もくじ
第1回あこがれの詩人、Iさんと。 2019-03-19-Tue
第2回大学時代からの友人、Mちゃんと。 2019-03-19-Tue
第3回大好きな、おばあちゃんと。 2019-03-19-Tue
第4回対詩をしてみて。(おわりに) 2019-03-19-Tue

生まれも育ちも愛知県名古屋市の、25歳。うお座のB型。
最近、ばあちゃんと一緒に料理をしています。玉ねぎが切れます。
わたしの名前の由来は、吉本ばななさんの名作「TUGUMI」からとった、という説が濃厚です。

詩で、はなす。心で、はなす。

詩で、はなす。心で、はなす。

担当・こばやしつぐみ

わたしは、日常的に詩を書いています。
いわゆる、「詩人」です。
でも、ふだんはごくふつうの会社員です。
詩でごはんを食べているわけでもないし、
あまりおおっぴらに、
じぶんの詩を誰かに見せることはありません。

「詩」とか「ポエム」とか聞くと、
「ああ、あの小っ恥ずかしいやつか」
と思う人は少なくないと思います。
また、わたし自身「小林さんってポエマーなんでしょ?」
なんて揶揄されたりもします。

でも、詩ってふしぎで、書けば書くほど
あたらしいじぶんを知ることができるんです。
「ああ、わたしってこの時こう思っていたんだ、
やっとわかったよ」と、
まるで、「じぶんと対話している」かのようで、
詩を書いている時のじぶんこそが、
「ほんとうの自分」なのかもしれないと思うほどに、
おもしろいのです。
そして、
「だれかと対話するように、詩を書いてみたい」
と思うようになりました。

そこで、今回はわたしが特別な思いを抱き、
「ものを書く」きっかけとなった3人の方々と、
「対談」ならぬ「対詩(たいし)」をしていただきました。
「対詩」とは、
複数の詩人が交互に詩を書き、ひとつの詩を生みだす
「連詩(れんし)」の、2人バージョンのこと。
詩人である谷川俊太郎さんと覚和歌子さんが、
その場で作品を完成させる
「ライブ対詩」を行い、そこで書かれた詩が
のった本も出版されています。


全4回。「詩が好き」というひとも、
「詩はよくわからない」というひとも、
どうか、どうか、読んでみてください。

第1回 あこがれの詩人、Iさんと。

「対詩をしてみよう」そう思って
一番に思い浮かんだのは、あこがれの詩人、Aさんです。

わたしがAさんを「あこがれる」きっかけになったのは、
大学2、3年生のとき。
当時わたしは、少しずつ詩に興味を持ちはじめていて、
祖母が昔買った茨城のり子さんや、金子みすゞさんの
詩集を読んでは、ふむふむ、詩とはこういうことか、
と詩の世界を知るようになっていました。

ですが、わたしは詩について知ろうとする一方で、
「わたしなんかが詩をかけるわけがない」と、
じぶんでは書こうと思っていなかったのです。
 
そんなときに、Aさんの存在をSNSで知りました。

Aさんは関西在住の女性で、
ふだんはデザイナーとして仕事をこなしながらも
詩集やZINEをバンバンつくったり、個展をしていたり、
企画展に参加して映像作品をつくっていたり、
近年ではダンサーの方とコラボして
詩の朗読をおこなっていたり…とにかく活動的な人です。
 
Aさんを知ってまず思ったのは、
「ふつうの人も詩を書くんだなあ」ということ。
ふつうの人というのは、プロではない人という意味です。
「ふつうの人だって、こんなに素晴らしい詩が書けるのか」
と思い、同時に、
何も動かずに「わたしなんか」と思っていたじぶんのことが、
とても恥ずかしくなりました。

それからわたしは、ペンを取り、スマホを取り、
じぶんの思っていることを書きはじめました。
これが詩なのかどうか、じぶんにはわからないけれど、
言葉を書く手は、文字を打つ手は、止めることはできませんでした。

