答えを出さないという選択肢
担当・安藤菜々子

第2回 訴えたいことがないと書いちゃだめですか
- 燃え殻
-
ぼく、今日、糸井さんに聞きたかったんですけど、
小説とかって、何か訴えなきゃいけないことがないと
書いちゃいけないんですか。
- 糸井
-
(笑)。
それは、例えば高村光太郎がナマズを彫ったから、
「高村さん、このナマズはなぜ彫ったんですか」って
聞くみたいなことですよね?
- 燃え殻
-
そうそう。
「それはすごく社会的に意味があることなんだ」
みたいなことは、高村さんは言えたんでしょうか。
- 糸井
-
言えないんじゃないでしょうかね。
横尾さんに聞いたら怒りますよね。
「だからダメなんだよ」。
- 燃え殻
-
ぼくは横尾さんじゃないので答えなきゃいけなくて、
この本はちょうど90年代から2000年ぐらいのことを
書いているので、
「90年代ぐらいの空気みたいなものを
一つの本に閉じ込めたかったんです」
というウソをこの1か月ぐらいずっとついてて。
- 糸井
-
それでもいいやっていうウソですよね、でも。
- 燃え殻
-
多分それがいいんだっていう。
本当はこの小説の中では、
2か所ぐらいしか書きたいことがなくて。
- 糸井
-
ほう。
- 燃え殻
-
それは書きたいことというか、書いてて楽しいみたいな。
訴えたいことじゃないんです。
- 糸井
-
自分が嬉しいこと。うんうん。
- 燃え殻
-
それが2か所ぐらいあって。
これ本当にあったんですけど、
ゴールデン街の狭い居酒屋の
半畳ぐらいの畳で寝てたんですよ。
で、寝てたらぼくの同僚が、
えーと、ママ、パパ、ママみたいな人と‥‥
- 糸井
-
ママ的なパパ。
- 燃え殻
-
ママ的なパパと朝ご飯を食べている。
で、すごいほうじ茶とご飯の匂いがするんですね。
外は網戸にに雨が降りつけている。
でも、お天気雨みたいな感じで、日が差している。
何時かちょっとよくわからないんだけど、
多分七時前かなぐらいの時間で。
今日仕事に行かなきゃなって思いながら、
同僚とママとの何でもない会話をぼーっと聞いてる。
なんかもう一度二度寝しそうで、でも寝落ちはしない。
今日は、嫌なスケジュールが入っていなくて、
昨日嫌なことがなかったから、
ああ、昨日嫌だったなあみたいなことはない。
で、体に、まあ、ありがたいことに、
内臓だったりなんか痛いところがない。
ていう1日を‥‥

- 糸井
-
あ、よいですね。
- 燃え殻
-
書いてるときは、気持ちがよかった。
- 糸井
-
思ったときにすぐ書くとは限らないんだけど、
覚えとこうと思うだけで、なんかいいですよね。
- 燃え殻
-
そう、そうですね。
- 糸井
-
燃え殻さんは学生の頃、
学級新聞みたいな壁新聞を作って毎日書いてた。
- 燃え殻
-
はい。
- 糸井
-
なんで思うだけじゃなくて書きたいんだろう
って話をもうしてみましょうか(笑)。
- 燃え殻
-
しましょうか。
- 糸井
-
仮に「やせ蛙まけるな一茶これにあり」っていう、
これは俳句って短い形式だけど、
「やせ蛙」っていう見方をしたなっていうのが
まずうれしいじゃないですか。
ただ蛙だったところに「やせ蛙」って言っただけで
もう、あ、いいなって。
燃え殻さんがゴールデン街で横になって、
やせ蛙を見つけたみたいな。
- 燃え殻
-
うん、そうですね。ぼくだけが見てる景色‥‥
- 糸井
-
そうそうそう。
- 燃え殻
-
を切り取れた喜びみたいなものだったりとか。
あと、ぼくはそれでいうと手帳を21冊、
全部取ってるんですよ。
- 糸井
-
らしいんだよね。
- 燃え殻
-
はい。で、デスクに6冊、7冊ぐらいは
常に置いている。
仕事中とかちょっと時間ができたときとかに、
それを読み返すっていうのが自分の安定剤というか。
- 糸井
-
うんうん。
- 燃え殻
-
中身はもちろん手帳なので、
予定がまず書いてあります。
- 糸井
-
書いてあるね。
- 燃え殻
-
で、納期がこう。次の納期はこう。
ここにはこの打ち合わせがあると書いてあって。
それがどうなったかも書かなきゃいけないので、
もちろんそれも書いてある。
- 糸井
-
必要だからね、そこはね。
- 燃え殻
-
はい、必要なんです。
で、そこにもう一つ、例えばその人のことを
忘れないために、似顔絵が描いてあったりとか。
その日はたまたま食った天丼屋がうまくて、
でも、その天丼屋多分忘れるなって思って、
その天丼屋の箸を貼ってあったりとか。
- 糸井
-
箸袋だね。
- 燃え殻
-
そうそう。
結局、十何年行ってないんですけど、
でも、天丼のシミとか付いてて。
- 糸井
-
行くかもしれないっていうのが、
自分が生きてきた人生にレリーフされるんだよね。
- 燃え殻
-
はいはいはい。
- 糸井
-
で、行かなくてもレリーフは残ってんだよね。
- 燃え殻
-
そう、行かなくても残ってる。
- 糸井
-
その感じっていうのと、
燃え殻さんの文章を書くってことがすごく密接で。
- 燃え殻
-
すごく近い気がして。
- 糸井
-
ねえ。これは俺しか思わないかもしれない
って思うことが、みんなに頷かれなかったときって、
「悔しい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
- 燃え殻
-
すごく「うれしい」。
- 糸井
-
今の、ゴールデン街で酒飲んでそのまま寝ちゃって、
起きたときのお天気なんていうのは、
多分、頷ける人は、同じこと経験してないけど、
けっこういると思うんです。
で、発見したのは「俺」なんです、明らかに。
だけど、同時に、それが通じるっていう。
- 燃え殻
-
そうですね。「経験してないけど、わかるよ」
っていうところがうれしいというか。
あと、あとから振り返ったときに、
そのときの自分の悩みも書いてあったりとか。
悩みだったり関係性がどんどん変わっていく様だったり
とかが見えて、手帳を読み返すんですよね。