- 母
-
若い人のほうが、やっぱり歌に力強さがあるんよね。
歌っていうのは身体表現だから、
足をつかって、腰をつかって、肉体労働やで。
- ぼく
- けっこうみんな練習のときも、腰を伸ばしたりしてたね。
- 母
-
やってたやろ。
年をとっていくと肉体的な衰えとかは出てしまうわけ。
- ぼく
- 年齢には逆らえないんやね(笑)。
- 母
-
(笑)
だから、若い時のほうが、そりゃ難しい曲だってなんなく歌
える。年をとってくると、高いパート音が出なくなったり、
不要なとこでビブラートしちゃったりするからさぁ。
- ぼく
- それでも、音楽って世代問わずやっている人がいるよね。
- 母
-
音楽イベントに行くと、70代80代の人たちがステージに
立ったりしていて。そういう人たちの歌ってなんていうか、
やっぱり人生がある。
- ぼく
- うんうん。
- 母
-
『川の流れのように』の練習をしているとき、お母さんがみ
んなに言ったねんけど。
どれだけわたしたちが声をつくって、「知らず~知らず~」
と言っても、美空ひばりにはなれないわけ。
自分の人生経験の中にないものは表現できないと思うねん。
- ぼく
-
なるほど‥‥重ねてきた経験が、歌に出るんかな。
でも、やっぱり、美空ひばりがちらつくけどなぁ。
- 母
- そう。だからあの曲は、すごく難しい。
- ぼく
- そっかぁ。
- 母
-
だからね、自分たちよりずっと人生経験の深い人たちの前で
歌うために練習してる以上、うわっつらで歌ったらバレるっ
ていつも思ってやってる。
- ぼく
- それはなんか、表現者としての礼儀みたいなことかなぁ。
- 母
-
そうかもしれないね。聴いてもらってる側なんだから。
施設のおばあちゃんの中には、へたくそな曲を持っていくと、
「そんなん人前でやったらあかんわ、出直しておいで」
って言ってくる人もおるらしいねん。
- ぼく
- それは、なかなか厳しい一言やね(笑)。
- 母
-
でも、その人にも届くものを作りたいというか。
はじめて施設にいくときからずっと思ってたけど。
自分たちが持っている以上のことはできない。じゃあ、何が
表現できるかって、心をこめて歌うためににどれだけの練習
をしてきたかっていうことじゃないかって。
- ぼく
-
へぇ~。
やっぱり、練習に向かう姿勢とかも、
できあがったものに関係してくるよね?
- 母
-
ぜんぶ音楽に出るからね。ハーモニーはかんたんに作れる。
でもさ、そこに乗せられるものって言ったら感情しかないや
ん。じゃあ、その感情をどういう表現で、どういう息遣いで
伝えられるか。そこは技術的なことも含めて、一生懸命練習
してるんよ。
- ぼく
-
音楽ってさ、うまかったら、楽しさが伝わるものなの?
うまいって、基準がいっぱいあるけど。たとえば、カラオケ
の採点が高くても、それは楽しさとは別のような気もして。
- 母
-
‥‥それは難しいね。
でも、あまりにかみ合っていない歌を聴いて、あぁいいなぁ
とは思ってもらえないだろうし、楽しそうにも見えないと思
うなぁ。
- ぼく
- そりゃそうかぁ。
- 母
-
なんやろう。
大人が感じる「楽しそう!」っていうのはさ、ただふざけて
る姿を見ることじゃなくて。真面目に取り組んで何かを充実
させるためにやってる姿が、人に「楽しそう!」って思って
もらえるものになるんじゃないかな。
- ぼく
- あぁ。それは、この間の練習でちょっと感じてたことかも。
- 母
-
昨日の練習でも、みんなでガヤガヤおしゃべりするのが楽し
みってだけで集まっているわけじゃなくてさ。
3時間の練習の中で、どれだけ充実した時間をすごせるかを
大切にしていて。
- ぼく
- それが、表現に形になって出てくると。
- 母
-
だってさ、もう結構な年齢になっている人たちがさ、3時間
の練習を、ずーっと立ちっぱなしで歌っているわけ。
しんどいよ、ほんと。でも、あっという間にすぎるってみん
な言ってる。
- ぼく
- ぼくなんて、立って聞いてるだけで腰が痛かったもん。
- 母
-
(笑)
だから、趣味に全力になれるっていいことだと思うわ。
- ぼく
- ‥‥お母さんにとって、やっぱり、音楽は趣味なんよね?
- 母
- 趣味やね、趣味以上のなにものでもない。
- ぼく
- これからも、このまま続けていくんかなぁ。
- 母
-
どうやろ、それは分からないけど、
ずっといまのように続けていきたいと思ってるよ。
- ぼく
-
趣味を持つことってどういうことなんやろ。
それがあることで、人生ってどう変わると思う?
- 母
-
みんなさ、練習する時間をとるために、一生懸命に仕事をし
てる。お母さんもそう。
- ぼく
- うんうん。
- 母
-
一週間の段取りを、その練習時間をつくるために動いてたり
するんやで(笑)。
- ぼく
- やりたいことがあるから、仕事もがんばれるってこと?
- 母
- そう。だから苦しいことも我慢できる。
- ぼく
- なるほど。
- 母
-
あと、やっぱりみんなそれぞれ色んな生活を抱えてやって
きてる。そんな人たちがおなじ趣味を持って集まってるから
こそ、仕事から離れたところでいろんな話ができたりとか、
人生っていろいろやなって勉強することがいっぱいある。
それがたのしいんよね。
- ぼく
- だから、みんな趣味を持つんかなぁ。
- 母
-
そうなんちゃうかなぁって思う。
人は、自分の居場所があるって感じられたら、それが生きが
いになっていくんだと思う。ボランティアのときにも、あぁ
生きがいだなって感じたなぁ。
- ぼく
-
じゃあ、お母さんや、合唱団のメンバーにとって音楽は生き
がいのひとつなんかな?
- 母
-
それがすべてじゃないけどね。
でも、何度も言うけど、その音楽の裏にはやっぱり人生があ
ってさ。人生には、家族や仕事があるよね。だから、いまま
での苦労とかが、ぜんぶ肥やしになってる気がする。
自分の人生が反映されるから、音楽が生きがいになっていく
んじゃないからって思うね。それは聴く人も歌う人も一緒だ
と思うよ。
- ぼく
-
なるほどね。
‥‥なんか、ちょっとだけ歌いたくなってきたかも。
- 母
- 練習においでよ。
- ぼく
-
う~ん‥‥。それは、またそのうちに(笑)。
母と音楽について話をしていると、
何度も「人生」という言葉が出てきました。
それは、たぶん、合唱団としてずーっと音楽を続けてきたか
らこそ、辿り着けた答えなんだと思います。
聞いてみたいことが、話をすればたくさん出てきて、いつも
は定型文だけで終わる日常会話も、気づけば2時間経ってい
ました。
(次で、さいごです。)