‥。
津田
あるていどのリストができたところで、
問い合わせをはじめます。
で、そのついでに、電話口の人に
近くにバターをつくってる人いますか、
と聞き込み調査をしています。
やっぱり、
最終的には人に聞くのがいちばんです。
──
インタビューの仕事をしていて思うのは、
何にしろすごいなと思う人は、
絶対に「現場」に足を運んでいて、
そこにいる人たちに
直接話を聞く、ということをしてますね。
津田
やっぱり、人に聞く、教えてもらうのが、
いちばん広がりがあると思います。
──
なるほど。「その先」に、たどり着ける。
津田
あるいは、このガンジー牧場のバターは、
ネット上には出てこないんです。
じゃあ、どうやって見つけたかっていうと、
ただ単に、
わたしがここの牧場に行ったことがあって、
知っていたというだけ。
──
ああ、自分の足で稼いだ情報。
津田
そうなんです。バターに興味があるから、
旅先では必ず
バターがないかチェックしてるんですよ。
いま、インターネットで
いろんなことが調べやすくなってますが、
本というものは、
お金を出して買ってもらうわけですから、
それに見合う情報とはなんだろう、
実用ってなんだろうとは常に考えてます。

──
おそろしや、
津田さんのつくった『バターの本』‥‥。
津田
ウェブを検索しただけでは
出てこないような情報が載っているのが、
紙の本だと思っているので。
なおかつ、その本には、
ずっと大切にしたくなるような佇まいが
備わっているのが理想。
──
完璧な情報と、素敵な佇まいと。
津田
そういう本ですと胸を張って言えないと、
買ってくださいなんて言えない。
だから毎回、面倒くさい~と思いながら、
読者を失望させない本、
自分が後悔しない本を‥‥と思ってます。

(つづきます)

2021-08-26-THU

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  • 津田さん編集による最新刊は、

    印刷・紙関連の仕事人たちに贈る、

    お役立ちブック!

    津田さんが、またひとりで、
    すんごい本をつくってしまいました。
    プレスリリースには
    「150種類の白&薄色系の
    特殊紙と包装用紙に
    同じ絵柄や文字を刷って1冊にした」
    とあります。
    つまり、紙を選ぶときに
    見本帳をあれこれ取り寄せなくても
    「同じ印刷条件」で
    「150種類もの紙の中から選べる」
    という、
    印刷・紙関連のお仕事の人にとって
    決定的に役立つ本のようです。
    すごそう‥‥。
    自分も、仕事としては必要ないのに、
    「見てみたい」と思わせられている。
    これも津田さんの編集力のなせる業。
    例によって例のごとく(?)、
    今回も企画・構成・編集・DTPまで
    ひとりでこなした津田さんです。
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