もくじ
第1回母の練習を見に行く。 2017-12-05-Tue
第2回はじめての音楽雑談。 2017-12-05-Tue
第3回「生きる」について考えた。 2017-12-05-Tue
第4回趣味を持つということ。 2017-12-05-Tue
第5回歌うって、たのしい。 2017-12-05-Tue

ふだんは、銀行で営業をしてます。人に道を聞かれることが多くて、シャッターを頼まれることも多いです。「はい、チーズ!」というのが、ちょっとはずかしいです。

お母さんが歌う理由。

お母さんが歌う理由。

担当・中村 駿作

母は、ぼくが小さいころからずっと、
合唱団で音楽をやっています。
べつに、それを仕事にしているプロではありません。
週末に、みんなで集まって練習をして、
たまにコンサートをやるような、そんな合唱団です。
それでも、ほぼ毎週、練習へ出かけます。

どうして母は歌うのだろうか。
限られた休日をつかって、
人生の何十年を合唱に費やしてきた理由を、
ぼくはずっと知りたいなぁと思っていました。

就職をしてから2年半、
母としっかり話をするのは久しぶりで。
妙な緊張感もありながらの調査になりました。
全5回、お付き合いください。

第1回 母の練習を見に行く。

『探偵!ナイトスクープ』という、関西で大人気の番組があ
ります。視聴者が日頃抱いている疑問や難題を、テレビの力
をつかって、芸人たちが解決していく番組です。
そこで、こんな依頼が取り上げられたことがありました。

「母がいつも朝帰りをします
 何をしているのか調べてください」

依頼主のお母さんがしょっちゅう友達の家に行くんだけど、
いつも朝帰りをしてくるとのことで。
一体、なにがそんなに盛り上がって朝帰りになってしまうの
か、その理由をしらべてほしいという内容でした。
この依頼を観たとき、ぼくはじぶんの母親のことを考えてい
たのを覚えています。

「ぼくも、母がなぜずっと歌い続けているのか知りたい」

一体なにがそこまで魅力的で、母はずっと音楽を続けている
のか。人はどうして、歌うという行為をするのだろうか。
ずっと気になっていた理由を、今回ぼくは調査してみよう
と思いました。

ちなみに、探偵ナイトスクープのお母さんは、潜入調査の結
果、朝までトランプの七並べに熱中していたことが分かるん
ですが。最後は、娘さんもハマってしまって、一緒に朝を迎
えるというオチでした。

ぼくの調査は、いったいどんな結果が出るのだろう。
それはぜんぜんわからないけど、まずは、母の合唱団の練習
に飛びこむことにしてみました。

母の入っている合唱団は、『土曜音泉倶楽部』といいます。
その名の通り、温泉好きのメンバーが土曜日に集って、練習
を行っているとのこと。

取材をしようと思って、まずびっくりしたのが、母から送ら
れてきたメールでした。

「お母さん、18時まで仕事やからそれから待ち合わせしよう」

完全に土日休みの仕事をしているぼくに対して、母は仕事を
終えてから歌の練習へ向かうというのです。毎日、疲れ果て
て帰りの電車に乗っているぼくからしたら、仕事のあとはす
ぐにでもお風呂に入ってダラダラしたいもの。

だから、まずそこに驚いてしまいました。

話を聞いてみると、土曜音泉倶楽部のメンバーには、同じよ
うに、仕事のあとにかけつける人がたくさんいるとのこと。

練習場へつくと、何人かのメンバーが到着していて。
「あぁ~、大きくなったねぇ」と、ぼくはたくさん声をかけ
られました。

たしかに、母のコンサートや練習に足を運ぶのはものすごく
久しぶりなことで。まさか、25歳になって、母の友だちと
再会するとは思わなかったし。新しい友人を紹介されるとも
思いもしませんでした。

「ほんなら、そろそろ各パートがそろったから練習しよか」

誰かの一言で、みんなが立ち上がり練習がはじまりました。

合唱には大きく分けて、4つのパートが存在します。
ソプラノ、アルトが女性。テノール、ベースが男性です。
揃ったと言っても、まだ1人しか来ていないパートがあっ
たりして、これで練習が成り立つのだろうか見ていたんです
が。でも、そんな心配は、まったく無用だったことに、ぼく
は第一声で気づきます。

