歌って、歌い手によって、
自分の心情を歌ってるような
感じがする人と、
誰かの立場に立って歌ってるような
感じのする人っているじゃないですか。
それがみゆきさんの場合は
はっきりとご本人の心情じゃないような
感じがするんです。

作家性が強いですよね。

そうそう。

気がする。
たとえば「地上の星」も、
名もなき人たちこそが
星なんだよっていうことを
言ってるじゃないですか。

それ、ぼくね、よく考えるんですけど、
「全部」なんですよね。
視点が急に神様みたいな
高いところに上がるときもあれば、
そこに這ってるアリンコの中に入って
その気持ちで歌うときもある。
定まってはいないんですよ。
だから全部に、あまねく浸透してる。

そっか。誰よりも、
不思議な感じがするのは
そういうことなんですね。

カメラが自在に動き回ってる感じですね。

自在、自在。

それが惹かれる理由かもしれないです。
中島みゆきさんて、曲を聴くたび、
これまでに見たことがないという
印象を受けるんですよ。

１曲ごとに違うかもしれないね。

「ファイト！」は何か応援してるようにも見えるし。

「ファイト！」はこれ、
ＤＪの立場っていう
シチュエーションかなぁ。
ラジオのリスナーから投稿されて来た
葉書を読んでいるみたいなふうに、
いろんな人の人生のストーリーが入ってる。
あ、ラジオといえば、ＤＶＤの中で、
みゆきさんが座って、
ちょっとネクタイみたいなのして
歌ってるコーナーがあるじゃないですか。
そこは実はお便りコーナーで、
開演前に、お客さんが手紙を書くんですよ。
娘が嫁に行って夫婦ふたりになったので
ひさしぶりにふたりで出かけて来ましたとか、
こんな思い出がありますとか、
みんながそれぞれ好きに書く。
それをラジオの構成作家の人が編集して
これを読んでくださいっていうのを
舞台のみゆきさんに届けるんですよ。

あ、あの紙！
「命の別名」で、振りかざしていた紙！

あの紙、歌詞じゃないんだ！

歌詞じゃないんですねー。

あれ、お客さんからのお手紙なんです。
多分、歌詞、持ってても、
みゆきさん、近眼だから
読みながら歌えないと思う。

あれは定番なんですか。

ぼくの観た３回のコンサートは
すべてやってました。
いろいろあってね、
ホロリとしたり、
ちょっとくすっと笑ったり、
他愛もなかったりするようなことを
読むんですよ。
で、すごくね、
すごいときもありますよ。
壮絶だなって日もあれば、
軽ーい日もあるんだけど、
話を戻すとね、「ファイト！」は
そういう経験からできた曲かもね。

それ、読んで、それに対して
みゆきさんが何か言う？

そう、重くなり過ぎないように、
さらっと何かを言って、
で、歌につなげるんだけど、
関係あるようなないような
構成になってたりする。

うわあ。

あー、そういうことなんだ。

あれ、見事だったなあ。

あれを全国でやってるんですよね。

ああ、それはすごい。

全公演。

あれ、長い間、
ラジオをやってきた賜物ですよね。

私はみゆきさんは
テレビドラマの主題歌で知ったんです。
フジテレビの「親愛なる者へ」っていうドラマで
「浅い眠り」を聴いて、
すごーい、いい曲だなあと思って。

えーっと（資料を見る）、1992年ですね。

あのぐらいからみゆきさんは、
歌の表現の幅がどんどん
広がってきてるんじゃないかな。
今回のコンサートも全部、歌が、
歌い方が違うぐらい違う。

「ファイト！」なんか、もう最たるもので、
１話ずつ違う歌い方しますよね。
ぼくは中島みゆきという人の音楽には
まったく触れないで30代まで来て。
「大吟醸」っていうベスト盤からです。
そこで「ファイト！」に出会うんです。
今回「ファイト！」が聴けたのも
鳥肌ものでしたよ。
だって前回「ファイト！」を
コンサートで歌ったのって、
阪神大震災やオウム事件の年のはずですよ。

へえ‥‥。

日本がごったごたになってるときの
コンサートツアーだったはずです。

ああ、なるほど。

で、今回、また中島みゆきが
「ファイト！」を
歌う時代が来たんだと思って。
来ちゃったんだ、と思って、
ちょっと怖かった。

中島みゆきが「ファイト！」を歌う時代が。

たぶん、もう１個、意味があって、
病に倒れている吉田拓郎さんへの応援かな、とか。
盟友でしょう。
しかも「ファイト！」の前が
吉田拓郎のカバーの
「唇をかみしめて」ですもんね。

