もくじ
第1回いちょう並木のセレナーデ 2017-11-07-Tue
第2回晴海埠頭に立つ。 2017-11-07-Tue
第3回波よせて 2017-11-07-Tue
第4回研究と就職。 2017-11-07-Tue
第5回ぼくの好きな晴海埠頭。 2017-11-07-Tue

1987年生まれ、
30歳の男です。
東京の西側で育ち、
いまは東京湾の近くに住んでいます。

晴海埠頭との日々。

晴海埠頭との日々。

担当・金沢俊吾

第3回 波よせて

ミノルくんに連れて行ってもらって以降、
ぼくにとって、晴海埠頭はひとりで行く場所だった。

晴海埠頭は海に面した公園が併設されていて、
だれでも立ち入れるようになっていたけど、
広い敷地内には
いつも、数えられるぐらいしか人がいなかった。

海を見ているカップルや、撮影をしているカメラマン、
ひとりで本を読んでいる人や、ランニングをしている人。
大勢のグループはほとんど見たことがなかったと思う。

もともと、晴海埠頭ターミナルは
東京湾の主な玄関口となるべく、1991年に建設された。
だが、いまは竹芝埠頭が東京湾の主要ターミナルとなり、
さらに、2020年のオリンピックまでには、
お台場に新しい埠頭がオープンする予定となっている。

ターミナルの出港予定表を見ると、
1日に1便、発着があるかないか程度。
併設されたレストランは、長いこと休業したまま、
看板だけがそのまま置かれている。
晴海埠頭は、客船のターミナルとして、
その役目を終わろうとしているのは
ぼくの目から見ても想像することができた。

だけど、一度だけ、
人で埋め尽くされた晴海埠頭を見たことがある。

2010年、kaikoo popwave festivalというロックフェスが、
晴海埠頭を会場にして開催された。
ターミナル内の各所にステージが作られ、
海に面した屋外の広場がメインステージになっていた。

会場が晴海埠頭だから、というわけではなく、
クラムボンというバンドを観るために、
ぼくはこのフェスに参加した。

「今まで1番たくさん聴いたアルバムは?」
と聞かれたら、
ぼくは、クラムボンの『3 peace ~live at 百年蔵~』
というアルバムを挙げる。
福岡の酒蔵で行われたライブの録音を、
そのままパッケージしたアルバムは、
スタジオ録音されたオリジナル版よりも
その場の空気を切り取ったような、力強さと温かさがあった。
その中でも、「波よせて」という曲を、
数え切れないほどリピートして聴いていたのだ。

「波よせて」は、
海に消えてしまったサーファーの友人を想う、
悲しいけれど、優しくて穏やかな曲だった。
アコースティックギターのアルペジオに乗って、
ベースのmitoのトーンの抑えた静かなラップと
ボーカルの原田郁子のコーラスが重なる名曲だ。
福岡のヒップホップユニット、
スモール・サークル・オブ・フレンズのカバー曲だが、
いまではクラムボンのライブ定番曲となっている。

クラムボンのライブを生でみるのは初めてだったけれど、
海のすぐそばで「波よせて」を聴いたら
きっと大変なことになってしまうなあ、
なんてことを考えながら、そのときを待った。

夕暮れどき、
クラムボンは、フェスの大トリとして
満員のお客さんで埋め尽くされたメインステージに登場した。

3曲目か4曲目だったと思う。
「波よせて」のイントロが流れると、
大きな歓声があがった。

曲の中盤、
「海の向こうに何がある?」
という、いつもは囁くように歌われる1フレーズを
このときだけは、原田郁子が
「海の向こうに何がある!!」
と、大声を張り上げて歌い、
目の前に広がる東京湾を指差した。
その瞬間、その日いちばんの歓声があがったのだ。

そのとき、ぼくは思わず後ろにある東京湾を振り返り、
全身に鳥肌が立ったことを今でもよく覚えている。
モデル地はサーファーが集う福岡の海で、
東京湾でも、晴海埠頭でもない。
だけど、この瞬間から、
ぼくにとって、「波よせて」は晴海埠頭の曲になった。

それから、
ぼくは、何度もクラムボンのライブに足を運び、
いろんなシチュエーションで、この曲を聴いた。

たぶん、あのときより良い演奏もあった気がするけど、
晴海埠頭で聴いた「波よせて」が
いまだに、ぼくにとってのベストテイクになっている。

(つづきます。)

第4回 研究と就職。