声が塊になって、すこし後ろで見ているぼくに押し寄せてく
る。1曲目がおわった時点で、すでに心動かされている自分
がいました。それは、発声練習がなかったことにびっくりし
たという気持ちと、こんなにも近くで合唱を聴いたことがな
かった経験がそうさせたのかもしれません。

練習曲のなかには、ぼくが知っているものがいくつかありま
した。

美空ひばりさんの『川の流れのように』や、
坂本九さんの『明日があるさ』といった、懐かしい音楽を聴
いていると、自然に足がリズムをとったり、口が動いてる自
分がちょっといて。おっ、これはなんかいいなぁと思ったけ
ど、その心情は決して母にバレないようにしていました。

なんか、ちょっと恥ずかしかったからです。
 

「う~ん・・・・ハモってないなぁ」

ふと目をやると、母がメンバーの輪の真ん中にいて。
各パートの違和感を、ひとつずつ話をはじめました。

ピアニッシモとか、そういった音楽用語の意味は、ぼくには
分からなかったけど。でも、みなさんがボールペンを片手に
楽譜に何かを書き込んでいる姿は、向上心の象徴のような気
がして、見ていてなぜか嬉しい気持ちになりました。
そういえば、仕事以外で、大人がメモをとる姿をぼくは
初めて見た気がします。


「今日ひとつだけ持って帰ってほしいのはね、
 いま君のお母さんにビシビシ言われた人は、
 7歳も年上の人なんだよ。(笑)」

練習のあいまに、とある人がぼくに話しかけてくれました。

土曜音泉倶楽部は、おなじ高校の合唱部出身の人や、音楽を
通じて出会った人たちが集まってできたもので。みんなが同
級生ではないとのこと。

そんなに年の差が離れていることを、全く気にすることなく
みんなが親しい言葉遣いで、あだ名や、名前で呼び合ったり
していて。だからこそ、厳しい指摘も飛んでいて。
ぼくはずっと帰宅部でしたが、なにか、部活動を見ているよ
うな雰囲気がずっとありました。
 

たくさん飛び交う専門用語のなかに、ぼくでもわかる言葉が
出てきました。それは「共感」という言葉です。

それぞれが素晴らしい声を持っていても、この歌にどんな気
持ちをのせるのか「共感」しないといい音楽は生まれない。
そんな話が、練習中に何度も出てきました。

それは、息遣いや、表情といった気持ちの面での話でもある
し、1音1音の発声の方法まで関係している気がていて。
なるほどなぁと、勝手に分かったような顔で、
うんうんと頷いたりしていました。
 

ある曲を歌う前に、母がみんなに伝えたことがあって。

「この曲がうまれた頃、日本は高度経済成長期で
 これから国が豊かになっていくときの歌でさぁ
 だから、わたしたちは希望をこめて歌わないといけない
 そのためにできる表現を考えていかないとあかんよね」

歌が生まれた時代背景や、届けたい気持ちをみんなで共有して
いく。そして、その表現のため、どんなことを意識して練習
すべきかを考えていく。

ぼくは今まで、「音楽は心」だと単純に捉えていたところが
あったけど、でもそれだけじゃなくて。
この練習見学を通じて、音楽は心が最初にあって、それを伝
えるために技術的な表現をつきつめていく。
技術と、心は密接に関係しているんだなぁと気づくことがで
きました。
 

それから夜の22時まで、はさんだ休憩はたったの2回。
合唱団のメンバーの楽しそうな笑顔や、練習の姿を見れば見
るほど、この熱量は一体どこから来るのか、ますます気に
なっていって。

すこし恥ずかしいけど、その答えは、やっぱり母に話を聞い
てみなきゃと思って。

だからぼくは、はじめて母と、
音楽について話をしてみることにしました。

(つづきます)

第2回 はじめての音楽雑談。