あ、そうなんですね。

で、続けて「ファイト！」だったんで、
始まった途端に拍手が起きましたね。
まさか、聴けると思ってなかった。

ね、あ、鳥肌が立って来た。

壮絶でしたね、「ファイト！」はね。

あ、中島みゆきが
「ファイト！」を歌う時代は
俺も頑張んなきゃみたいな気に。

ああ。

何か警告を発されたような。

そうですね、警報が出た感じですね。

慌てちゃう。

慌てちゃうよね。
どうにかしなきゃっていうメッセージ、
強いものをぼくは勝手に感じてました。

あのう、訊いてもいいですか？

どうぞどうぞ。

みゆきさんには、
いったい何があったんですかね‥‥。

え？

こんな歌をつくって
わたしたちに聞かせてくれるって、
いったいなにがあったら
人はこんなふうになるんだろうって。

ほんとですよねえ。

うーん、何かあったとか
そういうことじゃなくて、
推理小説家の実人生に
殺人や陰謀ががたくさん
関わっているわけがないように。
でも、人の心の闇や世の悪を感知できるから
小説が書けるわけであって、
中島みゆきさんというひとも、
人の思いや希望や絶望や時の流れ、
そういうことがすべてきちんとわかってて
こういう歌が生まれるのかもよ。
そういうものごとを感じ取る力と
それを物語にしてつむぐ力と
それを歌う表現者としての力すべてに
とびぬけているんじゃないのかなあ。

そうですね。
だから、重くないっていうか、
重いんだけど、
みゆきさんが救いになってるというか。

コンサート自体が全体的に明るい雰囲気で
笑顔で進んでいくじゃないですか。

うん。

それで、ね、
油断してるとドーンと来るんですよね。

そうそうそう。

そうそう、軽ーいトークの後に
突然すごい曲が入ったりするわけですよ。
でも今回は、前半はトークが多めで、
後半、わりと一気に曲に行きましたね。

畳みかけたんですね。

中島みゆきさんの中で変遷てあるんですか。
わたしが観た昔の映像って
みゆきさん、ギターを持ってて、
オーバーオールみたいなのを着てたような。
でも今はそういう感じじゃないですもんね。

あ、それはありますよね。
最初の頃はすごくアコースティックで、
シンプルに歌ってましたけど、
途中で打ち込みの音が流行ったとき、
そういうのを取り入れたりとか。
よく言われるのが
迷ってた時期もあるっていうことですね。

ロック寄りな時代がありましたよね。

今の方向のきっかけになったのは
「地上の星」だって、
ご本人も言ってましたよね。
「地上の星」は、
オーソドックスに、ひねらずに、
ストレートに作って、
それがすごくヒットして、
ああ、自分は自分のやり方で
やればいいんだっていうふうに戻ったって。

や、そうか。

「地上の星」がヒットした直後の
コンサートツアーでは、
昔の曲をいっぱい歌ってくれたんです。
そのとき、ヤマハの人に聞いたら、
みゆきさんの中で何かがこう、落ちたんで、
昔の歌をいっぱい入れたんですって。

『歌旅』には
入っていないですけれど
「ヘッドライト・テールライト」も
とてもいいですよねえ。

ああいうテーマの曲って、みゆきさんには
幾つかあって、全部いいですよね。
決して「夢は叶うよ」みたいな
安易な約束はしていないのに、
でも、歩いていこうという人を
ちゃんと応援している。

そうそう、絶対、夢が叶うよなんて
言わないんですよ。

絶対言わない。

こんな厳しい人いないと思うんです。

（笑）。

道は厳しいよと。

厳しいですね。

その道に灯りを照らすのはあなただよと。
あなたが照らさなかったら、
誰も照らしてくんないよと。

うん、うん、うん。

厳しーい。

でもそんなあなたでも、
見捨てないよーみたいな感じが。

ちゃんと見ているよっていうの、あるよね。

だからね、楽になるんですよね。

そうですね。

必要ですよね。中島みゆきは。

必要ですよ。
何かね、辛いことや悲しいことがあったら、
絶対中島みゆきですよ。
昔から言われますけど、
失恋したりとか、辛いことがあったときは、
明るい曲を聴くんじゃなくて、
中島みゆきを聴いて、ぐっと１回沈むと、
底を打って浮上できるみたいな。

そうですね、蹴ってね、ポーンとね。