もくじ
第1回一年ぶりに着てみたスーツ 2019-03-19-Tue
第2回スーツに着られていた日々 2019-03-19-Tue
第3回スーツ姿を引き立たせるもの 2019-03-19-Tue
第4回はじめてのフルオーダースーツ 2019-03-19-Tue
第5回僕とスーツのこれから 2019-03-19-Tue

1991年生まれの関西人。東京で4年ほど人事の仕事をしたのち、
今は島根県の離島で暮らしています。得意料理はだし巻き卵。

スーツが似合う男になりたくて

スーツが似合う男になりたくて

担当・山野靖暁

第4回 はじめてのフルオーダースーツ

スーツの「フルオーダー」というのは、
生地やサイズはもちろんのこと、ボタンの色、
スーツの裏地、パンツの仕上げなどなど、
細部までスーツを仕立てる「テーラー」の方と
一緒に話を重ねて、決めていくものである。

スーツへの探究をつづけていた僕は、
フルオーダーのジャケットの仕上げ方には、
肩の張りがしっかり出る「ブリティッシュスタイル」と、
柔らかく華やかさのある「イタリアンスタイル」が選べる
ことなどは事前にリサーチ済みで、生地も下見をしていた。

そんな僕は、はじめてのフルオーダーとはいえ、
落ち着いたビジネスマンの風格で、余裕をみせながら
テーラーさんにオーダーをしていきたいと意気込んでいた。

しかしいざ始めると、ボタンの色だけで何十種類もあり、
生地との組み合わせを考えると、組み合わせは無数にある。
結局、僕は迷いに迷うことになった。
ただ職人さんのこだわりや、知識の深さに触れながら
一緒にスーツをつくっていく過程の緊張感と
ワクワク感は、今でもよく覚えている。

テーラーさんは、僕の好みはもちろんのこと、
僕がどんな仕事をしていて、日々どんな人たちと
接しているかなどを、丁寧にきいてくれた。

そんな対話を重ねたうえで、
最終的に、僕はシンプルな黒を基調に、
うっすらとチェックの柄が入った生地を選び
薄い茶色のボタンをアクセントにした。

またテーラーさんのアドバイスも受けて、
スーツの裏地は、あまり主張しすぎない色で、
パンツの裾はダブルにあげてもらうことで、
少し大人っぽさを出そうと試みた。


(写真:はじめてつくったフルオーダースーツ)


(写真:裾をダブルにあげてもらったパンツ)

このスーツは、僕の一番のお気に入りで、
当時も大事な商談のときなどには、
意識的にこのスーツを着ていたと思う。
スーツ自体の良さはもちろんのこと、
つくり手の想いを感じることのできる
スーツがあることは心づよかった。

当時、そのスーツに僕は
まだ着られている感覚が多少あったけれど
「スーツに着られないように」という想いが、
仕事にも張り合いを与えてくれた。

そしてある日のこと、
好きでアタックしていた年上の女性から

「そのスーツ、よく似合ってる」
「そのデザインで、パンツの裾がダブルなのがいいね」

と、お褒めの言葉をいただき、僕は舞い上がり
心の中で、大きなガッツポーズをした。
「すべてはスーツが似合う男になるため」という
僕の長きに渡る努力が、報われた気がした。

そう、振り返ると僕のスーツへの探究は、
「女性からモテたい」とか
「Tさんみたいに、スーツが似合う男になりたい」とか
結局、そんな単純な動機からであったと思う。

けれど、僕はこの原稿を書きながら、
スーツへの探究を通じて、
スーツやシャツ選びのコツだけでなく
仕事をする上で大切なことをたくさん
学んでいたことに気づいた。

日曜日の靴みがきから学んだ、
自分のペースを整えるルーティーンの大切さ、
Tさんから学んだ、ビジネスマンとしての
身のこなし、常に最善の準備をすることの大切さ、
テーラーさんから学んだ、相手に寄り添う
モノづくりの姿勢と、プロとしての知識の深さ、
どれも僕が大切にしたい「仕事の原点」である。

Tさんの背中は、僕にはまだまだ遠い気もするけれど、
人に恵まれて、人にみがかれて、社会人生活を
過ごしてきたことに、あらためて感謝をしないとなあ
と、僕は東京から遠く離れた小さな島で感じていた。

(つづきます)

第5回 僕とスーツのこれから