(当時のtumblerのアーカイブ)

その後、共通の友人を通して、Aさんと名古屋で
お会いすることができました。
失礼な言い方かもしれませんが、
はじめてお会いしたAさんは、想像以上に「ふつうの人」でした。
優しくて、穏やかな話し方をする人で、よく笑う人で、
言葉をとても大切にする、「ふつうの人」。

Aさんとの出会いがなければ、
わたしは詩を書くことはなかったかもしれません。
 
そんなAさんに、今回の対詩について
お願いのメールをしたら、久しぶりの連絡にも関わらず
「久しぶりだし、色々聞きたいから、お話しませんか」
といってくださり、フェイスブックの
メッセンジャーの通話機能をつかって、
3時間ほどお話ししました。

パソコンの画面越しにお話したAさんは、
以前お会いしたときと変わらない穏やかな声でした。
仕事の話や、料理の話、そして詩の話。
とにかくいろんな話をしました。

そして、対詩については、
「とりあえず、やってみましょう」
と言ってくれたのです。

その瞬間、わたしは胸がはずみました。
「やったあ、うれしい」って、
金メダルをとったみたいに大喜びしました。
 

今回、対詩をするにいたって、3つのルールを設けました。
・一人の詩を書く目安は3〜5行程度(あくまでも目安)
・できる限りリアルタイムで。
わたし→奇数、相手の方→偶数 

それでは、Aさんと対詩してつくった作品です。
今回は、お互い距離が離れていたので、
フェイスブックのメッセンジャーを使って
書きました。
執筆時間は、1時間半くらい。
タイトルは、「春を生きる」です。
 

「春を生きる」

春が、目の前で呼吸をしている。
あの寒空は嘘だったかのように
ゆっくりと 葉は伸び、空気が生ぬるくなり、
人はパステルカラーという存在そのものになる。
ぼくは浮き足立って、くるりと一回転した。
春が、目の前で笑っている。
この頭上を、この大通りを吹き抜けて、
この町の至るところにある
小さなつぼみを柔く染め上げる。
君の頬の赤み、ぼくらの足元の芽吹き、
大きく息を吸い込む生きものがふたり、ここにいる。
春が、去年の春より生き生きとしている。
それになぞらえるようにして、ひとびとの
春になったら、という仮説があとを立たずにいる。
そう、ぼくらは、
春のそのさきの、夏を、秋を、冬を、まっている。
一年がくるっと過ぎるのを、歳をとるのを、
じっとみつめたいと願っている。
春を見つめ、夏に焦がれ、
秋を思い描き、冬を慕うぼくらの
この瞳に映る一瞬間が、嘘になんかなるもんか。
瞼を閉じたあとの暗がりが
こんなにもあたたかな理由を知りたくて、
ぼくらは今日も目覚めてゆく。
ぼくらはこんなにも世界に出逢いたい。
それは朝のひかりかもしれないし、
テレビでやっている占いかもしれないし、
夢とか愛とか、きぼうかもしれない。
この目にうつるもの、うつらないもの、
ぜんぶぜんぶ抱きしめるから、
きみはその睫毛をふるわせていて。
あかるさと暗さを、どうか忘れないでいて。
春が、目の前で呼吸をしている。
春が、目の前で笑っている。
そうだ、
春になったらきみに見せたい景色があるんだよ。
それはなんてことないこの町に広がる、
ひかりの中にある、影の中にある。

対詩が終わったとき、
なんとも言えない高揚感で、
頭の中がふわふわとしました。
そして、その後Aさんからは、
とてもうれしいメッセージをいただきました。
(グレーの文章がAさん、青色の文章がわたしです)

もう、ほんとうに感激しました。
隣にいなくても、会わなくても、
生まれたての言葉をAさんと共有できたこと。
そして、楽しかったと言ってくださったこと。
うれしかったです。ほんとうに。
ああ、春よこい。
少なくとも、わたしの心に春はやってきています。

第2回 大学時代からの友人、Mちゃんと。