僕が「スーツの着こなしが、あきらかに違う」
と感じた相手は、クライアントの証券会社の
課長Tさんで、30代後半くらいだったと思う。
彼が着ていた濃紺のストライプのスーツは
少し派手さもあるけれど、その派手さに、
なぜか嫌なかんじがまったくない。
そしてスーツもそうだが、白いシャツに
どこか「張り」があるように見える。
シルバーのRIMOWAのスーツケースが、
濃紺のスーツに、とてもよく映える。
かっこいいビジネスパーソンというのは、
こうも違うのか、と僕はTさんが醸し出す
オーラに圧倒されてしまった。
Tさんに、一方的なあこがれをいだいた僕は
シャツに丁寧にアイロンをあてるようになったり、
「鎌倉シャツ」という、自分の財布でもなんとか
手の届くブランドのシャツを買ってみたり、
日曜日の夜には、すべての革靴をかかさず
みがくようになった。
僕はO型で、基本的には
めんどくさがり屋な性格なのですが、
すべては、スーツが似合う男になるため。
その一心で、たゆまぬ努力をつづけたし、
僕はそれをけっこう楽しんでいた。

(写真:靴をみがいたあとの一枚/2015年当時)
社会人二年目は、仕事で苦労することもたくさんあり、
日曜日なんかは、けっこう憂鬱になることも多かったが、
シャツのアイロンや靴みがきをすることで、じぶんの心に、
少しは落ち着きを取り戻せていた気がする。
例えば日記を書くことでも、運動をすることでも、
靴をみがくことでも、日常の中に自分のペースを
整えるルーティーンを持つことは、けっこう
大切なことなんじゃないかと、この経験から思う。
そんなことも考えながら、
シンプルな紺のスーツには、茶色系の靴や
ベルトを合わせてみるとアクセントになるとか
ストライプや、チェックのスーツには、
シンプルなワンカラーのネクタイを合わせると
締まりが出るとか、Tさんや先輩を日夜観察しながら、
僕はこつこつと、スーツの着こなしについて、
探究をつづけていた。
そして、Tさんをよくよく観察していて気づいたのは、
かっこいいスーツや、シャツはもちろんであるが、
会議室にお客さんを通すときのスムーズな身のこなし、
名刺交換をするときの無駄のない動き、
その一挙手一投足が、Tさんのスーツ姿を引き立たせている、
そんな風に僕には見えた。その動きはビジネスマンとしての
Tさんの幾多の経験や、準備をおこたらない姿勢に、
裏打ちされていたのではないかと思います
僕は日々仕事に取り組む姿勢の大切さを感じながら、
上手くいかないなりにも、仕事に励んだ。
そして、少しずつ仕事の調子も持ち直したころ、
たしか社会人三年目くらいのころだったと思うが、
僕は三着目のオーダースーツの購入を決めた。
それは僕にとって記念すべき、はじめての
「フルオーダースーツ」への挑戦だった。
(つづきます)