HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
ひと粒の麦から。
        皆川明(ミナ ペルホネン)✕糸井重里

        オリジナルのテキスタイルをつかった、ていねいな服作りで
        たくさんの人に愛されるブランド「ミナ ペルホネン」が
        今年で20周年をむかえました。
        ほぼ日手帳とのコラボも、5年目となります。
        
        20周年を記念して
        東京・青山のスパイラルホールで開催された
        展覧会「1∞ミナカケル」展では
        デザイナーの皆川明さんと糸井重里との
        トークイベントが開かれました。
        
        ほぼ日手帳が始まった「きっかけ」や
        服をつくる仕事でずっと大切にしてきた考え方など
        じっくり、自由に語り合ったふたりのトークを
        全5回でお届けします。

		第3回
		コートと本とひとり旅
糸井
皆川さんが洋服の世界に入る
「きっかけ」になったものが
あそこに飾ってありますね。
(会場内のある展示を指さして)
皆川
あ、コートですね。
糸井
(客席に向かって)
みなさん、見ました?
皆川さんが作ったんじゃないコート。
皆川
じゃないコート(笑)。
19歳の冬、北極圏近くにあるロヴァニエミという街を
はじめて旅したときに出会ったんです。
まだファッションデザイナーになる前だったんですが
あるブランドのパリコレの手伝いのときに
そのコートを着ていきました。
糸井
だいじに持っているんですね。
皆川
パリのファッション、つまり
いわゆる世界第一線のファッションというものを
勉強するいっぽうで、
かえって自分は、あのコートのような服に
魅力を感じたんですね。
ファッションの街で出会ったんじゃない服に
ファッションを見た気がしたというか‥‥。
もっともっと、いろんな方法があるぞ、と
思ったんです。
糸井
そのコートが触媒になって、
「こういうことを表現したいんだ」っていう
デザイナーの気持ちと、
皆川さんの心が、通じたんですね。
コートは、いわば手紙の紙のようなもので、
そこに書かれたメッセージとか気持ちを
皆川さんが受け取ったんじゃないかなあ。
皆川
そうですね。
あと、きっかけはもうひとつあるんです。
そのとき、北極圏に近いラップランド地方で
季節も冬だったもので、
僕はよく図書館に行っていたんです。
‥‥寒いから。
糸井
寒いから(笑)。
皆川
その図書館に置いてあったアートの書籍で
1冊だけ、日本語訳の本を見つけたんです。
読んでみると、あるアーティストの言葉に
「芸術家には誰でもなれる。
 でも、芸術を作れるとは限らない」
って書いてあった。
糸井
おお。
皆川
それを見たあとで、パリに行ってから、思ったんです。
たしかに、ファッションデザイナーやクリエイターと
「名乗る」ことなら誰でもできるな、と。
糸井
名刺に刷ればいいんですものね。
皆川
でも、ほんとうの意味でなれるかは、
わからない世界なんだなって。
北極圏で出会ったあのコートと、
ラップランドの図書館で出会った日本語の本。
それがきっかけになっているし、その気持ちがずっと、
いままで続いてるような気がします。
糸井
その19歳の旅では、
ひとりでへっちゃらだったんですか。
皆川
ひとりがよかったんです。
旅をしながら、口には出さないまでも、
ひとりごとを言うように
ずっと頭のなかで会話してる感じが、
自分にとっては、安心感があったんですよ。
‥‥暗いかもしれないですけど(笑)。
糸井
(笑)
皆川
言葉もわからないので、
たとえばお店に入っても、
その国の人たちの日常を観察しながら、
いろんな気持ちを考えては、反芻していました。
旅のなかで、そんなことがいちばん
たのしかったんです。
糸井
ああ、その時間こそが、
皆川明の根っこなんですね。
皆川
デザインって、意外とそういうことかもしれないです。
絵を描く行為よりも、
頭のなかでずっと考えていることというか。
糸井
うん。
しゃべっちゃったら、空中に消えてくようなことって、
いっぱいあるじゃないですか。
皆川
ありますね。
糸井
答えは出ないんだけど、
自分はこれについて何回も考えたんだよってことは、
山ほどありますよね。
友だちともしゃべってみたけど、
なんか違うなとか思って、
何度も自分ひとりで考えてるようなこと。
皆川
そうですよね。
僕も旅先では、ふつうのカフェとか図書館とか、
夜だったら地元の人でにぎわってるバーなんかに、
ただ居て、ボーッと見てるのが好きなんです。
糸井
そこの暮らしを見てるわけですね。
皆川
ここは名所だ、みたいなところには
あまり興味がなくて、
釣りをしてるおじさんをずっと見てたりとか。
すぐそばに「釣り禁止」って書いてあるのに、
そこで釣ってるおじさんの気持ちを考えてみたりとか。
会場
(笑)
糸井
夜中でも、電車に乗ってる時間でもいいんですけど、
「ひとりの時間」を過ごしているところを
想像しやすい人と、想像しづらい人がいますよね。
僕は、ひとりで過ごしてるすがたが想像できる人って、
ひとりで頑張れたことのある人だと思うんですよ。
だから信頼できるんです。
まさしく皆川さんはそうです。
皆川
人といるときもたのしいけど、
ひとりでいるっていうことの安堵感は、ありますよね。
自分ひとりの陣地に入ったっていうか。
糸井
テリトリーね。
皆川
そうですね。
その感覚は、前からずっと好きですね。
糸井
たとえば、皆川さんのテリトリーにあった
ものやら、気持ちやらが
作品になってどんどん外に出ていきますよね。
でも、それがすっかりなくなっちゃって
「もうこれ以上は出てこない」
ということには、なりませんよね。
それは、皆川さんのテリトリーのなかで
次々に何かが生まれてるってことですか。
皆川
生まれてますね。
たぶん、糸井さんも一緒だと思うんですけど。
生めば生むほど、生んだものどうしが
また仲良くなるんですよね。
糸井
うん、うん。
皆川
「アイディアがなくなりませんか」とか
「図柄が思い浮かばないときもあるんですか」
って聞かれたりするんですけど、
足りなくなるっていうことは、ないんですよ。
糸井
でも、ものを作る人には、
ひとつの壁みたいなものがあるとも思うんです。
つまり、ルーティンになっちゃって
自分が得意なことを繰り返しているうちに
だいたい1度、だめになるときがくる。
皆川
ああ。
糸井
だけど、皆川さんは、
過去に自分で生んだテキスタイルを
いまでも使ったりするわけでしょう?
皆川
使いますね。
糸井
そこがめずらしいケースだなと思ったんですよ。
模倣どころじゃなくて、
同じ曲を何回もいろんなふうに変えて演奏してる。
他にこういう例は、僕は知らないですね。
皆川
そう言っていただいて、
ああ、そうなのかも、と思いました。
たとえばイラストレーターなら
「これは、あの人の絵だね」ってわかることは
大事だと思うんですけど、
僕は、自分のなかでどんどん変わってみたいんですよ。
描き方や、表現の方法や、空想のしかたを
変えてみたいっていう思いがあって。
糸井
うん。
皆川
ファッションには、
イラストレーターやグラフィックデザイナーが
「その人らしさ」を出すというのとは
また違うおもしろさがあるなと。
糸井
なるほど。
皆川
新しいテキスタイルを作るときも、
「技法は、この前の方法の延長線にして、
 描く時の想像や表現のしかたは、
 反対側に行ってみよう」
とか、考えてます。
ファッションには、
年に2回のコレクション発表のシーズンもあって、
そのペースが、いいリズムになっていたり
するんですよ。

(続きます)
2015-09-04-FRI

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